第3章 ①チャンスの神様
「咲子、ワシントンDCに来週行ってくれないか?大統領就任式の取材だ。
ジャッキーが担当していたんだが、ひどい体調で、今朝入院したと連絡が今入った。
行けるか?というか、行けるな!」
ニューヨーク州知事の記事をまとめていた咲子に、編集長が声をかけた。
ここニューヨークは、チャンスを掴むために人が集まる街。
一筋の光が差せば、死に物狂いで、ガレキを鷲掴みでのかしてでも、表に出ようと皆んなが目を光らせている。
「Of course!!」
こんな凄い申し出はない。
ジャッキーには悪いけれど、このポストにジャッキーがいる限り、連邦政府関係の仕事を自分が受け持つことは、まずあり得ない。
今かかってる仕事でどんなに忙しくても、
スケジュールがタイトでも、
どんなことをしてでもワシントンDCには、行く!
声がかかった瞬間に、即答。
それは当たり前のチョイスだ。
もし、「スケジュール確認して返事します。」なんて言おうもんなら、となりの、ボブでも、後ろのデスクのサマンサでもすぐに名乗り出ただろう。
大きなチャンスが降ってきたのだ。
咲子は、すぐにスケジュールを空けるための調整をした。
ラッキーなことに、大統領就任式前後3日間は、取材の予定はない。
原稿の締め切りが数本ある。
なんとか出来る。
出来るだけ早くDCには入りたい。
徹夜してでも、今かかってる仕事を終わらせて、連邦政府関係のことを、できる限り調べてこの仕事には臨みたい。
咲子は、頭の中で、グルグルとあらゆることを考えながらも、身体中にエネルギーが充満し、この思いがけない、いわゆる棚ボタに、心踊るばかりだった。
咲子は、ハイスクール卒業後に、大学に入りジャーナリズムを学んだ。
ジャーナリズムと一言で言っても、分野は多種多様。
咲子の興味はアメリカの政治に向かった。
元々、咲子は、日本史から世界史に至るまで本を読み漁るのが、子どもの頃からの趣味というか、大好きだった。
歴史は、必ず、その国を治める人、政治の中心に誰がいるかで、変わる。
システムから、その国の人々の暮らしや経済状況、外交、文化に至るまで全ては、誰が事実上の権力を握るかで変わるのだ。
長い歴史のある日本、ヨーロッパ諸国、中国やインドも、政変によって、転機をしいられ、栄えたり、衰退したりしながら、現状を築いたのだ。
アメリカは、歴史がとても短いのに、あっという間に世界のリーダー的な大国となった。
自由を求めてイギリスから死を覚悟で渡った航路アメリカンウェイ。
命をかけてたどり着いた人々が作った国。
その絶大なエネルギーを携えた人々が開拓し、築いていった国。
自分たちが築いた国を愛し、自由を愛し、その個人の自由を守るための憲法を作り上げた。
アメリカ人にとって、憲法を遵守することが最も重要なことである。
それこそが、アメリカ人の自由を守ることに他ならないのだ。
そして大統領が、この憲法にのっとって、このアメリカ全土の方向性を決め、世界での役割をリーダーとして担って行くのだ。
例えば、アラブの国々では、イスラム教の人が大半で、アッラーへの崇拝が、重要なこと。
日本は、元々は八百万の神への信心。
戦後は変わってしまって、道徳心が重要になったようだ。
ロシア人なら正教会。
イタリアは、カトリック教会。
もちろんアメリカには、クリスチャンもいれば、イスラム教徒もいる。
他にも雑多な信仰があるだろう。
だけど、色々な国から、自由を求めてたどり着いたこの大陸、移民たちの国の共通の信仰はこの憲法なのだ。
咲子は、この感覚を大学で学ぶ中で初めて知り、アメリカの政治にのめり込んだ。
幸いにも、世界的に有名なお茶の家元のお嬢さんだった咲子は、アメリカに住む条件として、ニューヨークにある茶道のコミュニティのお茶会の運営に携わったおかげで、このニューヨークに住む、政界や財界のVIPに会える機会もあった。
大学生の咲子が、着物を着てお茶をたてて、振る舞うというアルバイトをする。
大学生だという話をすると、必ず何を学んでいるのかという話題になる。
ジャーナリズムを専攻している話をする。
すると、政界の人も財界の人も、それは面白い。
こんな話は知ってるか?と自分たちしか知らないような内部の話を、自慢げに話してくれる。
咲子が学生だからということと、着物を着ている日本人だから、ある意味、その話がまずいところに漏れることもないだろうという安心感からか、ペラペラとあらゆる話をしてくれた。
その中には目を丸くするような話もあった。
咲子は、ニコニコとそんな話を受け流してるように振る舞っていたが、家に帰ると、全てをノートにメモしていった。
大学を卒業後に、今の出版社に入れたのは、このノートを持って、自分には、こんなネタを集められるルートがあることをアピールしたからだ。
「チャンスの神様は前髪しかない。」
「やってきたときにその前髪を掴まなければ、後ろから追っても髪がなくツルツルした頭は捕まえれない。
自分からチャンスに向かって前髪を掴むんだ!」
子どもの頃から、よく父にはそんな話を聞かされた。
アメリカ、しかもこのニューヨークに居れば、なおさらだ。
発言しなければ、ばかだと思われる。
自分のセールスポイントをちゃんと話せてこそ、認められる。
もちろん、そこには中身が必要だ。
日本人独特の謙虚さの美徳の概念はない。
ただ、人から好かれるには、その日本人が兼ね備えた謙虚な空気が醸し出されること自体は、とてもプラスに働く。
特に茶道の家元で育ち、礼儀作法をきちんと躾けられ、所作の美しさと品のある立居振る舞いは、咲子の大きな魅力の一つだった。
編集長は、咲子のノートを見て、いくつかの質問をした。この内容は事実なのか?
事実だとしたら誰がどのようなところで君にこういう話をするんだ?
咲子は、自分の生い立ちや、置かれている環境を、履歴書を見せながら、話した。
編集長は、目を輝かせた。
願ってもない人材だった。
すぐに専属記者としての契約が進み、咲子は、この編集部の記者として、勤めることになったのだ
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