第25話 決戦
坂を
何も無いように見える空間を目には見えない大きな岩らしき物体が道を塞ぎ、別のルートに入ろうと向かう方向を変えた途端、山の中を流れる小川へ足を突っ込んだ。
坂の上、
土の中に繋がってしまって進めないのが大半。辛うじて行き来できる場所も宙空に繋がっていることが多く、五十メートルほど落下する事も珍しくはない。霊力で強化した体が傷を負う事はなかったものの、服は汚れてあちこちが
だが、いつまで続くのか分からなかった迷走も遂に終わりを迎える。屋敷へ続く坂道の中腹で、ようやく武は女と相対した。
青い髪の女は灰色の作業着に身を包んではいたものの、右腕は肩の辺りから肌が
直後、重い金属を
最早疑いの余地もなく、武と女は同一空間内に存在していた。武は刀の先を鬼に向け、思い切り声を張り上げる。
「われは
「……わたしは、
呟くように静かに告げられた名乗りは、澄み渡る鈴の音の様に武の耳へと届く。
「九音、さん……どうしてあなたは町の結界を壊そうとするんですか?」
「…………」
武の問いに九音は無言で首を横に振った。
「言えない、ですか?」
「……」
肯定も否定もせず九音はただ目を伏せる。そして再び九音が目を上げた時、武の目には彼女が今にも泣きそうな迷子のように見えた。
「……ごめん、なさい」
「――――!!」
呟きと共に虚空へ向かって雷撃が飛ぶ。それは半球形のドームに直撃し、その空間を僅かに揺らがせた。
だが、それだけだ。ドームに波紋が広がるだけしか影響はない。全力で雷を放ったのであろう九音は驚きに目を
武は左腕の手首に刀を当て、力を入れて刀を引いた。傷口から血が
血で
完成した
「後は、よろしく」
(はい、主様)
次の瞬間、武の存在が裏返った。
武は自らの内より
「…………誰?」
九音に
目は見えない。存在の表と裏がめくれ返り、武は実の世界より虚の世界に裏返ったのだ。
そこには光も、音も、匂いも、何も無い。虚の世界において五感に意味など無く、ただ自身の内側に意識を向けるしかない。にも関わらず、武には
元より全てが裏側なのだ。当然世界も自らの外ではなく内に在る。
「
冥月が刀を抜き、一振りして土を払う。その顔に浮かぶのは涼やかな笑みだ。
冥月が緋剣を握り締めたのを確認して、武は
「……ここから、出して」
「お断りします」
九音と冥月の間に緊張が走る。九音の目つきが鋭くなり、冥月は血刃を構えた。
「……あなたに勝てば、ここから出られる?」
「わたくしには分かりません。それを決めるのは主様です」
「
冥月は答えない。その顔に薄く笑みを浮かべるのみだ。
「……これが最後。ここから出して」
「お断りします」
九音の右手が空を
「……しまった」
九音が小さく呟く。冥月は落ちてこない。ただ宙に浮いて九音を見下ろしている。雷撃が下から数度飛んできたものの、宙を滑るように舞う冥月には当たらない。
やがて九音は冥月を無視する事にしたのか坂を駆け上がり、空間を
だが、その一撃も
「さて。力づくで時の壁を破壊できるとは思えませんが」
(
「
武の言葉に応え、冥月は両手で刀を握り締め、九音に向かって落ちていく。壁を両手で引き裂こうとしていた九音は横に
「――『
冥月の発した
九音が左手を後ろに引く。冥月はとっさに刃の先を九音に向けた。九音が左腕を振るったその瞬間、
「――!?」
「そう驚く事では無いでしょう。金は木に
生きてきた年月は二桁に満たない冥月だが、与えられた命の知識によって
九音は雷撃を諦め、代わりに突風を叩きつけて来た。しかしそれもまた金気を込めた刃の一振りに両断される。
冥月は武から流し込まれる霊力を刀に込め、白光の刃を幾筋も放って九音が近寄らないよう
「まさか、わたくしが
(やっぱり不安?)
「はい。初めての実戦ですから」
そう。冥月は武器として振るわれた経験はあっても武器を持って戦った事など無い。
今までの経験から武の送る霊力を制御する事は出来ても、踏み込み、体重移動などの諸動作はまるきり
病院で武が冥月との入れ替わりを実験した時も、冥月に武が教えられた技は三つだけだった。
「……?」
突如攻撃が
冥月は冷静に刀を突きつけ、雷光を帯びた拳を不可視の壁で防御した。攻撃を止められた九音は冥月の目前で動きが止まる。
「
九音は一歩下がり、後ろに跳ぼうとする。だが、冥月が突きを放つ方が早かった。
「――『
僅か一歩、素人の冥月にはその一歩を踏み込む事が出来なかった。
剣先に蓄えられた霊力が全て振動に変換され、次の瞬間にはボタンが砕け散った。もし冥月が後一歩踏み込んで突きを放っていたならば、壊れていたのは九音の体であっただろう。
二人の動きが止まる。先に
『
武に教えられた業は全て封じられた。だが、冥月の顔に浮かぶのは――笑み。
「本領発揮、といきましょう」
剣先に属性を与えられた霊力が集束する。それは刃を覆う青い業火と成り――
「――『
空を切る刃の先から巨大な青い炎の球体が放物線を描く。地面にぶつかった炎球は二つに、四つに、バウンドしながら分裂を繰り返す。
「――――!!」
それらが九音の足元に迫った時には、既に地面を進む炎の
命から与えられた膨大な知識は冥月の人格形成促進のみならず、高度な
それを見た冥月は変わらず笑みを浮かべている。真っ直ぐに九音に向けられた剣先には漆黒の霧が渦巻いていた。
「――『
霧はより濃く、より大きくなりながら九音に迫る。大気中の水分を取り込みながらあらゆる物を
「――『
漆黒の球は自ら
急激な気温の低下によって、周囲は濃い霧に包まれた。互いに相手が見えなくなり、冥月は更に刃を一閃する。
「――『
言霊と同時に巨大な風が吹き荒れる。木々をなぎ倒すほどの質量を持った風が、冥月の前にある霧を吹き散らし――右手に光を宿した九音が宙に舞う姿を
九音の右手にある光が雷であることに武が気付いた時には、九音は遥か先に転がっていったところだった。
半球状の壁を破壊しようとしていたところを見る限り、全力の雷撃には数秒の
(危ない! 飛んで!)
「――え?」
頭に響いた武の声に冥月は反応できなかった。九音が右腕を振るい、冥月の傍の地面に巨大な雷の
「あアああアぁぁッ!?」
冥月の悲鳴が上げる。落ちた雷が地面の表層を
(冥月!)
「だいじょうぶ、です……」
体のあちこちを
(交代して冥月! 僕が相手をするから、無理はしないで!)
木の枝に引っかかった冥月に武は必死になって呼びかける。だが冥月は静かに首を横に振った。
(どうして!?)
「主様は心配のし過ぎです。この程度、少し
冥月の体が宙に浮く。確かに
「刀に金気を込めていたのが幸いでした。わたくしが受けたのは電撃の極一部だったようです」
冥月はゆっくりと元の坂道の方に歩き出す。だが、その足取りは重い。まだダメージが抜け切っていないのだ。
(冥月、そっちにいったら九音が……!)
「ええ。ですがあと少しです」
木々の間から冥月が空を見上げる。いつの間にか空は薄紫色に染まっていた。
「さあ、
冥月がいつになく興奮している。当然といえば当然だ。これから冥月は告げるのだから――
「――わたくし達の、勝利を」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます