第16話

「もしかして、二棲建築さんのおっしゃっていた何棟かグレードアップするという話も、小さな子供を連れたママが、部屋で過ごす時間が長くなるということを踏まえての提案だったのかしら?」

 え?

「確かに、虫取りやらバーベキューやら部屋の外に楽しみがある人にとったら、宿の高級感など無用と思うかもしれませんが、赤ちゃんといっしょに部屋でほとんどの時間を過ごすママからすれば……。せっかくの旅行、高級感あふれる場所で、プチ贅沢気分を味わえるといいかもしれませんね」

 茉莉さんが私の顔を見てにこっと笑った。

 プチ贅沢。

「そ、そ、そうですね。表に見える部分で、高級感あふれる演出という意味で、その……」

 部長が茉莉さんの話にのっかった。

 いや、単に趣味だよね部長。

「二棲さん、府網さん、すみません。今の話で、大幅な計画を変更することになるかもしれません。どちらに仕事を頼むか、返答に少しお時間をいただけますか」

 東御社長の言葉に、会議が終わり、退出することになった。

 秘書補助の茉莉さんが立ち上がり、ドアへ向かい、どうぞと声をかける。

 先に府網建築の3人が書類など荷物をまとめて部屋を退出する。

 それから、私と部長も席をたち、ドアへと向かった。

 ドアの入り口で、茉莉さんがひそっと私に耳打ちした。

「めずらしく兄は、あなたのこと嫌がらなかったみたい。いつもなら女性に視線を向けることなんてないのに、ずっと深山さんのこと見てたもの」

 え?ずっと私を見ていた?

 思わず振り返ると、ばっちり東御社長と視線が合ってしまった。

 不可抗力。

 いや、なんでそんなにじろじろ見られてるの?ちょっと生意気発言しちゃったから?

 女ではなく、人として認識してくれた?うーん、分からない。

 おっと、思わずにこっと笑って心の動揺をごまかそうとしてしまったけれど、東御社長に笑顔を向けるのは誘惑してると勘違いされて危険だったんだっけ。

「失礼いたします」

 ぺこりと頭を下げて、部屋を退室。茉莉さんが、見送りしてくれるようで、エレベーターまで案内される。

 帰りは、従業員用のエレベーターからそのまま地下駐車場に向かうことになる。

 茉莉さんが先に乗り込み、スイッチを押して待っている。

 そこに、府網建築の3人と私と部長が乗り込んだ。

「今回は二棲さんは考えてきましたね」

 府網の専務が部長に話かけた。

「いかにも、東御社長が目を引くような女性を用意し、嫌悪感をあおりつつ、その実、きっちり仕事ができるという二面性を見せることで興味を引く」

 なんだそれは。

 全然違うけれどね。

 嫌悪感をあおるってそもそも何にもメリットないよ。二面性もなにも、突然話を触れれなければ、見せる機会もなかっただろうし。

 それに、私が言ったことは仕事ができるという話ではない。

 子育てママの気持ちを口にしただけだ。

「こう見えても彼女は、大学は建築家を卒業していますし、福祉住環境コーディネーターの資格もある。有能社員ですからね」

 ニヤニヤと勝ち誇ったように部長が笑った。

 え?いや、うん。確かに間違ってはいないけれど、今は単なる事務員ですし、急遽連れてこられただけですし。話を盛りすぎでは?

 茉莉さんが私をちらりと見た。

 いやいや、有能じゃないですよ?



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