第5話 第一歩

 ※

 うちの高校では毎年部活を変更することが可能だ。

 同じ部活に入り続けることも可能なので、スポーツ推薦を狙う生徒などは部活を変えないことが多い。

 俺はといえば、一年生の頃は部活には入っていなかったので帰宅部だったわけだが。


「明日人は部活、どうするの?」


 梔子さん前髪切り騒動から三日程経ち。その話題もある程度は収束し、本来の騒がしさを取り戻した四月の中頃。うちの高校特有の、部活勧誘シーズンである。

 昼休み。凛は弁当を食べ終えると俺に聞いてきた。


「…俺は────」

「え、マジ?」


 俺の答えに、凛が驚きの声を上げる。


「そこまで驚くことか?」

「驚くことだよ!意外すぎるよ!」

「そんなにか」

「そんなにだよ」


 ちなみに、匠はサッカー部を今年も続けるらしい。

 匠は部活勧誘の準備のため、部活のほうへと行っている。


「そんなことより、凛はどうするんだ?」

「私?」

「あぁ、新体操部続けるのか?」

「…うーん続けないかなあ。今年はバドミントン部にしようかな」

「あーなんかぽいな」


 凛は非常に華奢なので、大体どんな競技をやっても話題になる。

 告白が絶えないのはそのせいもあるのだろう。

 そして時間は流れ、放課後────



 ※

 コンコン、と部室の戸を叩くと、中からドタドタガンガンと騒がしい音が聞こえた。それが収まると「どうぞ」と声を掛けられる。


「お、お邪魔しまーす…?」


 戸を開け、中に入る。

 八畳くらいの大きさの部室に、男子生徒二名、女子生徒一名。


「ようこそ文……へ?」


 メガネ男子の部員が俺を見るや、笑顔のまま固まった。


「俺の顔に何かついてますか?」

「もしかしなくても、今僕の前に立つのは桐生明日人さんですか?」

「はいそうですが」

「ですよね。何用でこちらに?まさか入部なんてことは…」

「入部です」


 今度は部員全員がバッと俺の方を振り向く。

 え、えぇ…?


「ここはサッカー部でも野球部でもなく文芸部ですよ」

「それくらいわかってるわ!」

「え、ということは本当に……?」

「文芸部に入部希望です」


「お前ら今日は宴だぁぁぁぁぁあ!!!」


 メガネ男子くんはメガネを投げ捨てた。いいのかよ。

 うーん、なんともビックリ。ここまでの反応とは思わなかった。


 仕切り直して。


「こほん、取り乱してすまなかった。深夜テンションだと思って忘れて頂きたい」


 メガネ男子くんは、投げ捨ててヒビの入ったメガネを掛け直すと俺に言った。

 そんな事言われても、あれを深夜テンションというのは無理があるのでは…。


「改めて、僕は黒澤。高三だ。気軽にクロとでも呼んでくれ」

「じゃあクロ先輩で」

「んっ…!」


 え、何その反応。怖い。

 続いて、茶髪ストレートの女子。凛に匹敵するほどの美人だ。


「私は立花沙織。高三。まず初めに質問するわ。あなたチェリーボーイ?」

「なんてこと聞くんですか?!」


 この人やばい。

 尚、チェリーボーイの意味がわからない人は自己責任でググってくれ。


「で、答えて。あなたはチェリーボーイなの?」

「……チェ、チェリーです……」

「ぷふっ」


 この女笑いやがった。

 高校生でチェリーボーイなんて珍しくないだろ。何が悪いんだ。

 続いて、


「俺は下田健大しもだ たけひろ。高三だよ。よろしく」

「あ、よろしくお願いします」


 あれ、普通の人だ。

 さっきまでの二人がおかしかったんだ。


「趣味とかあるんですか?」


 とても物静かな感じなので、少し気になる。

 きっと、歴史的名所を巡るとかそんな辺り……


「アイドルの応援かな」


 ギャップ!

 いやいや、その物静かな雰囲気どこいったの?!

 全然想像できないんだけど!

 するとクロ先輩が、


「今は乃木坂だっけ?」

「違うよ。日向坂」

「あ、そっか」


 どっちでもいいです。



 ※


「前の彼氏は何股してたんだっけ?」

「六股ね。許せないわ」


 なんでそんなになるまで放置したんだよ。もっと早く気付けや。

 クロ先輩と立花先輩が茶を飲みながら団欒するその傍らで。


「はっはっはっ!いよーーーーおおおおお!!!ハッ!」


 下田先輩はペンライトを振りながら、掛け声と共に踊っている。

 俺はといえば、部室の扉に一番近い椅子にちょこんと座っている。


「気付いてたんだけど別れなかったんだよね」

「え、なんでですか?」


 クロ先輩の言葉に、俺は思わず立花先輩に聞いた。


「相性がよかったんだよ……」


 あー、付き合う上で、性格の相性は大事だもんな……


「主にの方が」

「すこぶる最低ですね」


 なんだろう、立花先輩から漂うダメ人間感。俺は思わず離れた位置からツッコミを入れてしまう。


「六股男だけは許せないわ。『何がお前しか見てない』よ!目ん玉揺らぎすぎでしょ!」

「わかっていて野放しにした先輩も先輩だと思いますけど」

「あぁん?」


 こっわ。

 よ、よし、話題を変えよう…。


「立花先輩は三年間文芸部に?」

「いや、一年の頃だけバトン部」

「なんでやめちゃったんですか?」


 よし、いい感じに話題が逸れた……


「初カレヤリチン野郎に性病移されたからですけど?」


 思わぬ地雷!

 いやいや、たまたまかもしれないからな…。


「それからずっと文芸部に?」

「いや、リハビリを兼ねてソフトボール部に入った。やめたけど」

「なんでやめちゃったんですか?」


「セクハラコーチに会ったからですけど?」


 またまた思わぬ地雷!

 どんだけ特殊な体験してるのこの人……。


「しかもあの男、他の女にもセクハラしてたんだ!許せないだろ!」

「あ、はい…」

「しかもあいつ、粗チンだったんだよな」

「あ、はい…」


 もうやだ俺帰る。というか退部する!


「じゃ、じゃあ俺はこれで…」

「おいチェリーボーイ。まだ部活の時間は終わってないぞ!」

「チェリー言わないでください!」

「そういう細かい所気にするからお前はチェリーボーイなんだ」

「どこがどう細かいんですか?!全部大事なことですけど!」

「童貞を守れない奴に、何が守れるんだよ」

「さっきから言ってることおかしくないですか?!」

「大丈夫か?

「粗だけにしないで!チン大事!」


「…こ、こんにちは……」


「あ、朱里ちゃん。この粗チン野郎を止めてくれ」

「だから粗チンって言うな………あ、」


 上げた好感度をドン底まで下げた阿呆とは僕のことです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る