第18話 荒ぶる季節の野郎どもと乙女ども

 ※

 凛に二度目の告白をされた翌日。俺は文芸部の部室にてクロ先輩と話していた。



「先輩。仲良い異性に告られた時の対処法を教えてください」

「告白されたことがない僕にそれ聞く?」



 やべぇ人選ミスった。

 だがしかし、下田先輩にこんな相談ができるわけがないし、立花先輩に至っては論外だ。もちろん梔子さんも。

 クラスメイトにしても、匠は無理だし、今後の凛との関係のためにも適策じゃないと思う。


「聞くだけ聞いてもらえませんか?」

「いいけど……」


 完全にクロ先輩は乗り気じゃない。

 だが俺とて相談できる相手がいないのだ。


「凄い仲が良かった女子に告白されたんです。しかも二回。一回目は振ったんですけど、それでも好きって言ってくれるんです。僕はどうすればいいんでしょう」

「……ふむ」


 クロ先輩は相槌を打って少し黙り込む。

 そして、



「好きにすれば?」



 は?


「いや好きにすればいいんじゃね。てか何悩んでんだ?」

「え……?」

「好きなら付き合えばいいし、嫌いなら振ればいい。ただそれだけだろ」

「いやそんな簡単な!だって周りとの関係性もあるんですよ?!あと言いましたよね、一度は振ったって!」


 俺はつい思いきり立ち上がってしまう。


「知ったこっちゃない。てか、そういうのを理由に断るのは相手に失礼だろ」

「!」


 その言葉に俺は気付かされた。

 確かに凛以外の今まで告白してきた女子は、その人がどういう人か知らないから、という理由で断ったことも多かった。

 でも今回は違う。自分も相手もどういう人か知っていて、その上で俺は必死に断る理由を探して、一度振られても尚想いを寄せてくれる凛にちゃんと向き合ってなかった。


「大事なのは自分が今相手をどう思ってるか、だろ?」


 クロ先輩はおもむろに眼鏡を外す。レンズを介さないクロ先輩の目は新鮮だ。


「ちゃんと向き合うべきは、自分の気持ちなんじゃねーの?」


 決め顔のクロ先輩……カッコいいっす……。


「ま、僕告られたことないからわかんないけど」


 やっぱり人選ミスったかなぁ…?




 ────その後、部室に立花先輩、下田先輩、梔子さんが集結した。

 クロ先輩は部員を席に座らせる。


「それでは、本日は皆が書いてきてくれたであろう宮崎祭で出版する小説のプロットを見せてもらう!」


 今日は一昨日話し合っていたことの続きだ。


「では、立花から」

「ういー」


 立花先輩はパイプ椅子から立ち上がると書庫の奥へと行き、ホワイトボードを引っ張り出してきた。

 …そんなんあったんだ……。


「本として人にお金を出して読んでもらうものなんだ。それはつまり需要があるジャンルを書く必要がある」


 おぉ…それっぽいこと言ってる!

 確かに需要と供給は大事だよな。


「需要があるジャンル!それは────!」

「「「「それは?!」」」」



「エロだッ!」


 瞬間、部室内が静寂に包まれる。

 ……なんも言えねぇ……。部員全員引いてるぞ。

 立花先輩はそんなことお構い無しに進める。


「やっぱりエロだと思うんだよねエロ。エロの需要は尽きることないし、供給は一定量ある。エロしかないと思うんだ」

「よく恥ずかしくないですね。後で見返した時恥ずかしくなりますよ」

「中学の卒業文集に官能小説の感想800文字で書き綴ったくらいだからな。そんな褒めるなって!」

「褒めてない」


 文集燃やして回りたいくらいの黒歴史ですよ。

 なんで今恥ずかしくないの?

 するとクロ先輩が、


「立花。…………ありだな」


 ねーよ。


 その後、下田先輩が『アイドル育成計画』というわけのわからんプロットを提出し、クロ先輩が『愛棒物語』というBL小説のプロットを提出し、一悶着ありながらも話し合いは進んでいった……。



 ※

 文化祭まであと一週間。各クラスの作業は佳境に入り始める。

 俺は部活の小説執筆を並行しつつ、クラスの出店も手伝わなければならないのだが……、クラスの方に一人問題児がいた。


「市ヶ谷、これ向こうに渡してくれ」

「嫌よ。なんて私がやらなければいけないの?」

「お前が暇そうにしてるからだけど」

「はっ、この私が暇?あなたの目にはビー玉が付いているのかしら?」


 うっっっぜぇぇぇぇ!!!

 黒板にお絵描きしてるんだから暇だろうが。あと付いてんのは目ん玉だよ。ビー玉なわけねーだろ。


「私にやってほしいのなら、それなりの誠意を見せる事ね」

「そうか、ならいいわ」

「わわわ!やる!やります!やらして!」


 市ヶ谷鈴里はようするにただの構ってちゃんなのだ。

 家が裕福で、親にそんなに構ってもらえずに成長したのかもしれないが。

 黙っていれば美人なのになぁ……。

 すると、俺が頼んだ物を届けてくれたらしい市ヶ谷が帰ってきた。


「やってあげたわよ、これで文句ないでしょ?」

「最初からただこねずにやってくれてたら文句はなかったな」

「はっ、私がただをこねた?いつどこで地球が何回回った日よ」


 ついさっき教室で。地球の回転回数なんか知るかよ。……ただこれを言うとまたうるさくなりそうなので無視しよう。

 ちなみに俺が今行っている作業だが、教室の外装に貼るダンボールの塗装である。簡単な仕事だと思われやすいがそんなことはない。色にムラが出てはいけないし、塗り残しなんてもってのほかだ。

 つまり、プロフェッショナルな緻密な作業で……


「ねぇ、その簡単そうな仕事やらしてよ」

「………」

「荷物運び飽きたわ。私にもなにか簡単な仕事渡しなさいよ」


 うっっっぜぇぇぇぇ!!!

 簡単な仕事じゃないんだよ!ペンキの量を考えながら、足りなくならないようにしないといけないんだ!プロの業なんだよ!


「これは簡単な仕事じゃねぇーんだ。仕事が欲しいなら委員に言え、俺にはお前に構う余裕はねーんだ、しっし」

「なんですって?!あなた人への口の利き方を考えなさい!」


 お前もな!

 この後、しばらく俺は市ヶ谷に構うことに……いや、構わざるおえなくなった。

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