第9話 目覚めの一幕
闇の中、武はなにか柔かい物を抱きしめていた。
その手触りは極上の絹のようで、抱きしめる腕に軽く力を入れるとしっかりとした弾力で腕が押し返される。さらに甘く良い香りが鼻腔をくすぐり、武の脳をゆっくりと溶かし始めた。
さらに顔がひどく柔かい物に押し付けられる。
視界は白磁のような肌一色だった。顔は肉感溢れる二つの膨らみに挟まれている。武は自分の頭を
それは、一人の小柄な少女だ。その背中の中ほどまである長い髪を一房手に取ると、処女雪のように白い髪がさらさらと手の中を流れていく。白いのは何も髪だけではない。その
その真っ白な少女が薄らと目を開き、そのぼんやりとした赤い瞳が武の姿を捉える。先天性白皮症――アルビノだ。
その少女は薄らと眼を開けて、半身を起こそうと布団に腕をついた。その両腕に挟まれた女性の象徴たる二つの膨らみがその谷間を強調してくる。もう少しでネグリジェの大きく開いた首元からその膨らみの先端が目に入りそうになり、武は慌てて目を逸らした。
「お、おはよう、リカ姉」
「ん……っ」
武の挨拶に少女は腕を頭の上で組み伸びをする。武よりやや低い程度の背とはアンバランスな胸がさらに強調された。余りに無防備な少女に嘆息する。やがて少女の頭もはっきりしてきたようで、その愛くるしい顔に笑みが浮かんだ。
「ん、おはよーさん。で、どうだった? 久方ぶりの愛しのお姉様との
そして可憐極まりない外見を見事に裏切った
「色々聞きたい事はあるけどさ。とりあえず、いつ帰ってきたの?」
「朝の二時。山を下りて電波の届くところまで行ったら、携帯に母さんからメールが来てた。『武に一大事が起きた』ってな。だが必死にタクシー
「隣はこの屋敷の新しい住人の部屋。何があったのかはまた後で。愛音にも一緒に聞いて欲しいんだ」
「……分かった。オレは愛音を起こしてくるから、
「了解」
「よし。また後でな!」
武の背中を平手で叩いて六花は武の部屋から出て行く。ため息を
(相変わらず節操が無いというかなんというか……)
屋敷に住んでいるのも大概にして理不尽なモノばかりだが、この屋敷自体も色んな部分がいい加減だ。こちらが大人しくしている分には愛想良くしてくれるのだが、一度その解明に身を乗り出したならば百の理不尽に襲われる。『奥』に迷い込んで出られなくなるのが嫌なら、余計な
とりあえず厨房に向かい、手近にいた女中に二人が帰ってきたことを伝え、厨房奥にいたクリスへの伝言を頼む。それから十分もしない間に
「あああ、あのっ! よ、よろしくお願いします!」
「な、何を?」
箱膳を床に置き、三つ指を突いて頭を下げるクリス。突然の展開に武は動揺を隠せなかった。
「何って、その……美月さんから、しっかり
「あー…………。クリス、もしかして伽の意味を知らない?」
「し、知ってます! あの、男性と女性が、その……」
顔を真っ赤にして俯いてしまう。その様子に苦笑してしまった。
「いや、確かにそういう意味もあるんだけど、伽をするっていうのは、話し相手をするとか看病をするとかそういう意味だから」
伽をすると聞いてそういう事しか思いつかなかったらしい。クリスは顔を俯かせたままだが、耳まで真っ赤になっている。
それからクリスを落ち着かせて、二人で御膳を向かい合わせに置いた。そこで武は顔を真剣なものに切り替えて話を切り出す。
「クリス。御膳を片付けたら、会わせたい人達がいるんだ」
「会わせたい人?」
「
「武さんはお二人の事をどう思っているんですか?」
「ずっと、いつまでも一緒にいる存在……だと思ってた」
「過去形、なんですね」
「僕はいつまでも三人で暮らしていくんだって思ってた。けど、一生懸命なクリスを見ているとね、僕がリカ姉や愛音に持っていた気持ちが恋愛感情の『好き』なのか、それとも家族としての『好き』なのか、分からなくなったんだ。だから、僕もここで自分の気持ちを確かめたい。僕の中に有る、『好き』っていう気持ちの形を」
武の返事を聞いたクリスは淡い笑みを浮かべる。
「だったら覚悟をしていないといけないのは武さんの方ですよ。私、絶対に武さんから離れませんから」
「はは……お手柔らかにお願いします」
自信を持って言い切ったクリスの顔に浮かぶのは笑顔。以前冥月に言われた言葉が頭をよぎる。確かにしっかりと自分の意志を固めていないと、簡単に流されていきそうだった。
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