第24話 解説



『いいか? 今まで要石を通じて抜き取られていたのは季節じゃない。季節という要素を含んだ属性だったんだ』

「…………」


 屋敷の門前に一人立つ武の右手には抜き身の日本刀が、左手には指の間に白い人型の紙――式神が挟まれ、携帯電話が握られている。


 六花、愛音はこの場にいない。彼女達には女の使う雷に対抗できないからだ。光速で迫る雷撃を防ぐすべが彼女達には無い。


陰陽おんみょう五行ごぎょうろんでは全ての事象がもくごんすいの五属性と陰陽の組み合わせで説明される。相手はこの属性を屋敷から無理矢理偏在へんざいさせてぎ落とし、要石に組み込んだんだ』

「属性と方角にも関係が有るの?」

『ああ。金は秋の象徴にして西、水は冬の象徴にして北、木は春の象徴にして東にはいされる。あの鬼は全ての属性を持っていた屋敷からこの属性を要石にくくりつけた。それは同時に屋敷の属性をかたよらせてしまう。ここまではいいな?』

「うん、何とか……」


 金、水、木の属性を屋敷から引き剥がす事で、屋敷は残された火と土の属性を持つようになる。そこまでは武にも理解できた。


四大元素エレメンタルも同じだと思うが、五行の属性にも相性が在る。わかたれた属性同士は地脈を通じて干渉し合っているんだ。ごんしょうすいすいしょうもく。金は水を生み、水は木を生む。西の靜山しずやま一山ひとやまが秋になっただけだが、北は要石のある山と周囲の平地ひらちが冬になった。それと、北が冬になったのと同時に東の茜山あかねやまを覆っていた春が周囲の山々を飲み込んだ。今この町では木気が最も強い力を持っているんだ』

「じゃあ、もしかしてあの鬼が使った風や雷は……」

『木気の力だ。水が奪われて金と木が繋がった今、鬼の力も上がっているだろう』


 想像する。人を簡単に吹き飛ばすごうふうと、光の速さでほとばしいかずちを。どう考えても武には勝ち目が無い。


『だが、この事件は鬼の力を引き上げるのが目的じゃない。お前の屋敷の結界を破壊するのが真の狙いだ』

「……どうやって? 命さんの張った結界がそう簡単に破られるとは思えないけど」

もっこく。木は土につ。相生そうじょうによって高められた木気が相剋そうこくの働きによって土気を打ち破る。鬼の使う木気の力が奪われた属性によって強化され、中央に位置する土気の結界を破壊するんだ』


 中央が土で、金が水を、水は木を強化し、木は土につ。単純で、だからこそ簡単にはくつがえせないことわりだった。


『そうそう、言い忘れてた』

「……何を?」

『鬼は大分弱ってる。山にかけられたしゅを無理矢理破って山の裏から要石を襲った上、要石に命さんが仕掛けた罠に引っかかって痛手を負ったんだ』

「それって手負いの獣を相手にするってこと?」

『そうとも言うな』


 危険度が更に増した。はたして会話でどれくらい時間稼ぎができるか、全てはそこにかかっている。


『屋敷の結界が破れたらどうなるかは知ってるな?』

「……町を覆う結界が連鎖して壊れる」

『そうだ。そうなれば神木町の中でも銃火器が使用できるようになる。長から聞いた話だが、今町の外には武装した人間が数十人控えているそうだ』


 武は強く日本刀を握り締める。今や結界はこの町の生命線だ。是が非でも守り通さねばならなくなった。


『今、屋敷の周りは命さんが昨日一日かけてほどこしたしゅが覆っている。空間があちこち出鱈目でたらめに繋がってしまうそうだ』

「え?」


 屋敷の門から一歩踏み出す。瞬間、景色が一変した。周囲は木々が深くしげり、足の下には柔らかい土と枯葉の感触がする。次いで森の湿った土の匂いに気付く。驚いて一歩後ろに下がると、先ほどまでいた屋敷の門前に戻っていた。


「どうするの? これだと鬼がやって来るのを待つしかないよ?」

『問題ない。鬼の背中には黒の式神を貼り付けた。白い式神は持っているか?』

「うん」

『そいつが鬼のいる場所へ案内してくれるはずだ。足止め、頼んだぞ』


 びくりと左手の指の間で白い紙――式神が動いた。同時に樹との通話が切れる。


 携帯電話を門の郵便受けに入れると、武は手に持った式神が引っ張る方向に向かって一歩踏み出した。

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