第12話 春の間
「あの、武さん。ここは……?」
「あの廊下と同じ、
クリスの質問に武は小さく笑みを浮かべて答える。
やがて
武はクリスの手を離すと、
全身を包む
「クリス。ここがどこか分かる?」
「えっと……『春』、でしょうか?」
「うん、正解」
クリスの答えに首肯し、新緑の
「ここはな、神によって遥か昔に切り取られた春の
「通称『
六花、愛音が宙に浮いた襖の中から『春の間』に入ってきた。それに続いたクリスは武の頭の傍にスカートを
「さて、対策会議を始めようか」
「対策って、あの廊下の?」
聞き返す武に六花が頷く。武が体を起こしてクリスの隣に座り、そして全員が表情を真剣な物に切り替えた。
「まずは
頷く一同。体に神気への抵抗力をつけるためには、強い神気にあえて身を
「後は
異論はあるか? と
「あのさ、あの廊下に入った時、体が勝手に奥へ進み始めたんだ。皆はそんな事なかった?」
「僕も同じ。必死になって廊下から出たけど、あれは危なかった」
「私もです。もし武さんに助けられていなかったら、あのまま帰って来られなかったと思います」
武とクリスが愛音に同調し、三つの視線が六花に集まった。六花はそれに首肯する。あの廊下の危険度は並大抵のものではない、と改めて認識させられた。
「……仕方ない。あの廊下での訓練は保留にして、とりあえず
「
六花の言葉に不思議そうな顔をするクリス。彼女が長と呼ぶ存在はこの神木町の異族を取り仕切る異族の長であり、同時に現町長でもある
「
そう言って立ち上がった六花は宙に浮いた
「十年か……」
「長いですね……」
愛音のぼやきにクリスが相槌を打った。神気による変質はある程度までヨモツヘグイによって防げるにしても、あの膨大な神気を受け入れられるだけの
それからしばらくの間三人で春の陽気に意識を
陽だまりにうとうととしていた武は、ぼんやりと襖の向こうから出てきた二人を見ていた。が、やがて獣の耳を立てた巫女姿の女性の名前を思い出した瞬間、武は体を起こした。
「お帰りなさい、命さん」
「お帰り、命さん」
「お、
武に続き愛音とクリスが身を起こして巫女服の女性に
「ただいま、じゃ。それと、クリスティーナとは初顔合わせじゃの。知っておるとは思うが、
「こ、こちらこそよろしくお願いします!」
クリスと命はお互いに頭を下げて礼をする。そして命は口端を吊り上げた笑みを浮かべて武の方に視線を送って来た。
「たまの休日と思って部屋でまどろんでおったのじゃが、六花から面白い話を聞いての。こうして急ぎ駆けつけたというわけじゃ」
命の意地の悪そうな笑みが深くなる。どうやらこちらの事情は六花から聞いたようだ。
「で、どうじゃ武。三人もの
「命さんが思っているような事はしてません。それより命さんは僕達の事情をもう全部聞いたんですか?」
「うむ。『
命が手を軽く一振りする。するといつの間にかその手には
「
差し出されたその一升瓶を受け取る。次の瞬間、まるで中に砂鉄が詰まっているのかと思うぐらいの重さに危うく瓶を落としてしまいそうになり、慌てて武は両手でその瓶を両手で抱え込んだ。
「一度に大量に飲むと、この水はたちまち毒となる。急ぐなとは言わぬが焦りは禁物じゃ。後は、そうじゃの……くれぐれもこの酒瓶を割るでないぞ。この酒瓶は
「それならそうと早く言って下さい! もうちょっとで落とすところだったじゃないですか!」
「なに、その瓶は大抵の事では割れたりはせん。なにせ儂の
得意気な顔で胸を張って見せる命。その強調された大きな胸に視線を奪われそうになり、直後に武は視線を他に移した。視界の端で愛音がこちらをじっと睨んでいるのが見える。
正面を再度見ると命が口元を手で隠し、くつくつと忍び笑いを
「全く、いつ
「命さん、からかわないで下さい」
「ほほう? なら、儂が本気だとしたらどうする?」
言うや否や一瞬の内に命は武の眼前に立ち、武の瞳を覗き込んでいた。武は
(長。あまり主様で遊ぶのはお
「すまんすまん。つい興が乗ってな。許せ、冥月」
冥月の非難にカラカラと笑って返す命。命が武から離れたところで冥月の腕も武の影の中に沈んでいった。
「……ところで武。
「あ、母さんなら
「そうか。なら儂はそちらに向かうとしよう」
その返事を聞いて
「ありがとうございました!」
命は武の言葉に振り向くことなく手を振って
「あの……長は武さん達のお母様とどういう関係なんですか?」
クリスの質問に武は頬を掻く。命が隠すことなく言ったのだから、クリスに隠しておく必要は無いだろう。
「命さんは母さんの義理の妹なんだ。世間的には長の命さんが
「初めて知りました……」
武の説明に目を丸くするクリス。この事を知っているのは町でも極僅かな者だけなので驚くのも当然といえば当然だが。
「ところで、お母様は
「休憩……ううん、治療かな。病院から帰った時にはいつも弱っているんだけど、『奥』に行って戻ってきたらすっかり元気になってるの」
愛音がクリスに簡単に説明する。とはいえ武達も知っている事は少ない。分かっているのは、あの
と、そこで武の左側に座っていた六花がぽん、と手をたたいた。
「『帰る』という言葉で思い出したんだが。愛音、報告しなくていいのか?」
「あ、うん!」
六花の言葉に愛音が頷き、こほん、と一つ咳払いする。その口元には隠しきれない笑みが見て取れた。
「不肖、坂上愛音。初めてリカ姉から一本取る事が出来ましたー!」
「おおー!」
今まで愛音が六花に勝てた事は一度も無い。それが今回の山籠りで遂に白星をあげたのだから、これはまさに快挙と言えよう。三人の拍手に愛音も照れくさそうな笑顔を浮かべる。
「まあ、持久戦に持ち込んでスタミナ切れを狙っただけなんだけどね」
「いや、そもそもリカ姉相手に持久戦なんて他の人にはできないから」
思わず武はツッコミを入れる。六花、武、愛音はそれぞれ霊力や魔法とは異なる異能を有しているのだが、中でも六花の能力は反則だ。愛音でなければほぼ間違いなく初撃で倒される。多くの人外が
「六花さんってそんなに強いんですか?」
「強いというか、ずるい……かな? 一方的に攻撃されて反撃の余裕も与えてくれない、リカ姉はそういう反則技を持ってるの。例えていうなら、格闘ゲームの無限コンボ」
愛音の説明に首を傾げるクリス。いまいちイメージが掴めていない様だが、六花と愛音の異能は機密事項だ。余り詳しく説明する訳にはいかない。これ以上クリスに質問されない内に話題を変えておいた方がいいだろう。
「その話はそこまでにして、コレはどうするの?」
瓶を指差して六花に声をかける。苦しい話題転換だったが六花は小さく頷いて応じてくれた。
「
腰を上げた六花に
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