第13話 学校にて



 それから一週間後。桜花中学の屋上で武、六花、愛音、クリスの四人は、向かい合うベンチに腰を下ろし、弁当箱を開いていた。


 朝のホームルームで武のクラスに転入してきたクリスは、休み時間毎にクラスメートに質問攻めに遭った。そしてこの昼休みは武の教室に押しかけてきた六花と愛音の助力によって、やっとここに抜け出すことが出来たのだ。


 ちなみにこの一週間、クリスは前の中学とクラスメートに別れを告げて転校の準備をしていた。そのため今日がクリスの桜花中学への転校初日となる。


 幸いここまで付いて来たクラスメートはいない。そこで武は朝から抱いていた疑問をクリスに問いかける。


「朝は聞けなかったけどさ、どうしてクリスは三年じゃなくて僕と同じ二年のクラスに入ったの?」

「この学校は私のいた学校と比べて進度が早いですから。私達には時間の制約が無いので、去年の復習を兼ねて武さんと同じ二年生にしていただきました」

「いいなー。あたし達は兄妹きょうだいだからっていつも別々のクラスにされるのに」


 苦笑するクリスに羨望せんぼうの眼差しを向けて愛音がぼやく。そんな愛音の頭を六花が背と手を伸ばしてポンポン、と撫でた。


いつき佳苗かなえみたいにずっと同じクラスだったら良かったのにな」

「そうだね。羨ましいな、あのカップルは」


 六花の慰めの言葉に深く頷く愛音。対してクリスは眉を僅かに寄せる。


「イツキさん、カナエさん……どちらが女子ですか?」


野田のださんだね。野田のだ佳苗かなえさん。男子の方が瀬川せがわいつき。こっちは僕の知り合いだ」

「あの二人はカップルというか、漫才コンビみたいになっているがな」


 呆れたように小さく笑う六花。その少し底意地の悪い笑みもまた可愛らしく、気付けば武は右隣に座る六花の頭を撫でていた。


「ん……ぅ…………あ、こ、こらっ! 子供扱いするな!」


 最初は撫でられるままになっていた六花だが、武の視線に微笑ましいものを見るような生暖かさが混じっているのに気が付き、頭を撫でる手を払いのけた。


「うー……」


 そして六花は愛音の後ろに隠れ、武をにらみ始める。武と愛音の視線がぶつかり、そして二人は同時に苦笑した。


「武。リカ姉はちゃんとしたレディーなんだからね。いくら可愛くても子供扱いはだめだよ」

「そうだ! バストだってもうすぐFになるんだからな!」

「武。思いっきり可愛がってあげて」


 手の平を返した愛音が六花を正面から抱き上げ、武に差し出してくる。


「こ、こら愛音! 抱き上げるな武も受け取るな! う、う、うにゃあああああ!」


 武の腕の中でお姫様抱っこをされる六花。落ちてしまわないように小さく足掻く六花の頭を愛音が優しく撫でまわす。今回は愛音(バストサイズAA)の前で不用意に胸の話をした六花が悪い。


一分後――


「……スン」


小さく鼻を鳴らし、膝を抱えてねた六花がそこにいた。


「くすっ」


 武の隣から小さな笑い声がする。武が隣を見ると、傍観していたクリスが口元に手を当てていた。


「なんだか愛音さんがお姉さんで六花さんが妹みたいですね」

「あー。あの二人は時々上下関係が逆転するからね。年の差なんて数ヶ月しか違わないし」


 背の高さに関しては言及しなかった。二人共背丈がコンプレックスになっているのに、わざわざ無用な火種をく必要は無い。


 しばらくなだめすかしている内に六花も機嫌を回復し、四人は昼食を再開した。一足早く食べ終えた武は、白い雲の並ぶ空を仰ぐ。

 六月の上旬じょうじゅん、山に囲まれているこの神木町にも夏の気配が近付いていた。梅雨入りにはまだ遠く未だ冷涼な気候が続いているが、日差しの照り付けがやや強くなり始めている。もう一月ひとつきも経てばこうして日向ひなたで弁当を食べる事も出来なくなるだろう。


 そんな事を考えていると、武の懐で振動する物があった。携帯電話だ。開くとそこには新着メールの知らせが表示されている。


 送り主は先の話に出ていた瀬川樹。二年トップの秀才であり、わずか十四歳にして長直属部隊の一員を務める腕利きの陰陽師。武との関係は仕事仲間といったところだ。


 メールの本文は今どこに居るのかを尋ねる内容だった。携帯で時刻を確認する。昼休みの終わりまで後三十分。武は屋上とだけ書いてメールを発送した。


 それからややもしない内に屋上の出入り口から男女のペアがやって来る。武達を先に見つけたらしい女子が武達のもとに小走りで駆け寄ってきた。


「おっはよー! ってもう昼だからこんにちはの方がいいのかな? でもやっぱり学校での挨拶あいさつといえばおはようだよね、という訳でおはよう!」


 天真爛漫てんしんらんまんとした様子でまくし立てるショートカットの女子。その少女の頭を、追いついた背の高い男子が軽くはたく。


「カナ、急ぎすぎだ。金髪の子を見てみろ。お前のテンションに付いて行けずに困っているじゃないか」

「あ、ごめんごめん。えっと、初めてだよね。私は野田佳苗。カナって呼んでね」

「で、俺がこいつの保護者。瀬川樹だ」

「はい。カナさんと樹さんですね。私はクリスティーナ・槙原です。クリスと呼んでください」


 佳苗とクリスが握手する。そして佳苗は武達を見回すと、餌を目前にした獣のような笑みを浮かべた。


「なるほど、そういうことかー。よっ、このおんなたらしっ!」


 武の肩をバンバン叩きながら佳苗が笑う。だがそれは武にとって笑うに笑えない冗談だ。引きつったような笑みを浮かべる武に佳苗の顔に戸惑いの色が浮かぶ。


「あ、あれ? もしかしてほんとにハーレム加入? それともライバル登場?」

「ま、そんなところだ。まあ、最後に勝つのはオレ達だがな」

「む。私も絶対に負けませんっ!」


 挑発的な笑みを向ける六花にクリスも真っ直ぐな視線を向ける。二人が睨み合っているのを見て武は即座に距離を取った。この二人の意地の張り合いに迂闊うかつに近づけば、とばっちりが飛んでくる。それがこの一週間同じ屋根の下で暮らす間に武が学んだ事だった。


 ふと気がつくと、樹が険しい顔で武をじっと見つめていた。そして樹は懐から栞のような一枚の紙を取り出すと、それを武に近づけ――次の瞬間には紙の先端部分が白い煙を上げて黒く焼け焦げた。


「誰だ、お前は」

「ふえ?」


 いきなり鋭い目をして睨み付けてくる樹。突然発された怒気に思わず気の抜けたような声が武の口を突いて出た。


「陰の気が強すぎる。人間には有り得ない程にな。おい、偽物。本物の武をどうした?」

「あー、なるほど。そう見られちゃうんだ……。えっと、僕は僕だよ。本物の坂上武」


 そう言って武は視線を六花たちに向けた。六花、愛音、クリスが揃って頷き、それを見た樹から怒気が薄れていく。


「……詳しい話を聞かせてもらおうか」


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