第22話
次の日。お弁当の中身は、昨日作ったカレーのごろっとジャガイモ。冷凍食品のアスパラベーコン。卵焼きとプチトマト。それから鮭フレークのおにぎり。
「母さん、弁当のメニューを言って」
「は?」
優斗がスマホを構えている。録音?
「カレージャガイモ、アスパラベーコン、卵焼き、プチトマト、鮭ご飯」
朝の忙しい時間なので、会話もそこそこ言われるままお弁当の中身を口にする。
「はい、言ったわよ、さ、朝ご飯食べて。急いで、遅刻しちゃうよ」
バタバタと朝の準備をして一緒に家を出る。
「じゃぁ、いってらっしゃい」
優斗を玄関にカギをかけながら見送り、会社に向かう。電車や待ち時間には、優斗の作った曲をひたすら聞き続ける。
うーん、覚えられない。昔はもっと早く覚えられた気がするんだけどなぁ。
電車に乗ること20分。
降りてから徒歩18分で会社につく。
いつものようにピッと改札を出て、会社に向かって歩き出す。
ここからは、できる女モードだ。背筋を伸ばして、歩幅を広めに歩き始める。
優斗の作った歌、さびは一緒に口ずさめるくらい覚えてきた。
「……、さ、……さん、……」
覚えようとイヤホンから流れる音楽に集中していると、突然肩をつかまれた。
「ひゃぁっ!」
驚いて首をすくめる。
「あ、すいません、驚かせるつもりはなかったんですっ、そ、その、声をかけたんですが気が付かれなかったので……」
イヤホンをはずして振り返ると、そこには長身の男の姿。
「と、東御社長っ」
うわー。朝からとてつもなくいい男オーラを放っている。
通り過ぎる女性たちがちらちら見ているのが分かる。
その、気持ち、わかるよ。
通勤途中の「今日も仕事か」という気の抜けた様子や、疲れがにじみ出ていたり、不機嫌な空気をまとっている他の男性たちと全然違う。
なんで朝からそんなに完璧なのかというくらい、しゃっきりしている。整った顔立ち以上に、そのまとっている雰囲気がよりかっこよさを引き立てている。
「あ、いえ、その……イヤホンをしていたので、気が付きませんでした。失礼いたしました」
そういえば、なんか聞こえていたような気がする。それを、私は無視する形でずんずん歩いて行ってしまったってことだよね。
失礼なことしちゃった。
「おはようございます」
ミスをカバーしようと、まずは姿勢を正してはっきりとあいさつ。
「ここちゃ……」
「はい?」
私ったら、イヤホンで音楽を聴きすぎて、まだ耳が外の音になれないのか、東御社長の言葉が聞き取りづらく、思わず聞き返してしまう。
「ごめんなさい、もう一度おっしゃっていただいても?」
社長がバッと顔を抑えて天を仰ぐ。
「ああ、ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ……僕だけに朝の挨拶を……」
は?
私の空耳でなければヤバイと聞こえたんですが。
「その、東御社長、どういった御用でしょうか?」
私が無視した形がやばかった?……まぁ、見様によっては、話かけてるのに、無視してガンガン進んでいく女性の後を追い、肩をつかんで驚かせた様子をはたから見れば……。
ナンパして相手にしてもらえないのに無理に引き留める男だとか、振られた元カノにしつこくする元カレだとか、なんかろくでもない設定を想像する人もいるだろう。
確かに、ヤバイ。どうしよう。私の失敗で、仕事に影響したりなんかしたら……。
まぁ、そんなことで大事な決定を左右するほど愚かな人間ではないとは思うけれど。じゃなきゃ、あそこまで会社を大きくはできないと思う。
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