第4話
「ねぇ、オタクって、彼女とか作ると思う?あー、高校生とか大学生とかそういう年齢で」
次の日、会社。休憩時間に、同僚の山崎さんに尋ねた。
私と山崎さんは、会社の2大お局様と呼ばれている存在だ。同じ38歳で気も合う。
山崎さんは、独身で婚活中。40歳までには結婚したいと言っている。
私は独身と言えば独身だけれど、息子がいるし、もう結婚しようとは思っていない。
「えー、そりゃ、作る人は作るでしょう。漫画家とかだって結婚してるじゃん?」
ああ、そう言えば……。漫画家だってオタクな業界の人がみんな独身っていうわけじゃないもんね。げんしなんとかって漫画でも、大学のオタクサークルで何組もカップル……。
そういえば、カップルでコスプレしてイベント参加なんていう話も聞いたことがある。
そうか。ついに、息子にも彼女が……。
「ああ、漫画家もいいわねぇ。どっかにヒット作とばした漫画家との出会いが落ちてないかなぁ」
山崎さんがはぁーとため息を漏らす。
出会いがないかなぁは、いつものセリフだ。
「漫画家と出会うなら、アシスタントとか編集さんとかじゃない?私たちのような、中堅建築会社の事務員では出会うきっかけはなさそうだけど……」
「あー、もう深山~。夢の無いこと言わないでよ。はー、やっぱりそろそろ結婚相談所のお世話になるべきか!」
山崎さんがうーんと頭を抱え、お昼のコンビニのサンドイッチをかじった。
「ちゃんとしたところが運営している出会い系アプリみたいなのもあると言ってなかった?」
私は手作りの弁当だ。息子のお弁当を作る必要があるため、一緒に作っている。
とはいえ、時間もないので、卵焼きと、昨晩の残りと、冷凍食品と彩野菜にご飯というのがいつものメニュー。
今日は、昨晩は肉じゃがだ。冷凍食品はのり巻き唐揚げ。あと、彩でプチトマト。主食はふりかけごはん。
「あー、ダメダメ。ろくな男いやしないよ。やっぱさ、金をかけずに簡単に女と出会おうって男にろくな奴いないね」
そういうもんなのかなぁ。
私は学生結婚してすぐに子供を授かって大学卒業したらすぐに子育てに突入。育児しながら建築士の勉強を続けて、いつか真くんと一緒に工務店をと夢見ていたけれど……。結婚生活3年で真くんは死んじゃった。真くんのお世話になっていた今の会社に就職させてもらって今がある。
建築士の勉強は中断しちゃったけれど。優斗の手が離れたら再開するのもありかもしれない。
昼食を終えて事務室に戻ると、部長が待っていた。
「あー、よかった。二人のうちのどっちか、営業に付き合ってくれなか?」
50歳近く、少し貫禄の出てきたお腹をしている部長のスーツ姿は珍しい。
普段は現場を回ることも多いため、男性社員のほとんどが作業着姿だ。スーツを着て営業に向かうなんて……。
「もしかして、東御ホテルグループへの営業ですか?だったら、いくらでも行きたい人いるんじゃないですか?」
山崎さんが、カツンとヒールを鳴らした。
ちょっといら立ちを見せている。
まぁね。部長は「相手も若くてかわいい女の子が一緒に行った方が嬉しいだろう」とかいう脳みその持ち主だ。営業補助として、いつも若い事務員を指名することがほとんどだ。
「いや、それが。東御の社長なぁ、女嫌いみたいで」
山崎さんがイラっとした感情を隠さずに部長をにらんだ。
「へぇ、私たちはすでに女として終わっていると、部長はそういうつもりなんですね?」
部長がたじたじと後ずさる。
「いや、その、そういうことではなく、社長は顔はいいし、独身で玉の輿でねらい目だから、その、若い子だと仕事よりも色目を使う人も多かったみたいで……そ、その点、君たちはベテランで仕事も良くできる」
私は、勤務年数的には確かにベテランだけれど。仕事が特別できるというわけではない。
だけれど、入社してすぐに、山崎さんが教えてくれたんだっけ。
眼鏡にひっつめ髪でさえない格好をしていた私に、きっちりと化粧をしてヒールを履いた山崎さんの言葉を今でも覚えている。
「恰好だけでも、仕事ができる女、キャリアウーマンになりなさい。この業界、おとなしそうな女性を見ると酷い言葉を投げつける男が残念ながら多いから。そういう男たちに限って、できそうな女には何も言わないのよ」
って。
それから、育児と仕事の両立は大変だったけれど、化粧も服装も手を抜かずに”できる女”風を目指して頑張った。
10センチ、視線の高さがヒールの分変わるだけで、まるで世界が変わったようだった。
駅ですれ違いざまにぶつかられることが無くなった。
「ったくこれだから女は」って言われる回数も減った。
まぁその代わりに「あんなんじゃ嫁の貰い手なんてねぇぞ。可愛げがない」と陰口をたたかれるようになったけれど。
「はんっ、男探しに会社来てるんじゃないんだから、何相手にしてもらえると思ってんだか!麗華様があんたたちのような女性蔑視するクズ相手にするわけねぇだろっ!」
と、山崎麗華さんはべぇーっと舌をだしていた。
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