第16話 2度目の初恋

 ※

 杉本風磨。

 バスケ部で、一年生ながら一軍レギュラー入りを果たし、現在高三の先輩達すらまとめあげるバスケ部の主将キャプテン。その実力もさることながら、人望も厚い。

 そんな杉本と梔子さんの交際開始は静かに始まった。


 夏が過ぎ、9月。

 秋の色が所々見え始める季節。俺はと言えば、


「棺が九十五基……棺が九十六基……」

「明日人がまた棺数えてる?!た、匠ー!」


 俺の元へ来た凛が慌てて匠を呼びに行く。

 匠は「お、おぉ…どうした?」とやってくる。

 俺はおでこを擦り付けていた机から顔だけを二人に向ける。


「杉本と梔子さんが付き合い始めた」

「「あ、あー……」」


 二人はなんか気まずそうに応える。


「で、でも!ラブコメ小説だと、彼氏が悪い人ってよくあるよ!」


 凛が俺を励まそうと言ってくるが、


「バスケ部主将で人望厚くて運動も出来る。俺に劣るのは顔だけって奴ですけど?」

「ここまで来て顔だけは自信あるの凄いと思う」

「ありがとう」

「褒めてない」


 凛はすかさずツッコミを入れる。

 フィクションならよくある話だが、リアルで悪人が美少女と付き合うなんてほぼありえない。


「あぁもうどうしよ!」



 ※

 その日の放課後。


「略奪?……あぁ、朱里ちゃんか」

「なんでわかるんですか?!」

「私、恋愛マスターだから」

「マジすか……」

「嘘だけど」

「俺の感心を返してください」


 俺は文芸部の部室にて、立花先輩に相談していた。…というより、拷問だ。

 手を後ろで縛られ、床に正座させられている。

 もっとほかに方法なかったの?


「恋愛において一番難しいのが略奪だぞ?モテるくせにチェリーなお前に出来るわけないだろ?」

「初っ端から傷付くやつやめてもらえます?」


 現在部室には立花先輩と俺しかいない。

 すると立花先輩は、


「ま、別に略奪したくなる気持ちもわかるけどな」

「え?」


 思いがけない言葉に俺は驚く。

 てっきり略奪された過去のせいで、「略奪とかふざけんなぁ!」とか言いそうなもんだが


「お前、今すごい失礼なこと考えろ」

「気のせいですよ」


「そんなことより……」と俺は続ける。


「略奪したくなる気持ちがわかる、ってどういうことですか?」

「そのまんまの意味だぞ。今の朱里ちゃんがあるのは間違いなくお前のおかげだ。去年なんて酷かったからな」

「そうなんですか?」

「あぁ、部活には来るけど本しか読まないし、すぐ帰っちゃうし、話し掛けんなオーラが凄かったなー」


 あー、なんかめっちゃわかる!

 図書室で話し掛けようとした時みたいな感じなんだろう。


「それが今となっては、笑いもするし話もする。それは間違いなくお前のおかげだ。その上可愛くなったしな」


 なんか改めて言われると照れるな。


「ま、そう考えたら相手からすればかっこうの的だよな!急に可愛くなった上に人当たりもよくなった話題の女の子だもんな!」

「ぐっ……!」

「そんでもって男子耐性もあまりないときた、狙わない男子の方が少ないだろ」

「やっぱり、手遅れでしたか?」


 俺は少しの期待を込めて問う。



「あぁ、手遅れだったな」


「っ!」


 改めて言われるとこたえるな……。

 すると立花先輩は「ただな…」と続ける。


「" 後出しがダメ " なんて誰が決めたんだ?」


 なんかカッケェ…。

 立花先輩は、正座する俺のおでこをピンと弾く。痛い。


「お前はシャクだがイケメンだ。だったら正面から告るより略奪した方がカッコいいじゃねぇーか」

「…はい」

「だったら朱里ちゃんの一人くらい掻っ攫ってこいよ、クソ童貞さんよ!」


 立花先輩は再び俺にデコピンすると、部室の隅へと歩み寄る。


「お前みたいなクソ童貞野郎は、いつどのタイミングで〜ってうじうじ悩みそうだからな」


 と言って見せてきたのは文化祭のスケジュール表。その一つの項目を指差し言う。


「これに出ろ、掻っ攫え」


 まるで俺に拒否権はないように、立花先輩は言う。


「はい、わかりました」


 初恋は叶わないとよく言われる。

 そう、俺の初恋も叶わなかった。だからこれは二度目の恋だ。

 最高にカッコいいシチュエーションで掻っ攫ってやろうじゃないか!


「よし、じゃあエントリーしてきてやる」


 立花先輩はそそくさと部室を出ていく。

 え、ちょっと待って……!


「俺……このまま……?」


 俺は部室で一人、手を後ろに回して縛られ正座されられたまま放置された。

 しまった!あの人の狙いはこれだったんだ!最初からこうするつもりだったんだな!


「ちくしょおおおおお!!!」


 俺は雄叫びを上げた。

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