第7話 立花沙織のアオハル

 ※

 凛と匠と共にゴールデンウィークの予定について話した日の放課後。文芸部部室にて。

 クロ先輩が部室の真ん中に大きく置かれた会議机に座るやいなや、


「今年のゴールデンウィークは十連休だそうだ。みんな予定はあるのか?」

「…ほ、本を読みます」

「日向坂の握手会」

「友達と遊びに行きます」

「………」


 本来、次話すであろう人が何も発しないことに、俺たちの視線は当人へと向けられる。


「あ、あのー…立花先輩…?」

「……」


 立花先輩は部室の床に倒れていた。

 ズル。ズルズルズルズル〜〜〜!!!


「ひいいい?!?!」


 床を這いつくばって俺に近づいてきた立花先輩を見て、俺は悲鳴を上げる。

 こっわ。


「…ど、どうしたんですか?昨日までは『今年は十連休!幸せだな!』とか言ってたじゃないですか」


 あ、なんの予定も入らなかったんだな。


「おい、今お前心の中で失礼なこと思いついたろ」

「き、気のせいですよ」


 なんの予定も入らなかったことで、むしろ十連休が悲しくなったんだな。


「ゴールデンウィークなんてゴキ (G)がカップルの周りに湧 (W)き出せばいいんだ」

「世の中のカップルに一体なんの恨みが?!」

「お前もカップルと共に滅べえええ!!!」

「俺になんの恨みが?!」

「じゃあさ…」


 と、クロ先輩が口を挟んだ。


「みんなで旅行にでもいかないか?」



 ※


「「「旅行?」」」

「はぁぁぁぁぁぁい!!!」


 疑問を浮かべる俺と梔子さん、立花先輩。そして、叫んだ下田先輩。


「うん旅行。親睦も兼ねて行かない?」


 梔子さんと旅行……!

 湯上がりの浴衣姿の梔子さんと……。


「ほう、お前ほどのレジェンドになると妄想浴衣着エロも出来るんだな」

「心読むのやめてぇ?!」

「うるさいぞ童貞」

「もはやチェリーボーイと言うことすらやめたんですね」

「わざわざ遠回しに言ってやるのは失礼かと思って」

「直接言ってる時点で失礼ですよ」


 この人本当にひどいな……。

 酒に酔ってこれなら、まだ許せるが、これが平常運転だと思うと、この人の彼氏になる人はさぞ大変なんだろうなぁ…。


「お前今、私の事重い女って思ったろ」

「なんでそう心を読めるの?!」

「あーそうですよ!私は重い女です!そんでもって彼氏には浮気され、GWは予定無しですよ!笑いたきゃ笑え!」

「あはははは!」

「笑うな!」

「ごふっ…?!」


 笑ったクロ先輩が殴られる。笑えと言っておきながらなんという理不尽。

 こういう所なんだろうなぁ……。


「大丈夫ですよ、素敵な人はいますって」

「うるさい!可愛いとか美人とか聞き飽きたんだよ!」

「言ってない」


 すると誰かのスマホが震動した。


「あ、私のだ」


 立花先輩は落ち着きを取り戻し、スマホの通知を確認する。

 すると確認した立花先輩がソワソワし出す。

 まさか……。


「元カレですか?」


 ぎくっ。

 ……わかりやすいなぁ…。


「ちょっと出掛けてくる!」


 立花先輩は急いで荷物をまとめると、そそくさと部室を後にした。


「梔子さんはどう思う?」

「…私は、交際経験がない……ので、そういうのには疎いんですが……。……やっぱなしで……!」


 梔子さんは「お手洗いに行きます」と言って部室を出ていく。

 こ、交際経験がないのか。ふ、ふーん…。


「桐生くんから『優しくしてね?』とか『痛くないよ』とか聞こえてくるね」

「クロ先輩は黙っててください」


 ……結局、旅行の話はどうなったんだ……?



 ※

 その翌日、立花先輩は部活に来なかった。

 立花先輩はあんなんでも大事な文芸部の部員であり先輩だ。同じ文芸部員もきっと同じことを思っているに違いない。

 もし、立花先輩が元カレに悪いように利用されようとしているのなら、止めるのが俺達の役目ではないだろうか。

 さらに翌日、


「よし、いくか」


 俺は部室の扉の前で覚悟を決める。

 きっとみんなも立花先輩を不安に思っている。

 そして扉を開け────


「皆さん、聞いて……」


「どっこいしょーどっこいしょーソーランソーラン!!!」

「『こんな好きになると思っていなかった〜〜〜』!!!」

「………」


 ソーラン節を踊るクロ先輩。日向坂の曲をアカペラで歌う下田先輩。そして、こんなカオスの中、黙々と本を読む梔子さん。


「えーと、皆さん……?」

「お、桐生来たのか!どう?一緒にソーラン節!」

「お断りします」

「いい!いいぞそれ!」


 あれ……?クロ先輩ってもしかして……。


「一緒にアカペラで歌わないか?」

「お断りします」

「そうか残念だ!『キュンキュンキュンキュンどうして〜』!!!」

「カラオケ行ってくださいよ」

「カラオケはお金がかかるだろう!だからアカペラなんだ!」

「……」


 下田先輩には深く関わったらダメな気がする。


「というか、よくこんな中で読めるね」

「………」


 あ、本に夢中でこちらは無視ですね。


「皆さん立花先輩が心配じゃないんですか?」

「「心配?」」


 俺の言葉にクロ先輩と下田先輩が答える。


「心配なんてしてないさ。もし何かあっても彼女は生き続ける。そう、僕達の心の中に」

「いや殺さないでください」


 クロ先輩は俺はすかさずつっこむ。

 すると下田先輩が、


「心配はしてない。だってこういうの三回目?四回目?だし」

「四回目だね。彼女もよく懲りないものだよ」

「………」


 うーん、帰ろう。

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