第2話

「母さん、お願い」

 息子に頭を下げられても。

「でも、そういうの、若い子がするのよね?私には無理なんじゃない?」

「か、母さんは十分まだ若いよ!だって、他のVTuberの中の人なんて、40過ぎたおっさんとかが変声器使ってやってたりもするんだよ!」

 あいや、40過ぎたおっさんと私もそんなに年齢変わらないと思うんだ。38歳だよ。16歳の高校生の息子がいる、おばさんですよ。若くはない。

「変声器を使って優斗が自分でやればいいんじゃない?」

「だ、ダメだよ、僕は何を話せばいいか分からないし」

 高校2年生の息子は、いわゆるオタクだ。シングルマザーとして14年女手一つで育ててきた。

 息子が2歳の時、夫は亡くなってしまったので……。それから不自由させないようにと一生懸命働いて育ててきたのだけれど。

 不自由させてないわけはない。

 VTuberというのは、アニメのようなキャラクターを使って動画配信をする人のことだ。

 声や動きは人間が当てる。

「なんで、その……苦手なのにVTuberの活動しようなんて思ったの?」

 黒縁の眼鏡の奥の瞳がキラキラと輝いている。

 あまり物も欲しがらない息子が高校の入学祝に何が欲しいと聞いたら、高性能のPCやそのほかの機材が欲しいと。

 正直ちょっと出費が苦しかったけれど、欲しいものを今まで口にするようなことが無かったから買ってあげた。

 毎日優斗は、PCに向かって何かをしていたと思ったら……。

「せ、せっかく、だから、みんなに見てもらいたいと思って……」

 どうやら、自分でキャラクターを作り上げたようだ。

 昔から絵を書いたりするのは好きだったみたいだけれど。

「え?これ、優斗が作ったの?すごい、動いてるよ?え?本当に優斗が?天才じゃない?うん、天才よ!天才!」

 親ばかですけど何か?

 PCの画面では、息子の動きに合わせて、薄い水色の髪の、天使のようなキャラクターが動いている。

 すごい。

 いや、親ばかじゃなくても、息子って天才じゃないかしら。

「素敵な子ねぇ」

 この子の声を担当なんて、やっぱり無理よ。

 おばさんだもん。

 でも、せっかく優斗が作り上げたキャラクターだから、世に出させてあげたいけれど。

「あ、そうだ!しゃべるのが得意なお友達に頼んだら?配信とか、ここでしかできないならお友達に来てもらって、ね?」

 40歳のおじさんが変声機を使っているんだったら、お友達にも変声機を使ってもらえばいいのよね?

 と、言うと、優斗がうなだれた。

 PCの中の天使のようなキャラクターも、寂しそうに頭を下げる。

 まっずい。

 もしかして、高校で中の良い友達がいないのかしら?

 それとも、オタクであることは学校では内緒にしてるとか?

 で、でもたしか中学の頃は漫画好きの友達がいたはずだし、高校だって、アニメ部とかいう部活で楽しそうに過ごしてるはず。

 ああ、いえ、でも、アニメ部……優斗のように、同好の士とは話はできるけれど、そうじゃない人相手だと途端に会話が止まるとう。

 いわゆる内弁慶のコミュ障な、愛すべきオタクな性質の子たちの集まりであれば……。動画配信なんてハードルが高い?

 友達にも頼んではみたけれど全部断られた可能性も……。

「ほ……本当は……」

 優斗が私を上目遣いで見て、それから不意っと目をそらした。

「収益化……したいんだ」

 収益化?

「18歳以上じゃないと……収益化できなくて」

「何?お金が必要なの?いくら?母さん頑張って働くから、あ、大学の進学費用のことなら、学資保険にも入っててちゃんとためてあるからね?えっと、そ、それにほら、儲かる人なんてごくごく一部だよ?アルバイトでもしてコツコツ稼いだ方が……」

 まさか、小学生の子たちが夢はユーチョーバーになることみたいな感覚なの?一攫千金目指してる?

「欲しいものがあるわけじゃないし、大学も頑張って国立合格できるように勉強する。それに、学校はアルバイト禁止だし……」

 私立の大学でも、医学部など特別にお金がかかるところじゃなければお金のことは気にしなくていいのよと言ってあるはずなんだけど。

 足りなければダブルワークでもして何とかするつもりだし。それこそ、若くはないとは言っても、優斗が大学出る頃に私はまだ40代半ばだから。それから老後のための蓄えをすることだってできるんだもの。

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