第2章 ①咲子の渡米

咲子は、京都にある茶道の家元の三人兄弟の末っ子として生まれた。


長男は後継として、大切にその道に沿うよう、そして、その家元本家を守って行く事が全てであると育てられ、そのように育ったのに対し、長女の蝶子も次女の咲子も、自由奔放に育った。


というのは、この茶道の家元は、日本各地、また、韓国やマレーシア、タイ、アメリカのニューヨークやハワイなどの主要都市にも支部がある大きな組織だった。


だから、本家を継ぐ長男以外は、もちろん茶道の文化の継承をしていくことは前提に、グローバルな感覚も求められ、比較的自由意志で全て自分で決めたことを好きにさせてもらえ、海外留学をすることが推奨されるような慣わしもあった。


咲子の叔母もアメリカに留学し、ニューヨークの支部にいた頃、アメリカ人と知り合い、結婚して、今では、ミシガン州に居住していた。


咲子は、兄に比べれば、自由に育ててもらった。

とはいえ、古いしきたりもある家だから、それが堅苦しく感じ、感覚が自由過ぎた咲子は中学生の頃、反抗期真盛りで、少し悪い友だちが出来て、おいたがすぎるような状態になっていた。


そんな咲子をどうすれば良いのか、悩んでた母が、アメリカの高校に留学させたのだ。


「そんなに自由がいいなら、自由の国アメリカの高校に行きなさい!」


売り言葉に買い言葉とはこのことで、

「そうする!

わたし自由の国に行く!

こんな硬っ苦しいところ出れるなんてせいせいする!」

と内心は、叔母が住んでるとはいえ、家族と離れて単身でアメリカに行く不安でいっぱいになったけれど、咲子は後に引けなくなっていた。


母は、素直というか、言葉をそのまま受け取る人で、咲子の内心の不安には、全く気付いていない様子で、

本人がそれを求めてるなら、すぐにでも、そうさせてやろうと動き出した。


ミシガン州の叔母の家にホームステイするなら、安心だからと、すぐに渡米の準備と現地高校の入学の手続きを叔母を介して始めた。


そうして、咲子のアメリカ留学はスルスルと決まり、後に引けなくなった咲子は、渡米という日を迎えた。


その頃は大規模なお茶会が間近に迫っていたこともあり、母はついて行けないから、代わりに父親の運転手兼執事のような仕事をしていたお付きの人を同行させるということになっていた。


「お母さんが来てくれないなら、わたしは、他の人の同行なんかいらない。

飛行機に乗って、アメリカのエアポートまで、おばさんが迎えに来てくれるなら一人で行く!」

と反抗期ならではの物言いで、思わず言ってしまった。


母は、やはり言葉通り受け取って、翌日、空港までだけ運転手に同行させて、叔母にエアポートに迎えに行ってもらう手筈だけ整えてしまった。


咲子は不安いっぱいのまま、一人で搭乗した。

シカゴ経由してミシガンには行くことになる。

トランジットなんて一人で出来るのか?

不安でたまらない。

でもなるようになるだろうと、腹を括った。


キャビンアテンダントは、10代の女の子の一人旅だから、気を遣ってくれて、シカゴに着陸した際に、インカムでグランドアテンダントを呼び出し、トランジットのゲートまで同行するよう指示を出してくれた。


本当に心から安堵した。

もう大丈夫だ。

ゲート前まで、グランドアテンダントが連れて行ってくれた。


「こちらのゲートから、ミシガン州へのフライトがあと1時間反後に離陸しますのでお掛けになってお待ちくださいね。」


あとは、叔母が待つミシガン州の空港まで飛ぶだけだ。


ゲートの前の椅子はいっぱいだった。

喉も乾いていた。

スタンドカフェが、数十メートル向こう側に見えていたので、そこに向かって歩いていた。


「あそこで、時間を潰そう。」


コーラを買って、横にあったコーヒーテーブルの椅子に腰をかけていた。


こちらをじっと見ている2人のアメリカ人がいた。

日本人少女が一人でいるのが珍しいから見ているだけだろう。

ところが、2人は立ち上がって咲子に向かって足速に歩いて来た。


「えっ!」思わず、立ち上がって走り出した。ゲートとは逆方向に。


男たちは、なんと追ってきたのだ。

何が何だかわからない恐怖の中、必死に走っている咲子の手を、ぐいっと誰かが引いて、早朝で準備中のショップの中に押し込んだ。


万事急須!


一瞬の間に全てのことを後悔した。


どうして、ゲートの真前でじっと待っていなかったのか。

なぜ、アメリカに来たいなんて言ってしまったのか。

なぜ、あの時同行を断ったのか、そもそもなんであんなに親に犯行的だったのか。


咲子は、恵まれていた。

何も不自由なく育てられた。

間違ったのは自分だ。

後悔しても遅かった。

お母さんごめんなさい。

もう会えないね。ごめんも言えないね。

本当にごめんね!




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