第14話 群青の空

 ※

 8月上旬。

 ついにこの日がやってきた。


 合宿!


 文芸部が何を合宿するんだ、とツッコミありがとう。それは俺も気になる所だ。

 しかし!大事なのはそこじゃないことは、君たちはもう知っているはずだ。

 旅の予定は1泊2日。その間に梔子さんとの距離を詰める。

 容姿が一学期で大きく変わった梔子さん。今のところ、告白をするような無鉄砲な野郎はいないと思いたいが、恐らくそれも時間の問題だろう。ならばこそ、ここで距離を詰めることで、もう手つきであるとアピールするのだ。

 しかし問題がある……。


「なぁ、なんで童貞のことをチェリーボーイって言うんだろうな?」

「そもそもチェリーってのが『処女』とか『処女膜』って意味で、そこから派生して『童貞』とか『初心者』をチェリーって言うらしいよ。一見、チェリーボーイって和製英語と思われがちだけど、アメリカでも言われてるらしいよ」


 なんで知ってんの、そんな面白雑学。

 立花先輩の疑問にクロ先輩が答える。

 ……そう、問題はこの人達だ。


「すらすらと長文で説明出来るあたりキモいな」

「んっ…♡」


 なんかクロ先輩の今の反応久しぶり。

 俺はそんなやりとりを横耳に、電車から見える景色を眺める。

 青い海。もうすぐで到着だ。そう、海である。できれば……


「……梔子さんとビーチを仲良く走りたいなぁ」

「心の中を読まないで?!」


 俺はすかさず立花先輩にツッコミを入れる。

 俺には静かに景色を眺める権利もないのか。


「ふっ、浮かれる気持ちはわかるぞチェリーボーイ」

「チェリーボーイって呼ばないで?!」

「ビーチを仲良く二人で走る?ドラマの見過ぎだ童貞脳。リアルでそんな奴いたらキモいだろうが」

「今あなた全国のビーチカップルを敵に回しましたよ」


 するとクロ先輩が、


「でも憧れるよね、そういうシュチュエーション!」

「べべべ、別に!」

「偶然装って海はドボンして、『やだぁ濡れちゃった//』って展開になるんだろうな。私も憧れる」

「どこのエロゲーだよ」


 俺はツッコミ疲れたので、寝ることにした。



 ※


「いくぞおらー!」


 ビーチではしゃぐ高校生達。

 そんな高3の先輩達を眺めながら、俺と梔子さんはパラソルの下で体育座りをする。


「恥ずかしくないのかな?」

「……今更だと……思います」


 きっと彼らは母親のお腹の中に羞恥心というものを置いてきたのだろう。

 ……てか、よくよく考えたらビーチに二人きり?!

 何か話題でも……


「梔子さんって、どうして文芸部に入ったの?」

「わ、私ですか…?本が好きだったので……文芸部の書庫は蔵書数があると聞いていたので……」


 口から勝手に出てきた話題。何故出てきたのかは定かではないが、当たりを引いた気がする。

 確かに、文芸部の書庫の蔵書数はなかなかのものだ。部員が活用している光景を俺は見たことがないが。


「でも、あんなにうるさいのによく読めるよね」

「……本を読むと周りが聞こえなくなっちゃうので……。それに……」

「それに?」


 梔子さんはビーチで遊ぶ先輩達を眺める。その瞳に胸が締めつけられる。


「……それに、うるさいのに……うるさくないんですよ」

「どういうこと?」

「私は……多分先輩達と過ごす文芸部という場所も好きなんです……」

「だから、うるさいのにうるさくない?」

「……はい」


 梔子さんの横顔が、その瞳が、可愛くて美しくて、目が離せない。

 好きだから美しいのか、美しいから好きなのか。

 砂浜に広がる波が、押されては引いていく。


「俺も好きだよ文芸部」

「……え?」


 最初は梔子さんと近づきたくて入った文芸部だけど、今となっては居心地が良い。


「うるさいのにうるさくないって、なんとなくわかる気がする」

「そ、そうですか……!」


 ザブンと波が広がる。その音がはっきりと聞こえる。



「好き」



「え?」


 口から言葉が飛び出した。

 うわぁぁぁぁあ?!?!?!


「やっぱり文芸部が好きだな、って!」

「そそ、そうですよね…!」


 俺は慌ててはぐらかしたが、ほんのり梔子さんの頬が赤いのは気のせいだろうか。

 もしかして脈アリなのでは……!

 ……なんてな、流石にそれは楽観的すぎる。


 落ち着いて、少しずつ。ゆっくり────



 ※

 文芸部が泊まるのは浜辺からほど近い民宿。

 もちろん男女は別々の部屋だ。……ちっ。

 しかし別々なのは部屋だけで、ご飯を食べるところは同じだ。廊下も共通なので、女子部屋に行こうと思えば行ける。

 もちろん俺は紳士なのでそんなことはしないが。……ちっ。


「いいか?大事なのは愛があるかじゃない、気持ちいいか否か、だ!」


 うちの文芸部の下ネタ担当は立花先輩だけだと思ったら大間違い。クロ先輩も十分アウトでした。


「愛があっても気持ち良くないなら意味が無いんだ。それなら愛用の右手でやった方がいい」


 つくづく最低だなぁと思う。

 クロ先輩は見た目からして癒し系キャラなので、女子から全く需要がないわけじゃないんだろうが、こう言うことを平気で言うからカノジョがいないんだろう。


「俺……飲み物買ってきます」


 ここにいちゃいけない。俺の危機感知センサーがそう知らせ、俺はクロ先輩と下田先輩の要望を聞いて部屋を出た。

 廊下に出ると、目の前には漆黒の海が広がり、星空が反射していた。

 民宿内にある自動販売機でジュースを買う。

 すると一人、人が廊下で空を見上げていた。


「梔子さん……?」

「……!……桐生くん」


 星空を見つめる美少女、アリだな。


「どうしたの?こんな所で」


 すると、梔子さんは何か覚悟を決めたような顔で、俺に近づいてきた。


「……桐生くん。少し……話せませんか?」

「え……?」



 今年の夏は、俺の恋を大きく変化させる。……かもしれない。

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