第10話 対峙
箱膳を片付けて居間へ入る武とクリス。座布団にすわり何をするでもなく二人でじっと待っていると、居間の
小さい方は白いワンピースを着た六花だ。その
もう一人は
「お帰り、
「うん。ただいま、武」
背の高い着物少女――
「とりあえず座って。まずは何が起きたのかきちんと説明したいから」
「あいよ」
「はーい」
武の言葉に、六花と愛音が武達の向かいにある座布団に座る。武が真面目な顔をしているせいか、相対する六花達の表情もやや硬くなる。
「とりあえずは紹介から。こっちはクリスティーナ。血液内科のエレンさんの娘さん」
「初めまして。クリスティーナ・槙原です。クリスとお呼び下さい」
「オレは坂上六花。好きに呼んでくれ」
「あたしは坂上愛音。あたしも好きに呼んでいいよ」
「はい。よろしくお願いします、六花さん、愛音さん」
挨拶を交わす三人。しかし武にはそれがどこかぎこちないように見えた。武の経験上、六花と愛音はおそらくクリスの事を警戒していると思われる。六花は粗野な態度だがその
「で、だ。武、オレらが師匠の所に行っている間に何があった?」
六花、愛音のやや鋭くなった目が武の方を向く。武は深く息を吸い込み、覚悟を決めた。
「分かった。順を追って話すから、二人共きちんと最後まで聞いて欲しい」
そして武は話し出す。交通事故でクリスが死にかけた事、その命を繋ぎ止めるために武が復元魔法を使った事、魔法の代償で死にかけていた武をクリスが
話を聞き終えた二人は
「……武は、それでいいの?」
「どれの事?」
武が聞き返した瞬間、愛音は顔を上げて武を睨みつける。だが武の目には、愛音が今にも泣き出しそうに見えた。
「勝手に婚約させられて、武はそれを受け入れるの!? あたし達はもう要らないの!?」
激昂し、立ち上がろうとする愛音。それを隣に座っていた六花が腕を突き出して制する。
「落ち着け愛音。……で、武。お前はどうしたいんだ?」
「……まだ、決めてない。僕はリカ姉や愛音とずっと一緒にいるんだって思ってた。でもクリスと出会って、二人の事が家族として好きなのか、女の子として好きなのか分からなくなったんだ。だから、もう少しだけ時間が欲しい。僕の中にある気持ちを確かめるために」
「そうか……」
その答えに六花は小さな笑みを浮かべ、武の顔に指を突きつけた。
「なら、オレも宣言してやる。オレ達は絶対にお前を逃がさない。お前の心に深く、深くオレ達の存在を刻み付けてやる。覚悟しとけよ」
にやりと唇の端を吊り上げ笑みを浮かべる六花。その言葉に含まれた覇気からも、彼女がどれだけ本気なのか伝わってくる。そして六花は不敵な笑みを浮かべたままクリスに視線を移す。
「クリス、お前はどうだ? 誓約だろうがなんだろうが、そんなちんけな物でオレ達と武の間に割って入れると思うなよ」
「ご心配無く。誓約なんて関係なく、私は一人の女として武さんの隣に立って見せますから」
「ふ、ふふふふふ……」
「クスクスクス……」
笑顔で応酬する二人。どちらもこれ以上無いくらいに綺麗な笑顔なのに、それを見る武の背筋には冷や汗が流れ続けている。見れば愛音も二人の様子に恐れをなして距離を取っていた。武も愛音の傍に行って二人に聞こえないよう小声で話しかける。
(愛音。リカ姉を止められる?)
(無理! 武こそクリスを止めてきてよ!)
(いや、僕があそこに首を突っ込むと余計にややこしくなるだけだと思う)
(……それもそうだね)
愛音がため息を
「はいはい。二人とも落ち着いてー」
気の抜けた声と共に、途方もない霊気が部屋の中に満ちた。不意を突かれ発せられた霊威に、四人は凍りついたように指一本動かせなくなる。
武達を呑んだ霊威は十秒もしない内に
「ただいまー。やー、久しぶりに我が家に帰ったからついのんびりし過ぎちゃった。説明が遅れてごめんね。今からクリスちゃんと武の婚約について話すから」
全員が声を発する事すらできないのを
「まずはクリスちゃんが武の命を救うために使った契約。これは本来人間と
そこで口を止めた優江は
「だけど私は、あなたには好きな道を選んで欲しい。それを
「……うん」
「母さん。オレ達も母さんのように年を取らなくなれないか?」
「うーん……条件はかなり厳しいよ。それでもいい?」
優江の問いに、今度は愛音が立ち上がる。
「いいよ。あたしも武やリカ姉と、ずっと一緒にいたいから」
「……うん。あなた達がそれを望むなら、私はその道を示してあげる。付いて来て」
くるりと身を
「た、武さん……」
振り返る武。見れば、
「ごめんなさい。あの、さっきので腰が抜けちゃいました」
恥ずかしげにその白い頬を淡く染めるクリス。武はその傍に行くとその身を起こし、背中にクリスを乗せて立ち上った。
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