第5話

「部長、女嫌いならその辺の男性社員連れてけばいいんじゃないですか?別に女性である必要はないですよね?」

 確かにそうだよね。

「いや、それが……東御グループのホテルの会議室で打ち合わせなんだよ……。あいつらの服装でホテルをうろうろされたくはないみたいで」

 現場に出向くことも多いうちの社員は、作業着姿が普通だ。

 部長も普段は作業着。きっと、相手が大手ホテルグループの東御でなければ作業着のままだろう。

 いや、別に大手だからと言うわけではなく場所がホテルなため宿泊客への配慮が必要っていう話で。

 作業着姿でうろつけば、なにか問題があって修繕修理でもしているかと勘繰られかねない。その点女性は事務員の制服姿だから、まぁよくも悪くも作業着姿の社員よりはましというわけか。

「で、営業についていって何をすればいいんですか?」

 山崎さんの言葉に、部長がポケットからハンドタオルを取り出して額の汗をぬぐう。

「プレゼン資料を配ったり、PC操作をお願いしたい。あとは、メモだな」

 ああ、それくらいならできそうだなと。

 いろいろ質問されて答えないといけないなら営業の人間を連れて行った方がいい。下手にできそうな女風にしている分、本当にできそうだと思われていても困るのだ。

「ったく、東御の社長ってめんどくさそうですね……分かりました。私が行きますよ」

 山崎さんが立ち上がった。

 めんどくさい相手だと思って、自分が行くと言う。私が大変な目に会うんじゃないかと気を使ってくれたんだ。

 入社後すぐのアドバイスもそうだけれど、山崎さんは姉御肌で面倒見がいい。

 男性社員だって、みんな山崎さんのことを頼っているし、慕っている。何人か好意を寄せている人も知っている。

「あっ、やばっ」

 立ち上がった山崎さんがあーっと声を上げて、振り返って足元を見た。

「やっちゃったわ」

 視線の先は、伝線したストッキング。

「生足はさすがにないな、この年じゃぁ。替え、コンビニで買って替えるか……」

 いつも助けてもらってるばかりじゃ駄目よね。

「私が行きます」

 すくっと立ち上がる。

「え?深山、大丈夫?結構めんどくさそうな社長相手で、女ってだけで目の敵にするような奴なら、嫌味とか言われるかもよ?」

 にこっとわらって、左手を見せる。

「大丈夫。相手が女嫌いになった理由が、結婚を迫るような女性に壁壁してということだったら、ね?」

 左手の薬指には、マリッジリング。若くてお金もなかったから、プラチナっぽく見えるステンレス製の銀色の指輪。

 シングルマザーで独身。

 はめている理由も、ずっと亡くなった真君のことを思い続けているからというわけではない。

 恋愛するつもりはないと。ただそれだけの意思表明みたいなものかな。

 特に、働き始めたころは優斗も小さくて仕事を覚えるのも大変で、生活に余裕がなくて。それでも若かったから「ご飯どうですか」とか誘ってくれる人もいて。「子供が家で待っているんで」って答えると変な顔をされて。説明にも疲れて。

 20代前半で子持ちって確かに珍しいから仕方がないんだけど。

 マリッジリングをしていれば、そのわずらわしさから解放された。それ以来、ずっとつけている。

 本当は……2つ並べると、私の指輪だけが傷が増えていくのが辛くて、ずっと一緒にしまっておきたかったんだけれど……。

「おお、そうだった、そだった。深山くんは、お母さんだったな」

 お母さんは女のうちにはいらないというような発言に、山崎さんが部長を睨み付ける。

 本当に知らないうちに女性を馬鹿にした発言をしてしまう上司に、私もちょっと呆れはするけれど。悪気はなくて。むしろ、お母さんという存在は、特別なのだと思っているんだろうなぁと思う。

「うん、頼む。それで行こう。いいか、深山くん、結婚しているふりを続けてくれ。シングルだってことはばれないようにな。じゃぁ行こうか。すでに必要な物は準備してもらっている。移動する車の中ででも目を通してもらえるか」

「じゃぁ、山崎さん行ってくるね。えーっと、2件電話がかかってくる予定があったのだけれど、こちらの書類の赤ラインの部分の変更点を伝えてから後でFAXを送ってもらえますか?もう一つは、値下げ交渉の件で、やはり無理だったと。こちらに子細はあります」

 と、事務所を離れる間にお願いすることを山崎さんに急いで伝えて、ロッカールームに鞄を取りに行ってから部長と再び合流。

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