第10話 新しい一歩

 ※



「私と付き合って」



「…………少し、考えさせてほしい」



 ※

 家に帰った俺は、自室に入りベッドに倒れ込む。

 幾度となくリピートされる凛の告白。

 嬉しくないわけがない。嬉しいに決まっている。


「それに……」


 凛の気持ちに気付いてなかったのかと問われればノーだ。

 なんとなくそうなのかなと、予想はしていた。ただ、確信は持ててなくて。そしてそれは正解だった。

 凛はいつから俺のことが好きなのだろう。どこが好きなのだろう。聞きたいことは沢山ある。


 でも、それでも彼女は、俺の恋を応援していた。


 一体どんな気持ちで……。どれだけ自分を押し殺して……。

 だったらその気持ちに応えてあげるべきなのか?


 それを……こんな情けみたいなみたいな感情で応えて、凛が喜ぶのか?


 俺だって凛のことは嫌いじゃない。むしろ好きだ。ただ、それはまだ恋愛としての好きではなくて……。

 やっぱりこんな気持ちで凛に応えるべきじゃない。


「あぁ、くそ……」


 神様……難易度設定ミスったろ………。



 ※


「‥…ごめん……」


 俺が凛を屋上に呼び出し、告白の返事をしたのは告白翌日の放課後だった。

 この学校には生徒立ち入り禁止の屋上がある。別に鍵は掛かっていないので入り放題なのだが、もともと入る人がいない。

 俺の返答を聞いた凛は、「あははっ」と笑った。案外平気なのかもしれない。


「一応聞くけど、これからも友達ではいられるよね?」


 凛がそう聞いてきた。

 今まで通り、友達で……俺はいられるだろうか。いや、いるしかないだろう。


「あぁ、当たり前だろ」

「安心したっ!じゃあまた!」


 凛はすたたっと去っていく。

 凛の姿が屋上から見えなくなってから俺は、


「はぁぁぁぁ〜〜………」


 大きく息を吐き出しながらその場にしゃがみ込む。

 今まで告白されたのは何回もあるが、ここまで身近な人から告白なんてされるのは初めてだった。


「なんで一夫多妻制ダメなんだよ!」


 それが出来れば凛とも梔子さんともくっついて……。

 バカバカしい。そんなこと考えても無駄だ。

 すると、


「一夫多妻制がダメなのは、道徳に反するってのと、女性の社会進出を阻むからだ」

「匠……」


 匠は開け放たれた屋上の扉のふちに背中を預け、腕を組みながら俺を見てながら声をかけた。


「凛を振ったらしいな」

「本人から聞いたのか?」

「見てたらわかる」


 匠はいつになく冷静で大人しい。


「知ってたのか?……凛の気持ち」

「あぁ」

「ならなんで……」

「それを教えてくれなかったのか?か。……教えると思うか?」

「っ!」


 匠は鋭く俺を睨みつけ、こちらに歩いてくる。そして、立ち止まると右手を振り上げ────


「ぐっ……!」


 次の瞬間、俺は勢い良く尻餅をついた。


「何すんだ!」


「俺は凛が好きだ」


 俺の反論を無視して、匠は唐突にそう言い放った。

 匠が……凛のことを好き……?

 匠に殴られたことや、匠の凛への気持ちに混乱する俺の胸ぐらを匠は強引に持ち上げた。



「お前が凛を選ばず、梔子さんを選ぶことを否定はしないッ!」

「ちょ……苦し……っ!」

「それをなんだ、教えてほしかった?ふざけるなッ!」

「……」



「俺は凛が好きだ。でもその好きは、を含めてなんだッ!」



 匠が俺の胸ぐらを掴む力を強める。

 真剣に。俺の目を見て。……悔しそうに。


「俺がもしお前に教えたなら、凛はお前への気持ちを諦めないといけない!今まで通りの関係ではいられなくなるからだ!」

「そんなこと…」


 ないと言い切れるだろうか?

 先程凛には「これからも友達」だと軽々しく言ってしまったが、確かに今まで通りの関係ではいられないかもしれない。


「これは俺と凛の問題だろ……」

「ッ!」


 つい口から零れてしまった。

 でもこれは俺と凛の問題であって、匠が介入するような話じゃない。


「俺は凛を振ったんだ。凛だって次の恋に行くだろ…。今がチャンスだろ」


 自分が最低なことを言っているのは理解している。

 言ってて、そんなことがありえないということも……。

 匠は俺を掴む腕に力を加えた。


「お前はわかってないッ!人から好かれることがどんなに難しくて、辛いことかッ!凛が一体どんな気持ちでお前を応援していたと思う!」


 この言葉は、凛の恋を見てきた匠だから、凛に振り向いてもらえなかった匠だから言えているのだろう。

 そんなこと俺に……


「……わかるわけねぇだろ」

「お前……ッ!」

「わかんねぇよ!凛が一体どんな気持ちだったかなんてな!ああ苦しかったろうな!辛かったろうな!それでなんだ同情すればいいのか?偽りの気持ちで良い返事をすればいいのか?そんなことを凛が望むと思うか?!」


 俺だって、テキトーに答えたわけじゃない。

 これから変わってしまうかもしれない関係への不安だって、沢山ある。

 だからって、俺からの施しなんかじゃ意味がない。


「俺からは何もしてあげられないんだよ!俺が何をしたって無意味なんだよ!」

「なに被害者ヅラしてんだよ………!」


 俺は誠実であることを願って。

 匠は好きな人の幸せを願って。


 多分、どちらも間違っちゃいない。

 でも、どちらも得たいなんて傲慢だ。

 すると匠は俺の胸ぐらを手放した。


「お前は、いつも好きになられる側だ。だから、少しは気付いてたんだろ?」


 お互い冷静になり、俺はちゃんと言葉を整理する。


「鋭いな……」

「だったらどうして……どうして、凛の気持ちを考えてやらなかったんだ」

「確信がなかった。俺は凛の全てを知ってるわけじゃない。だから、も、俺らに見せてる姿と同じなんだろうって思って……」


 本当にそうか?

 きっと心のどこかじゃわかっていて、ただ目を背けていた。今の関係が壊れるのが怖いから。失いたくないから。

 匠に言い訳をしながら、俺は自問自答する。


「凛は泣いてたぞ」

「ッ!」


 振る側ですら辛いのだから、振られる側はもっと辛いに決まっている。

 俺は知っているはずなのに……。


 何が平気なのかもしれない、だッ!


 平気なわけないだろ。辛くないわけないだろ。

 俺はどれだけ凛を傷付ければ気が済むんだ。

 どれだけ目を背ければ気が済むんだ。


「でもやっぱり、凛を励ますのは俺じゃない。俺じゃダメだ。だから────」



 ※

 あーあ、フラれちゃった。

 まあわかってたけどね。明日人が私に振り向かないこと…。


 でもどうして。どうして涙が止まらないんだろう……。


 わかっていた。知っていた。その覚悟の上で告白したはずなのに……。

 私は階段に座り込み、必死に涙を拭う。


「うぅ……ぁう……ぁぁ……」


 悔しい。悔しいよ。

 もしかしたらの可能性。でも私はそれすら掴めなくて。

 今、ただ泣くことしかできない。


 そっか……これがフラれるってことなんだ……。


 どこにもやれないほど悔しくて。

 涙が止まらないほど悲しくて。


 だからもっと好きになってしまう。


「派手にフラれたなー」

「っ!……匠……」


 私は声を掛けられた方を向くと、上の階から匠が顔を覗かせていた。


「うるさいなぁ……今日はそういう気分じゃないの……」


 涙のせいで震える声を必死に隠しながら、私は匠から目を逸らす。


「まぁ残念だったな」

「本当にね!全く、私を振るなんてさ!」


 自分で言ってて恥ずかしい。……悔しい。

 結局フラれた分際で何を言っているんだか。情けない。

 ここは匠とスタバにでも行って、愚痴を聞いてもら……



「好きだ凛」



 トクン。と心臓が跳ね上がる。


「え?」


 私はつい聞き返してしまった。

 今なんて言った……?私を好きって……?


「好きだ凛。俺と付き合って欲しい」


 ドクン。と今度ははっきりと鼓動が響いた。


「このタイミングで告白するなんて、傷付いた女子につけ込むみたいだけど。俺はそこまでしてでも、凛と付き合いたい」

「え……」


 私の口はいつから相槌と変な返事しか出来なくなったのだろう。

 八割の驚きと、二割の嬉しさ。


「凛が明日人への気持ちを振り払ってからでいい。俺と付き合ってほしい。俺はそれまで待ってるから」

「……うん」


 私は立ち上がる。

 私の恋は、まだ終わってない。

 ゲームでもあるでしょ?分岐エンドがバットエンドなら、トゥルーエンドは、きっとハッピーエンド。


「これからスタバ、行くんだろ?」


 この人は、私のハッピーエンドなのかもしれない。


「当たり前でしょ!」


 それでも、もう少しだけ頑張ってみようと思う。

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