第14話

「あの、私の意見が参考になるかわかりませんが……正直な感想を述べさせていただきます」

「ああ。ありがとう。うれしいよ」

 甘い声。

 私のこと睨んでた社長が出す声には思えない。

 本当にうれしいと思ってる?今、目を見たら、どんな色をうつしているのだろうと。とても気になったけれど、下手に誘惑するようにちらちら目を見たとか思われても困るので、資料を見るふりをして、資料と社長の胸元あたりを視線を動かしつつ口を開く。

「とても、不便そうだなと思いました」

 ざわりと、会議室にいる人間がざわついた。

「深山、都会の便利な生活に比べれば不便かもしれないが、その自然の中の多少不便な時間も楽しくというのが……」

 部長が慌てて言葉を発する。

「いや、続けてくれ。何が不便なんだと思ったのか、聞かせてほしい」

 部長を静止て東御社長が私の言葉の続きを促す。

「もし、車いすで訪れた時のことを想像してください。舗装されていない砂利や土の地面。一番遠い離れは本館から200mも先にあります。大浴場や売店など本館にある施設を利用するために往復することを考えると……。雨が降ればとてもじゃないけれど行く気にならないのではないかと」

 会議室にいる人が、再びざわめいた。

「確かに、車いすに乗っての移動までは考えなかった」

「いやでも、すべての人に快適というわけにはいかない」

「本館はしっかりとバリアフリー対策はしてある。当然車いすのお客様にも十分不自由なく過ごしていただける」

「そうだ。バリアフリーに対応したフロアをご案内するという対応で、どうしても離れを楽しみたいというのなら少々不便があることをお伝えするしかない」

「雨が降った場合は傘をさしかけて差し上げるなど考えた方がいいかもしれない。もしくはお部屋を本館にうつすか尋ねるか」

 皆、それぞれが車いすの時にどういう不便さが生じるのかいろいろと想像しながら考えてくれたようだ。

「ありがとう。一つ検討課題が増えた。しかし基本的な計画の変更はない。マンパワーでの対策を考えることになると思う」

 社長の言葉に首を横に振った。

「皆さんが車いすに乗った状態を想像していただけたと思います。そこで、決して快適に過ごせそうにないということはご理解いただけたかと思うのですが……。本当に不便そうだと思ったのは、別のことです」

 まさか言葉を続けると思っていなかったのか、社長が小さく息をのんだ。

 いや、部長もはらはらして私と社長の顔を交互に伺っているし、正面に座っている府網の人たちは馬鹿なことを言い出すんじゃないかとニヤニヤと半笑いだ。

 いいんですよ。どうせね、そっちに決まったようなもんですから。言いたいこと言わせていただきます。

 ええ。子育て経験のあるママの立場で。

「車いすで不便なところは、ベビーカーでも不便なんです」

 ざわっと再びざわつく。

「ファミリー向けというコンセプトですが、ベビーカーを用いるのにはとても不便だなと思いました」

 府網の社員が口を開く。

「ベビーカー?抱っこすればいいだろう」

 イラっとする。

「抱っこですか?例えば、2歳と0歳の子の二人を連れてきて、誰が抱っこするんですか?車で子供が2人とも寝てしまっていたら、2人を誰が抱っこするんですか?」

 イラっとしたのでちょっときつめの言葉になってしまった。

「両親いるんだから、一人ずつ」

「そうですね。0歳児の旅行の荷物はどれくらいになるかわかりますか?オムツに着替えにミルク。おむつは何枚?着替えは何着?ミルクに必要なものはどれだけ?哺乳瓶を消毒するための容器まで含めてどれくらいになるか、ご存じです?もちろん、それに加えて、大人の着替えなどの荷物も必要ですよね?抱っこして、その大量の荷物は誰が持つんですか?」

 府網の社員が黙った。

「私共ホテルのスタッフが荷物はお運びいたします」

「そうですね、そういうサービスがあったとしても、2歳の子供を、いえ、もしかしなくても移動の車で子供が寝てしまうことはよくあることですから、4歳、5歳と、体重が20キロ近くある子供を抱っこした状態で、傘をさしてぬかるんだ場所を歩いて200mも移動する必要があるんでしょう?想像しただけでげっそりします」

 ざわざわと再び会議室がざわめく。

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