第27話 結末



 武を巡って三つ巴の戦いが始まり、そこに異族達が歓声と野次を飛ばす。その様を、全身をつたで幾重にも巻かれて転がされた九音が静かに眺めていた。


 その九音の傍に、いつの間にか二つの影が立っていた。影の一つは脇に抱えていた物を九音の隣に落とす。それは九音と同じ様につたで縛られた男だった。


「記憶を読ませてもらったわ。結界破壊の真の目的は命の殺害。まさか本当にアンゴルモアの大王が蘇るなんてごとを信じる人がいるなんて思ってもみなかったけど」

「ふ、ふざけるな!」


 影の言葉に縛られている神経質そうな男が声を荒げる。それを見下ろす影は小さく口端をつり上げた。


「ここに化け物が封印されているのは分かっているんだ! それも、この国を破滅させることが出来る程の力を持った怪物が!」

「ええ。だけど、私達は約束したはずよ。この地の異族に手出ししない限り、封印を解かないって」

「そんな約束、信じられる訳がないだろう!」


 影はため息をき、男の鳩尾みぞおちかかとを落とす。


「あがっ!」


 悲鳴を上げる男を影は冷めた目で見下ろす。悶絶もんぜつしてうめき続ける男に影はぐりぐりとかかとをねじ込んだ。


「世界を破滅に追いやる手段なんて、人間だって持っているでしょう。核の撃ち合いになれば、世界は核の冬に閉じ込められる。私達からみれば、約定やくじょうを簡単にたがえられる人間の方がよっぽど危険よ」

あねさま。そろそろ本題に入るべきだと思うのじゃが……」


 男を踏みしだく影にもう一つの影が声をかける。声をかけられた影は最後にもう一度強く鳩尾みぞおちに一撃を加え、男から九音のほうに向き直る。


「さて。初めまして、九音。早速だけど、あなたに交渉があるの」

「……交渉?」


 九音の視線が横に向く。そこにはもはや身動き一つしなくなった男が転がっている。


「あなたの事情は判ってる。あなたがこの町のために働いてくれると誓うなら、人質にとられたお母さんを助けてあげるわ」

「そんなこと、無理……」


 九音が呟く。だが、影は首を横に振った。


幾重いくえにも重ねられた結界があやかしの力を封じてしまう屋敷の座敷ざしきろう。そこにあなたのお母さんはとらわれている。ええ、異族が助けに行ったところで、屋敷に踏み込んだ途端に人間以下の力しか出せなくなるでしょうね。だけど――」

「……だけど?」

「私がいるわ。私は魔法使い。人間である私に結界は効かない。だから、力づくであなたのお母さんを取り返すことが出来る」


 迷うように影と縛られた男を交互に見る九音。やがて九音は真っ直ぐに影の目を見た。


「――お願い。助けて」

「はい。うけたまわりました」


 影の前に小さな光球が生み出され、辺りをほのかに照らし出す。九音に向かって話していた影の正体は、真紅の髪と目をした女だった。女は男の傍に手を伸ばし、小さな光によって生まれた男の影をつかむと地面から引きがした。


「――『二重影ふたつかげ』」


 その手につかんだ薄っぺらな影を、女は自分の影に押し当てる。次の瞬間、ノイズが走るように女の姿がぶれ、女の姿は転がっている男と同じものに変わっていた。


 光球が消え、再び周囲は暗闇に沈む。男に姿を変えた女は一足で近くにあった木の太い枝の上に飛び乗り、体を縮め、ばねの様に弾けた。


 まるでロケット花火のように空高く跳びあがった女は、更に幾度も跳ねて屋敷裏の山の向こうに姿を消す。


「…………人間?」

「まあ、一応は、の」


 九音の言葉に残された影が苦笑する。そして影が指を鳴らすと、九音に巻きついていたつたが突如ばらばらに断ち切られた。


「……いいの?」

「お主があねさまに助けを求め、あねさまはそれに応じた。ならばもうお主を縛っておく必要も無いじゃろう」


 影は気を失った男を肩にかつぎ、小さく笑みを浮かべて九音の方を向く。


「さあ、付いて参れ。屋敷で吉報を待とうぞ」



 それから何があったのか、ことこまかに語る必要は無いだろう。

 とある古い武家屋敷が不審火で全焼し、神木町に新たな住人が二人増えた。

 ただそれだけの話だった。

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