第12話
「うむ……質問がある者はいるか?」
社長の言葉に、東御の社員の何人かがかわるがわる質問をし、府網建築の者と部長がそれにこたえていく。
私はただ黙って、メモをして話を聞くのみ。視線はつねに前に。社長と二度と目が合わないように気を張り詰める。
質問が尽きたところで、東御社長が再び口を開いた。
「実はこちらでも、両社の評判をいろいろと調べさせていただいた。どちらも、施工した建物で問題になっているようなこともなく、誠実に腕の良いものが仕事にあたっているようだね」
その言葉に、部長と府網の専務がありがとうございますと頭を下げる。
頭をさげた府網の専務の口元がちょっと笑っているのが見えた。
どちらも……ということば。その点では優劣がつかないということだ。だとするとやはり、値段勝負なのか……。
「これまでは、わが社からこのような物件を設計しかかる費用や工期を見積してほしいと頼んだのだが、ここからは、実際に施工した場合、現場で臨機応変に対応してもらわなければならないことも出てくるだろう」
まぁ、実際地盤を調べたら立てられない場所とか出てきちゃうこともあるだろうし。
改めて、完成予想図を見る。
自然豊かな広い土地だ。道路に面した広い場所に本館と駐車場。そこから南と東に離れが20棟。
本館は立派な建物で、大手建設会社がすでに受注している。離れは1つ1つは木造平屋建ての小さな家といったもので、中堅の建築会社のうちにもプレゼンの機会が回ってきた。
地盤調査は、本館はすでに行われているかもしれないが、離れが立つ1か所ずつはまだだろう。一番遠い場所で、本館から200mほどは離れているのではないだろうか。
「ともに作り上げていくという意識を持ちたい。何か、こうしたほうが良いのではと設計していて感じたことがあれば教えて欲しい」
社長の言葉に、部長がピリッと姿勢を正す。
これが、最終試験なのかもしれない。
値段で負けているうちは、最後の逆転のチャンス。
臨機応変に動ける会社なのか。イエスマンで問題があっても言いなりで仕事をしやしないのか。本気でより良いものを作ろうとしているのであれば、改善点を提案していくことも必要だろう。
なるほど。
東御社長は決してワンマンで自分の意見を推し進めていくというタイプではないみたいだ。
それとも、プレゼンの段階で競争心をあおり、無料でよりよいアイデアを出させる抜け目のない人なのだろうか。
府網の専務が社員に目を向けると、その社員が口を開いた。
「そうですね。すべて平屋という計画のようですが、いくつかロフト付きの建物にしてはどうかと」
東御社長が小さく「ふむロフトか」とつぶやいた。
「ファミリー向けという話も伺っています。子供は、ロフトにあこがれがあると思うのです。ロフト部分の登って楽しめるのではないかと」
東御の社員たちが、その意見について、ざわざわと話をし始める。
ホテルマンの服装の人物は「安全面が」「もし転落でもしたら」とクレームになりそうな点を挙げる。
若い男性社員は「楽しそうだ」と単純に褒めたたえ、別の社員が少し考えこむ。
「現状、4~6人までが布団を並べて宿泊できる広さですが、ロフト部分にも2つ布団を並べられるようになれば、8人までの客に対応できるようになりますね。安全面については、慎重に検討を重ねる必要があるかと思いますが」
何やら、ずいぶん好感触なようだ。
「よい提案をいただいた。社内で検討して、離れのいくつかに、ロフト付きの建物も導入できないか話し合おうと思う」
社長が一度この話を閉めるために口を開いた。そして、部長の顔を見る。
「二棲建築さんからも、何か思ったことがあれば伺いたい」
部長が、話を振られてぐいっと机の上でこぶしを握るのが見えた。
力を入れて握っているのか次第に手が血の気を失い白くなっていく。
これは、何も考えてなかったということかな。完全にうちの負けみたいですよ。
まぁ、4連敗が5連敗になって帰って行っても「仕方がなかった」で終わるんじゃないですかねぇ。部長のせいだと誰も責め立てやしませんよ。
やっぱり価格を抑えるために、柱を細くするべきだったんだと、誰かが唾を飛ばすくらいで。
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