第14話 異変の始まり
「なるほど。吸血鬼、か……」
屋上の入口の裏、配水塔の影。そこで武は自分とクリスの事情を樹と佳苗に打ち明けた。そしてクリスと武の纏う気配が同一の物である事を確認して、樹はいつもの表情に顔を戻す。それを見て武はようやく安堵の息を
「じゃあ、とりあえず一言。クリスちゃん、婚約おめでとー」
「あ、ありがとうございます」
「野田さん、今の話聞いて感想それなんだ……」
思わず呟く。その言葉を聞いた佳苗は思いきり怪しい笑みを浮かべた。
「武君武君。そりゃあ私だって二人が生きていて良かったとか、女の子の方から言い寄られているのに優柔不断ではっきりしないところがヘタレなんだよとか、もしかして女の子よりも男の子の方に興味があるって話は本当なのかな、とか思ったりもしたけど、やっぱり一言目の感想はおめでたいものの方がいいでしょ?」
「優柔不断なのもヘタレなのも否定出来ないけど、僕は普通の男だから。普通に女の子に興味を持ってるからね」
そこだけは否定しておく。ボーイズラブという男同士の恋愛の創作物が女子の間で密かにブームになっているのは知ってはいたが、まさか自分までその対象として見られていたというのは流石にショックが大きかった。
「待て、カナ。それは武と誰が噂になっているんだ?」
「んふふー。武×樹か樹×武かで二つの勢力がいるらしいよ。いやー、人気者は大変だー」
怪しげな笑みを浮かべる佳苗にげんなりした武は樹の方に顔を向ける。そして視線と視線が交差し、二人は同時に溜め息を
「だめだめ。溜め息を吐いていると幸せが逃げちゃうよー」
「カナ、誰のせいだと思っているんだ」
眉にしわを寄せて樹が突っ込む。だが佳苗はどこ吹く風と聞き流す。
「少なくとも私は元凶じゃないよ? 同人誌は貰ったけど」
「何で野田さんが同人誌を貰えるの?」
「資料用に写真を焼き増ししてあげたから」
ある種元凶より
「あ、そうそう。文化祭に発行される
生徒会笑事典。あいうえお順に校内の事件や裏事情、有名な生徒についての
「まあまあ。気を落とさずに頑張れ
「お前が言うな」
隣にいた樹が佳苗の頭にチョップを落とす。佳苗は涙目になるが、そこに同情の余地はない。
「これからはそういう事に手を貸すなよ。もし手を貸したと知ったらその時は……」
「その時は?」
「もう勉強を教えてやらん」
「すいませんごめんなさいもうやりません」
即座に謝る佳苗。別にそれ程佳苗の成績は悪くない。しかし武達や樹、佳苗の志望する高校には神木医科大学を目指す者が集まるため、他の高校と比べて難度が高い。樹がよく自分の復習を兼ねて勉強を教えているのだが、それでも絶対に受かるとは言い切れないのが現状だ。何故佳苗が樹と同じ学科に
追及したいことは幾らでも頭に浮かんだが、昼休みももうすぐ終わってしまう。武は未だ佳苗とじゃれ合っている樹の肩を叩いた。
「樹。今はそのことは置いといて、元々の用事は何だったの?」
「ん。ああ、すまん。つい忘れてた。長からの要請で異変が発生した場所をこれから調査する事になった。そこで冥月の力を借りたいそうだ」
物の化生である冥月は、独自の感覚を使用して人間でいう五感をカバーしている。その感覚は人間では感知出来ない事象を観測する事が出来るため、綿密な調査を行なう際には助力を要請される事もある。
「今回は何が起きたの?」
「ついさっき長から電話がかかってきた。西の山の木が、赤や黄色に見事に
武の問いに答える樹。しかしそれだけの事にしては樹の表情が妙に真剣だった。
「何処かの魔法使いが実験でもしてたんじゃない?」。
「それならまだいいんだがな。その山というのが、
それを聞いた武は瞬時に楽観的だった思考を切り替える。同時に佳苗以外の全員が目を真剣なものに変えた。
要石。それは武達の暮らす屋敷を中心に東西南北四方に設置された、結界を支える巨大な石。神の力の
逆に言うなら、この要石に異変が起きる事はこの町の結界、ひいては町の生命線の危機を意味している。
「まず一番に長が要石を確認する必要がある。今の静山は人払いがされているから、俺達は長の車に拾ってもらう必要がある。車は一時半頃に着くそうだ」
武は校舎の外壁に取り付けられている時計を見た。まだ随分余裕がある。
「分かった。クリス、帰ったら午後の授業のノートを見せてもらえる?」
「あ、はいっ!」
「カナ、ノートは諦めるから数学で居眠りしないようにな」
「うむ、任されたっ!」
威勢のいい返事に六花と愛音が苦笑を洩らし、樹が嘆息した。午前中真面目に授業を受けていたクリスと、得意科目限定で居眠りをするという悪癖持ちの佳苗。実に対照的な授業態度が
「じゃあ行って来る」
「行って来ます」
樹と二人屋上の入口へと周り、階段を下りる。ふと前を歩く樹が速足気味になっているのに気が付いた。珍しく焦りを抱いた樹の姿を見て、武の胸中にえも言われぬ不安がわだかまる。
早退の手続きを済ませて車を待ち続けた二人は、到着した命に声をかけられるまでずっと口を開かなかった。
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