第10話
「親切にご忠告ありがとうございます」
「あら?それはどうやら本心?何人も忠告なんて必要ないわって鼻で笑われたけれど、忠告じゃないんですよ。機嫌が悪くなった社長を相手に働くこっちの身にもなってほしいんです。いえ、怒りをぶつけられるわけじゃないんですけど、いら立ちを解消するために、めちゃくちゃ働くんですよ。いつもの3倍くらい仕事が増えて……」
3倍。
「それは、たいへんそうですね。目を合わさないように気を付けます。必要以上に見たり、微笑みかけたりもしない方がいいですよね。あ、でも、最終的にはこれをちらつかせますから」
茉莉さんに左手の薬指にはまった指輪を見せる。
「あ、既婚者?」
本当は主人はいないけれどそれは黙っておく。
「高校生の息子がいるんですよ」
と、事実だけを口にする。
「あー、そうなんだ!あ、深山さん、PCの映像をプロジェクターで映し出すときは、こちらにPCを置いていただいて」
会話をしながらも、茉莉さんはてきぱきと説明すべきことを教えてくれる。
「見えないです、おいくつなんですか?あ、年齢聞くなんて失礼ですよね、すいません」
「いえ、隠してないですから。むしろ、もし社長に誤解されたら弁解しておいてもらえますか?38歳になります」
プロジェクターのスイッチに視線を向けていた茉莉さんが、ぐりんと、すごい勢いで振り返った。
「わっか!若っ!さ、38?38で、高校生の子供がいるの?私なんて33になるのに結婚もまだだし、兄なんて、40で結婚どころか恋人を作る気さえないというのに……」
よく言われる言葉にふっと笑いが漏れる。
山崎さんにも何かあるたびに言われるんだよね。
「茉莉さんや社長は普通ですよ。今は20代で前半までに結婚して子供を産む方が珍しいんじゃないですか?」
茉莉さんが目を丸くして私を見ている。
「あ、すいません、つい茉莉さんと……」
東御社長も東御だろうし、東御さんと呼ぶのも紛らわしいかと心の中で茉莉さんと言っていたら、そのまま口を出てしまった。
「ううん、茉莉さんでいいですよ。東御がいっぱいじゃ紛らわしいですもんね。そうよね、私は普通、まだこれから。でも兄はなぁ……もう一生独身かも」
茉莉さんが小さくため息をついた。
「女嫌い……が克服するといいですね?」
「あー、独身なのは、女嫌いがっていうより……あの趣味が……あっちの人たちって……」
ん?
趣味?
デートとか女性との時間を楽しむよりも、趣味に時間を使いたいというタイプなのかな?
一通り茉莉さんに機材の操作方法など説明を受けると、席に座った。
一つだけ立派な椅子の席の隣に、茉莉さん。コの字になっているので、お誕生日席のすぐ隣が、部長で、その隣が私だ。思いのほか社長に近い。茉莉さんの話だとなるべく距離を取ったほうが無難そうだが、私たちの向かい側には府網建築の3人が座っているので、何か尋ねたいことがあればすぐに声が掛けれる場所に配置されているのかと思い、諦めた。
5分ほど、持ってきた資料の確認などを部長として待っている間に、ドアが開いて会議に参加する社員たちが姿を現す。
ホテルマン姿の人もいる。このホテルで働いている現場の人だろうか。現場の意見も取り入れるということかな。
ホテル側の社員が全部で12人、それから私と部長、府網建築の3人と茉莉さん、合わせて18人がそろったところで、ドアが開き、一斉に皆が立ち上がった。
ドアから入ってきた人を見た瞬間、ここはやっぱり会議室じゃなくて舞踏会でもするような広間なんじゃないかと錯覚する。
それほど、入ってきた人物のオーラが「貴族の風格」を持っていた。
コシのありそうな長めの前髪をアップバングにし、サイドの髪の毛が少し耳にかかっている。
太くて意思の強そうな眉毛と、同じく意志の強そうな強い光を放つ切れ長の瞳。
まっすぐ筋の通った鼻も、薄く引き締まった大きめの唇も、どのパーツをとっても、凛々しくて最高にかっこいい。モデルみたいだ。
しかも、うわべだけのかっこよさではなく内面からにじみ出る自信からくるオーラがすごい。父から引き継いだ東御ホテルを彼の代ですでに10倍の規模へと拡大しているという話も聞いた。切れ者だと。
身長も高く、10センチヒールを履いた私でも見上げないといけないんじゃないだろうか。185センチはありそうだ。肩幅の広いスーツを見事に着こなしている。
ホテルのあの階段から降りてきて手を差し伸べられたらどんな女性もいちころなんじゃないだろうか……。
と、想像以上の素敵な姿に思わずぼーっと見てしまうと、社長の視線が私に向いた。
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