第17話

 社用車に乗り込む。

 運転席には部長。後部座席には私と荷物。

「いやぁー、深山くん、今回は本当に助かった。仕事がとれるか分からないが、首の皮がつながったよ」

「東御社長が聞く耳のある方でよかったです。私は、皆さんが考えてきたプランに不便だとダメ出しをしてしまったので……。下手すれば怒らせてしまう話でしたし」

 そう。よく考えると、そうなのだ。

 駄目だしをしたのだ。いくら素直な声を聴かせてほしいと言われたからと、良識のある社会人ならば、関係性ができている間柄ならともかく、初対面の取引相手に駄目だしなんてもってのほかだ。

 正直にといわれても、駄目だしするにしても、褒めるのが基本。言うにしても遠回しに失礼のないように……が、大人の世界の空気だ。

「あはは、そうだな。だがあのまま黙っていても怒らせてしまっただろう」

 確かに。声を聴かせてくれと、ずいぶん熱心に要求された。何もありませんでは済みそうもない感じだった。

「それに、もうすでにこちらの負けがほぼ確定してる状態だったし、今更だったろう。しかし、それが逆によかった」

 部長が楽しそうに話をしている。

「移動で1時間はかかる。のんびりしてくれ」

「はい、じゃぁちょっと音楽を聴いてもいいですか?」

「ああ」

 スマホを取り出し、イヤホンを耳に当てる。

 優斗が作った曲。覚えてくれと頼まれた曲。

「うわ」

 思わず声が漏れる。

「どうした?」

「いえ、あまりにも、いい音楽なので」

 ……うちの子天才よ。うちの子、天才!

 ああ、この天才が作った名曲を、誰か聞いて!

 ……ん?誰かに聞いてもらうためには私が頑張って覚えて歌わなければならないのでは?

 うああああ、責任重大。

 でも、お母さん頑張るからね!歌はちょっとうまいってほめられたことあるんだから。

 優斗の作った名曲を、皆に聞いてもらうために頑張って覚える。

 音楽とともに、スマホの中にいれてある楽譜と歌詞を開いて見る。歌は仮にボーカロイドの機械音で歌われている。それを、私が人間の歌にするのだ。

 人間の歌?

 えーっと、VTuberって人間ですかね?

 キャラ?

 うむむ?

 優斗の作った少し垂れ目の、優しそうなキャラクターを思い出す。

 そのキャラクターが歌っている姿を想像しながら、曲を繰り返し聞く。

 歌詞の意味を考えながら、どこでどう抑揚をつけて、感情をこめて歌えばいいのか。

 うう、案外、難しい。

 カラオケなら、見本となる歌手の歌がある。今回ば機械音が見本だ。いや、ある程度強弱だとか付けてあるんだけれど、やっぱり人間の歌の上手い人が歌っているものと比べると、わざと少しずらしたとか、ちょっと感情を込めるために溜めた、とか息の音だとか、足りない部分はどうしてもある。その肉付けを私が考えてしないといけないとか……。

 あわわ、思った以上に大変かも。

 でも、息子が……今までわがまま言わずにいろいろなことを我慢してきた息子が、お願いしてきたのだ。

 私のためにお金をと言っていたけど、それも本当なのだろうけれど。私には分かる。

 優斗は、今、大切な学びの時間なのだと思う。

 将来に向けて、自分を見つける時間。

 進学を考えた時に、今の経験から、デザインを選択するかもしれない。音楽かもしれない。プログラミングが学びたいと思うかもしれない。

 逆に、Vチューブはあくまでも趣味として楽しみたい、将来は全く関係のない道に進みたいと思うかもしれない。

 覆面ミュージシャンも増えている。有名なメジャーデビューしたグループは歯科医をしながらアーティスト活動をしているとか。

 道は一つじゃなくてもいい。

 そして……。

 優斗のやりたいことが見つかれば、めいっぱい応援するつもりでいた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る