第9話

「深山君、こっちだ」

 部長に促され、エレベーターで4階で降りる。

 4階は半分は客室のようだ。スタッフオンリーと書かれた扉が、客が行き来するであろう廊下からは見えない場所に設置されていた。

 扉を開けば、今までいたホテルとは雰囲気ががらりと変わる。いわゆる、オフィスだ。

 ホテルの廊下は間接照明が用いられ、暗くはないけれど雰囲気がある明るさになっていた。廊下にも毛足が長い絨毯。幅の広い廊下には、絵画や花が飾られ雰囲気を出していた。

 それが一転。

 白っぽい床に壁を無機質さを感じる白いLEDライトが照らしている。

 わが社よりも数段上等できれいなオフィスだが、オフィスというだけで事務服の私はほっとする。

「どうした?緊張しているのか?」

 部長の言葉に首を横に振る。

「いえ、むしろ、ほっとしました」

「は?」

「会議室が、舞踏会でも開かれるような広間みたいな部屋だったらどうしようかと」

「ぷっ。ははは、深山くんは面白いことを言うな。いやいや、むしろそういうところで酒でも飲みながら会議したいもんだがなぁ」

 酒は余分でしょう。酒は。

 扉を開けてすぐのところに受付がある。受付嬢と呼ばれるだろう役職には、50前後のベテラン女性が座っていた。

「お待ちしておりました。本日は第二会議での13時40分からの会議の予定ですね」

 部長が名前を告げるまでもなく、どこのだれかが分かったようで、受付の女性はすぐに立ち上がって挨拶をする。とても立ち姿が美しく、そして自然な笑顔が、緊張感をほぐしてくれる。

 プロだ。

 一瞬でも、社業が女嫌いだから若い受付嬢を置かないのかと思った自分が恥ずかしい。彼女は、仕事ができるから、ここにいるのだ。

 もう一人、受付に座っていた若い男性に声をかけて、女性が第二会議室まで案内してくれる。

 第二会議室というプレートのかかった部屋の前で、女性がノックをして返事を待ってから扉を開いた。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 頭を下げて部長と会議室へ足を踏み入れる。

 入って右側の壁にはホワイトボードと白い壁。白い壁に向けて天井にはプロジェクター映写機のようなものがあるので、あそこから映像を壁に映し出すのだろう。

 そして、ロの字に配置された机。プレゼンをする人の場所、それから向かい合った長机には、それぞれ10名ほどが座れるようになっている。正面のいわゆる誕生日席の椅子だけが他の椅子よりも立派なのは、社長が座る場所だからだろうか。

 部長が、東御の担当者に挨拶をしていると、20代半ばの東御の女性社員が近づいてきた。

「さっき、府網建築の木頭専務が噂していたのはあなたね」

 噂?

「二棲建築は綺麗な女性を連れてきたって言っていたわ」

 正確には、綺麗に化粧をした女性で、特別綺麗というわけではいと思いますけど。

「気を付けてね。社長って女嫌いって話は聞いた?」

「ええ、まぁ……噂では。でも、女嫌いであれば何も気を付けなくてもいいのでは?むしろ女好きの社長の方が厄介だと思いますけど」

 私の言葉員社員の女性が目を丸くしてぷっと笑った。

「そうだ!本当だわ!確かにそうね!あ、私は東御で社長秘書補佐をしている東御茉莉です」

「二棲建築の深山です。……東御?」

 東御グループで、東御って苗字?

「社長の妹なんです。深山さんはプレゼンの手伝いですか?」

「はい。よろしくお願いします。急遽、担当者の都合がつかずに……」

 茉莉さんがああと、大きく頷いた。

「ピンチヒッターか……。うーん、じゃぁ、下心があってのことじゃないとは思うけれど……うん、でも、やっぱり注意してね」

 下心?

「府網建築の人が何か噂していましたか?色仕掛けで仕事を取るとか……そのつもりはないですよ」

 小さな声で茉莉さんに伝えると、茉莉さんがこちらへ来てと手招きしながら小さな声で答えた。

「ううん、そうじゃなくて、社長はね特に自分に自信のある美人が嫌いなのよ。今までも何人も女嫌いでも自分なら落とせるだろうって、しつこい女にひどい目にあったみたいだから」

 自身のある美人?

 あー。まぁ、できる女風のばっちりメイクしているからそう見られるよね。

「目を合わせないようにね。それだけで誘惑しようとしてるんじゃって疑うくらい、もう本当に……」

 社員の女性が眉を寄せる。何を思い出しているのか分からないけれども、女嫌いという噂レベルの話ではなさそうだ。

 いろいろこじらせているみたい……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る