第9話 変わる彼女と変わらない彼

 ※


「お邪魔しまーす」

「ちはー」


 先程来たばかりだが、立花先輩と下田先輩がいないだけで静寂感のある部室。

 いつの間にか梔子さんは部室に来ており、本を読んでいる。


「なんかすごい静かだね」

「まぁな」


 うるさい人がいないから、とは言えないが。

 凛が来たのに本から目を離さない梔子さんは、よほど集中しているのだろう。


「田川凛さんじゃないか」

「?」


 クロ先輩が部室の奥にあった書庫から頭をひょっこりと出した。

 そんなとこあったんだ……。


「はじめまして」

「あ、どうも」


 凛に挨拶され、動揺するかと思われたクロ先輩だが、案外普通に対応する。

 俺の時との反応の差がすごい。


「何も無い部室だが、のんびりしていってくれ」

「お言葉に甘えて〜」


 凛はふわふわ〜と部室内を見学し始めた。

 俺はこそっとクロ先輩に耳打ちする。


「もっと動揺するかと思ってましたけど、普通に対応してますね?」

「だって動揺する理由がないからね」

「俺の時はあんなに動揺してたじゃないですか」


 具体的にはメガネを割ったり。


「それはそれ、これはこれだ」


 どう違うんだろう…。

 とにかく、クロ先輩が暴れないに越したことはない。

 もう心配は……


「桐生はどこだあああおらあああ!!!」


 バンッ!と部室の扉が勢いよく開かれ入ってきたのは悪鬼……ではなく立花先輩。

 立花先輩は俺を見つけるや、胸ぐらを掴みあげる。


「おめぇ嘘つきやがってよおおお!!!いねぇじゃねぇーか!どこにもイケメンいねぇじゃねぇーか!」


 もう帰ってくるとは……。


「私を騙した罪は軽くねぇーぞ!あぁん?脱童貞させてやろうか!!!」

「い、いえ……結構です……」

「私には魅力がないってか?!ないってか?!」

「そんなこと言ってなぐっ…?!」


 俺はより強く胸ぐらを掴みあげられる。

 苦しいんだが……。

 すると本を読んでいた梔子さんが本を栞を挟んで閉じた。


「先輩、桐生くん。喧嘩は外でやってください」

「「はい」」


 一つ訂正。これは喧嘩じゃなくて暴行事件です。



 ※


「えーと、あれが文芸部?」

「あぁ」


 帰り道。俺と凛は共に下校していた。梔子さんは学校でやることがあるという。

 結局、下田先輩は帰ってこなかった。本当に小坂菜緒がいたのかもしれない。


「文芸部って演劇の練習もするんだね」

「違うぞ、あれは立花先輩の素だ」

「………」


 すると凛が、


「ねぇ、まだ梔子さん狙ってる?」


「い、いきなりなんだよ…?!」

「いいから答えて」


 凛がいつになく真剣に聞いてくる。

 一体何がしたいんだ。


「…す…好きだよ」


 すごい恥ずかしい。

 しかし凛は俺の心中などお構いなしに聞いてくる。


「‥どこを好きになったの?」

「どこって……」


 そういえば考えたこともなかった。

 なんだろう、一目惚れって、どこが好きになったからとかあるのか?


「綺麗だと思ったんだよ。本を読んでる時の彼女が」

「……うん」


 案外すんなり出てきた。一体何がしたいんだ……?


「なんか、孤高の人って感じがしてさ。俺とか凛とかとは正反対だ。でもなんかカッコよくね?」

「だから好きってこと?」

「うん」


 凛は本当に一体何がしたいんだ?!俺を辱めて……まさかそれが目的なのか?!実はドSなのか?!



「好きなんだけど」



「へ………?」


 俺は一瞬、凛の発した言葉を理解できなかった。

 そんな俺の心を見透かすかのように風が吹く。



「私、明日人のこと、好きなんだけど」



 もうすぐ夏だからなのか、なんなのか。

 じんわりと体が熱くなっていくのが感じられる。


「…えっと‥その好きってのは……」

「明日人のことが異性として、一人の男子として好き」


 凛は言葉を紡いだ。



「私と付き合って」

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