第11話 奥



 優江に先導されるまま長い廊下を右に折れ左に曲がり、迷路のような構造の廊下を歩いたのちに五人はそのふすまにたどり着いた。


 これこそがこの屋敷の『奥』に至るための入口。一見ただのふすまだが、その向こうに続く風景は開ける毎に千変万化する。さらにそこは空間どころか時間の在り方さえねじれ曲がっている事がある。その真なる異界に他ならないこのふすまの向こう側に踏み込もうとする存在は、屋敷に住むモノでも両手で数えられる。だが、このふすまから続く異界はランダムに作り上げられた迷宮などではなく、人の身には与り知らぬ法則ルールで運営されている世界だ。


 襖の前で振り返った優江は、クリスの方を向いて説明を始める。


「この向こうには二つの種類の道が続いているの。一つは開いた者の心に感応した屋敷が作り上げる『奥』の世界。そしてもう一つは、中を『って』いなければ絶対に入れない領域。これから私達が向かうのは、この屋敷の最奥に存在する神籬ひもろぎもとっている者、内よりまねかれた者にしかたどり着けない場所。神代かみよへと続く一本道よ」


 優江が襖を開ける。そこには左右に連なるふすまで出来た壁と木で出来た床が終点の見えなくなるまで続いている廊下だった。


「真なる奥へと続くこの廊下を抜ければ、神籬ひもろぎが在る。神籬ひもろぎまで辿り着けたなら資格を持つ者として認め、『みそぎ』をり行うわ。さあ、一度今の限界というものを知って来てごらんなさい」


 どこまでも続く廊下を指差して優江の口が小さな笑みの形になる。往々にして優江がこういう態度を取った時にはろくな目に遭ったためしが無い。恐る恐る六花が一歩その廊下に踏み出し、次の瞬間後ろに退すさった。勢い余って六花は背中から壁に激突する。


「リカ姉!?」

「っー……。忘れてたぜ。そりゃあ神様の所に出向くんだ。その神気に向かい合えるだけの耐性を付けなくちゃ話にならねえって事か」


 駆け寄った愛音の手を取って立ち上がる六花。どうやらこの敷居の部分を境に凄まじい神気が満ちているらしい。六花、愛音は手を握り合ってその敷居の前に立ち、数度の深呼吸の後、二人は遂にその敷居を跨いだ。


「僕達も行ってみる? クリス」


 武の背に負ぶわれていたクリスが目を丸くし――そして廊下を一歩一歩進んでいく二人の姿を見てクリスは武の背から降りた。


「はい! 私達もお二人と対等に向かい合うために頑張りましょう!」


 クリスに手を引かれて武はその敷居をまたぐ。その瞬間、武は自分が一瞬で海の底に沈んでいるような錯覚にとらわれた。


 溺れてしまいそうな密度の高い神気は、神域に踏み込んだ者を容赦無く絡めとる。あの『爆弾』より更に密度の高い神気に全身を包まれ、意識が漂白されそうになり――必死に混濁していく意識を繋ぎとめた。これ程高密度の神気を吸っていれば、例えヨモツヘグイを重ねていても神気による変質は抑えきれない。武は二歩、三歩と勝手に前に進む足を止め、隣にいたクリスを抱きしめて入口に飛び込んだ。


 『奥』へと続く廊下から転がり出てきた武とクリスは、その直後廊下から飛び出してきた六花、愛音の下敷きにされてしまう。よろめきながら立ち上がる四人に優江は微笑みながら言った。


「これであなた達は奥へ繋がる道を『った』。チャレンジはいくらしても構わないけど、異界に囚われないよう気をつけなさい。あなた達なら――そうね、十年もあればきっと到達できるわよ」

「十年って、そんなにかかるの……?」


 呆然とした顔で愛音が呟く。それを聞いた優江はつま先立ちで背伸びをして愛音の頭を撫でた。


「十年でも凄い事なのよ。初めてこの屋敷に来た人がこの奥に入り込めるようになるまでには、きっと五十年はかかると思うから。それとね、『みそぎ』を受ければ年を取ることはなくなるけれど、代わりに子供を産むこともできなくなる。どうせなら十八歳辺りで子供を産んで、おちちが出なくなってからから『みそぎ』を受けることをお勧めするわ」

「え、た、武と、その、子供を……?」


 微笑む優江を前に真っ赤になる愛音。そこで優江は六花、武、クリスの顔を見回す。


「情を交わすのは特に禁止しないけど、きちんと産んだ子を養育できる環境が整うまでは避妊をしっかりしてね。チャオ」


 優江は敷居を跨ぎ、向こう側からふすまを閉める。優江が言った通りならば、足を踏み入れその存在を『った』武達は今の廊下に繋がるようふすまを開けるはずだ。


 内からまねかれるかっている者に案内されるか、その二つの方法でないといけない領域。それを一つだけ武は知っていた。


「……とりあえず、一休みしようか」


 言うなり武は襖に手をかけ、開け放つ。そこには先程まであった廊下の代わりに地下へと螺旋らせんを描いて降りていく木で出来た階段があった。

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