第3話 イケメンであること

 ※

 黒板にチョークで大きく書かれた文字。


『妖怪クチナシは地獄に落ちるべしッ!』


 絶句した。

 俺は黒板の前で呆然とする。

 幸い、梔子さんは隣のクラスなのでまだこれは見ていないはず……。

 俺は黒板消しを取り、消し始める。


「やっぱり庇うんだ?」


 ツンとした言葉を俺に向け、腕を組んで教室の壁に体を預けていた彼女────市ヶ谷鈴里いちがや すずり。彼女は自慢の金髪をなびかせた。


「庇ってるんじゃない。こういうこと書くのが気に食わないだけだ」

「へー、庇ってないんだ?じゃあこれは何?」


 市ヶ谷はスマホの画面をいじり、一枚の写真を俺に見せる。

 それは、昨日、俺達がスタバに行っていた写真。


「それがどうした」

「これ見せても庇ってないって言えるの?」

「……」


 俺は答えない。

 だが、


「俺が梔子さんとスタバに行ったら何か問題があるのか?」

「大ありね、品が下がるわ」


 そういえば市ヶ谷の家は裕福で、なかなかにお嬢様だったか……。


「俺の品が下がろうが、お前には関係ないだろ」

「私が通っている学校でそういうことが起きるだけでダメなの」

「お前それ暴論だぞ。頭のネジ飛んでないか?」

「言ってくれるわね。でももう手遅れ。当の本人はあなたが来る直前にこれを見て、逃げるように出ていったわ」

「お前……!」


 市ヶ谷は悪魔のように微笑む。俺はすぐに教室を飛び出し、隣のクラスに入る。

 急に入ってきた俺を見て、女子は「桐生くん……//」とつぶやく。

 お、おぉ……いい気分だ、じゃない。今は梔子さんを探さないと……。

 俺は一人の女子に話しかける。


「なぁ、梔子さん知らないか?」

「梔子さん?……ごめん、わからないなぁ。ね!今日の放課後カラオケどうかな?」

「か、考えとくよ……。ありがとう」


 俺はそそくさとその教室をあとにする。

 イケメンは辛いぜ。

 そんなことより、梔子さんが行きそうな場所は………



 ※

 ガララ、とここに来るのは三度目。彼女を求めてくるのは二度目だ。


「……やっぱり……」


 彼女は本を読んでいた。

 ページをめくることなく、たった一ページを永遠と眺めている。


「そのページに、そんな大事なことが書いてあるの?」

「!」


 梔子さんは、俺が来たことに気付くと、そそくさと本を閉じる。


「私はこれで……」


 荷物をカバンにしまい込み、図書室を出ていってしまう。

 彼女の声は震えていた。

 そして俺は、それを聞いて引き留められなかった。


「くそ……」


 俺は誰に向けてかわからない言葉を呟く。

 悲しむ彼女は見たくない。

 あんなことを書かれたから俺達と距離を置きたいなんて、きっと彼女の本心じゃないはずだ。


 ────昨日、あんなに凛と打ち解けていたのに……。


 俺はそれで十分だと思っていた。

 凛や匠、俺達が彼女と仲良くなればそれでいいと思っていた。

 でも違う、全ての行動には、周囲からの目線や評価が付いて回る。


 いっそ、告白してしまえば楽だろうか?


「バカか……」


 俺は一瞬脳内に浮かんだ発想をすぐに打ち消す。

 それをするのは今じゃない。悲しんでいるところにつけ込むようなことはしたくない。

 彼女に、俺を意識してもらってからじゃないといけない。


 どうする?どうすればいい?俺に出来ることは……?


 答えは誰も教えてくれなかった。



 ※

 その晩。


「なあ凛、悲しんでる女の子を励ますにはどうすればいい?」

『ほっぺにチューとかじゃない?』


 こいつに聞いた俺がバカだったか。

 俺はトークアプリの通話機能で凛に電話していた。


「もっと真面目なやつ。凛、お前ならどうして欲しい?」

『私?私なら……。てか、相手は誰なの?』

「梔子さん」

『………私、それはわかんないかな……』


 確かに、性格とか趣味が違うのだからわからないのかもしれない。それでも、何か一つでも解決の糸口がほしい。


「なんでもいいんだ」

『そんな事言われてもなぁ……。とりあえずはちゃんと話す、とかじゃない?』

「まあそんな所だよな。ありがと」


 俺は通話を終える。

 スマホを充電コードに繋ぎ、ベッドに寝転ぶ。

 今後のことを考える。


 明日、ちゃんと梔子さんと話して……


 なんて考えているうちに寝落ちし、気付いたら朝だった。

 今日ちゃんと話そう、と呑気に考えていた。しかし────



「梔子さん、話があるんだけど」

「……すいません、ちょっと急いでいるので……」


 と、断られたり。


 翌日。


「梔子さん、一緒に帰らない?」

「……すいません、お母さんが車で迎えに来ているんです……」


 と、断られたり。

 実際には車は来ていなかった。


 翌々日。


「梔子さん……」



 ──── 一週間が経ち。俺はこの一週間、毎日図書室へおもむき、その度に断られてきたが、この日は違った。


「梔子さん…」

「……あの……いい加減にしてくれませんか……?」


 彼女は震えた声で、俺に言った。


「わ、私は……寂しくないですし……。こういうのにも慣れてます……!」

「そんな……!」

「私には……なんで桐生さんが声を掛けてくれたのかわかりません……。私は知りたくもありません」

「……!」


「だから……一人にしてください……」


 初めて親に言い返した時の子供のように、梔子さんは小刻みに肩を震わせている。

 掛ける言葉がない。


「それでは……」


 梔子さんはカバンを肩に掛け、図書室を出ていってしまう。

 一人、図書館に残された俺。

 微かに漂う本の香りが。窓を吹き抜けてくる春を感じさせる風が。暗く染まり始めた空の模様が────


『いい加減にしてくれませんか』

『一人にしてください』


 ────この言葉を俺の脳内でリピートさせる。


 ……ほら、イケメンだってこんなもん。

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