第23話

「ああ、その、声が聴きたくて……じゃない、えっと、姿が見えたので。今から二棲建築さんにお邪魔しようと思って」

「うちの会社にですか?」

「ああ、それでよければ乗っていかないかと」

 社長が指を刺した場所には、黒塗りの大きな車が止まっていた。

 ……。

 ど、どうしたらいいの?車に乗せてもらうべきか、断るべきか。

 正直歩いて15分ほどの距離だし、乗せてもらうほどのこともない。

 だけど、断ると失礼なのかな。

 むしろ、社交辞令を真に受けて乗せてもらうと図々しいかな。

 いや、わざわざ車を降りて声をかけてくださったのだから、社交辞令っていうわけではないのかな。だとすると断るのは失礼だよね。

 で、でも、東御社長の車に?

 私が?

 こんな素敵な男性の車に、あんな立派な車に、私が?

 場違いもいいとこじゃないかな?

 と、色々な思いが次々に頭に浮かんで、返事に戸惑っていると東御社長がはにかんだ笑顔を浮かべた。

「突然、迷惑でしたね……」

「いえ、迷惑だなんて」

 あまりに、笑顔にきゅんとしちゃって、即答してしまった。

 きゅんって、いや、男性として、恋愛対象としてというんでなく、なんかこういうちょっと困ったような照れたような表情、最近優斗もするようになって。……かわいいなぁって。

 すごい立場の、しかも年上の男性なのに、なんか、かわいいなぁって。思っちゃって。

 ああ、もう、失礼だよね。失礼。息子みたいな表情をしたのを見てかわいいだなんて。

 東御社長と並んで車まで歩く。

 社長という立場なのに、ただの取引先の一社員の私のために車のドアを開けてくれた。

 びっくりして東御社長の顔を見る。

「どうぞ」

「あ、はい。ありがとうございます」

 女嫌いだと聞いていたけれど、レディーファーストは身についているのかもしれない。ホテル業界のトップだし。海外の方とも仕事をするわけだから、当然なのかな?

 それとも……。

 シートベルトに伸ばした指に光る指輪に視線を落とす。

 結婚を迫る心配のない女性だから?

 いや、あれかな。そもそも「女」として見られてないから「女嫌い」は発動しないとかね。

 うん、きっとそっちだ。女嫌いな人だって、電車で老婆に席を譲るだろうし。

 とても車とは思えない座り心地の椅子。カチャリとシーベルトをはめると、すぐ近くから東御社長の声が聞こえてきた。

「ありがとう」

 ひ、ひええっ!

 真横から聞こえる声に、小さく悲鳴を上げそうになり、ぐっと抑える。

 な、何、この距離。

 って、私、ドアを開かれたからそのまますっと乗り込んだけれど……。

 助手席だよ。助手席に座っちゃった。

 いいの?独身男性の車の助手席なんて、恋人を乗せるためにあるんじゃ。

 って、今更後ろに移りますっていうのもおかしいし。

「正直なところ、地図を見るのはあまり得意じゃなくて、道案内もしてくれると助かります」

 隣で私と同じようにカチャリとシートベルトを締めた東御社長が笑った。

 あ、ああ。そういう……。

「ナビなら任せてください。毎日通っている会社までなら目をつむっていても案内できますよ」

 そういう理由だったんだ。

 だから、私を見かけて声をかけたのか。

 そして、助手席に座らせたのか。

 道案内してほしかったんだ。確かに、駅から歩けば18分、車なら5分もかからない場所に会社はあるけれど、一方通行の道だとか、カーブしていて北へ進んでいるつもりがいつの間にか西に向かっているとか、ちょっとわかりにくいところもある。

「それは心強い」


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