第13話

「何棟か、グレードを上げませんか?玄関の床には国産の御影石、風呂はユニットバスではなく総檜風呂。それから、床柱には黒柿とまでは言いませんが、天然の絞り丸太あたりを用いませんか」

 しぃーんと、静まり返る会議室。

 府網建築がロフトを提案した時のような盛り上がりがない。

 しばらくして、社員の一人が口を開いた。

「高級路線の東御グループの宿を利用してもらえばいいですよね。わざわざファミリー向けの施設に高級路線の離れを作る必要はないのでは」

 はい。もっともでしょうね。

 何もアイデアが出ずに、部長は自分の大好きな純和風建築の良さが目いっぱい詰まった建物を提案しただけだと思います。

「本物の良いものに触れてもらい、良さを知って、今度はもっと素敵な旅館に泊まりたいと思うようになるかもしれませんね」

 と、社員の一人がフォローのような言葉を発してくれた。

 それでもすぐに、別の社員が問題点を口にする。

「周りはファミリー客でしょう。静かな時間を求めていらした方は、走り回る子供の声などで嫌な気持ちになりはしないですかね?」

 分からなくはない。けれど、逆に、子供の声を聴きたくて来る客もいるんじゃない?にぎやかなのが好きな人とか。

 むしろそんなことでクレームを入れるような奴こそ、高級宿へ行けばいい。あ、そうか。だから20棟の中にわざわざ高級路線の宿を作らずすみ分けをきっちりしちゃおうっていうことか。

 でもなぁ。

 情緒あふれる、風情ある……四季折々の風景だの、澄み渡る清涼な風が吹く、竹林の小道だの……。高級路線っぽいものをふんだんに配置するんだよね?安価にそういうもの楽しみたいっていうファミリー層じゃない客も来るだろうし……それに、そもそもファミリー層ねぇ……。目の前でバーベキューができるとか、ロフトだとか、楽しい要素を詰め込んだとしても……。

 あまり感触がよくない反応に、部長の手はさらに強く握りしめられている。

 大丈夫ですよ。ちゃんと私は、帰ったら部長は頑張りました。ですが駄目でしたって伝えますから。

「確かにある程度のグレードわけはあってはいいかもしれないな。高級路線にはしないまでも、2部屋続きのゆったりした建物、少し広い風呂と。ファミリーの中でも2世帯や大家族も利用できるものがあってもいいかもしれない。いったん検討しよう」

 部長が口にしたこととは全然違う話で検討するらしい。

 東御社長の言葉で再び皆が口を閉じる。

「ほかには何かないか?府網さん」

 社長が府網建築に声をかけている。

 いや、もう判断材料としては十分でしょう。うちの負けですよね。部長もあきらめモードですよ。

「そうですね、次に打ち合わせる時までに考えておきましょう」

 次の打ち合わせですか。ここで振り落とされる可能性は全く考えていない発言ですよ。

「二棲さんはどうですか?」

 社長と目を合わすといけないので、視線は部長の手元あたりに落としていても、声の感じでこちらに社長が顔を向けたのが分かる。

 部長の手から力がふっと抜けた。

 ああ、もうこりゃ完全にあきらめたかな。

「いえ、その、私からはほかには特に」

 はい。答えも次までにと言った府網とは対照的に、ここでおしまいという気持ちが出てしまっています。

 さ、これで会議はおしまいかな。と、思ったのに。

「君からは何かないか?」

 ん?

 君って誰?

「深山くん、何かないかと、東御社長が」

 部長が私に小さな声で話しかけた。

 いや、なんで、私?

 部長だって、臨時で私を連れてきただけで、このプロジェクトにかかわってこなかったことくらい知ってるでしょうに。

「声を聴かせてくれ」

 はぁ。

「君の、声を」

 声っていっても……。どうしたらいいんだろうと、部長の顔を見る。

「あの、深山は、今日は私の手伝いで、その、普段はこの件には関わっていませんでして……」

 社長が黙ってしまっている私をフォローするように、説明してくれた。

 さすがに、ずっと下を向いていたのでは、東御社長を無視するような形になりそうなので、顔を上げる。

 うぐっ。

 オーラ全開の社長が、私の顔をガン見していた。

 視線、一瞬会った。

 すぐに、社長の目から少し視線を落として鼻先あたりを見る。

 今のは仕方ないよ。視線を合わすなっていうなら、こっち見ないで!

 東御社長が見てるんだし、指名されて、別のところを見てるわけにいかないんだし、不可抗力だよ。

 それにしても、やけに真剣なまなざしで私を見ていた。

 なぜ?

 もう、ほぼ府網に決定でおしまいじゃないの?今更、私の声を聴く必要なんてないんじゃない?

「あー、いや。こほん、そう、専門的な話じゃなくていい。その、女性の、ユーザー目線での意見も聞いておきたいんだ」

 なるほど。

 ここに集まっている中で、確かにプロジェクトにかかわっていない素人っぽいのは私だけだ。

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