第11話 夕食と宿屋




 武器屋で、剣を1本と魔力銃を1丁を手に入れた俺は武器屋を出て、クレハと2人で街を歩いていた。


「ユキマサ君……その……さっきの事は……忘れてね?」


 顔を赤くしたクレハは、俺から視線を落として、何かそわそわした様子で話しかけてくる。


「さっきの事?」

「だから……その……エルルカさんの事で腕に抱きついちゃった時の──(うう……何で私、ユキマサ君がエルルカさんに告白された時、テンパってたとはいえ『ヤダッ!』何て声に出して言っちゃったんだろ……あれじゃ、私まで何か遠回しに告白したみたいじゃない! ──私のバカぁ!)」


(腕に抱きついた時……? ああ、ギュッとしてきてたやつか? 俺的には可愛いと思ったが、本人的には恥ずかしかったんだろうな……)


 ここは〝気にしてない〟と言って流しておくか。


 その方がクレハも気が楽だろうと思い、俺は……


「ああ、俺は気にしてないから大丈夫だ」


 変に気にしないようにと、軽めに返しておく。


「き……気にしてない………」


 『なッ』……とショックな様子のクレハ。


「えっと、クレハ……?」


 あれ、何か変なこと言ったか?


「ど、どうせ、私はエルルカさんみたいに美人じゃないよ!(これじゃ私が1人でバカみたいじゃない!)」


 クレハ何やら物凄く不機嫌そうな顔になる。


「……いや、クレハはエルルカとベクトルは違うが、どう見ても可愛いだろ?」


 エルルカが美女なら、クレハは間違いなく美少女だ。


「──ッ!! か、可愛い……///」


 今度は急に顔を真っ赤くして驚く。

 何でそんな驚くんだ? どう見ても可愛いだろ?


「それと〝武器〟案内してくれて助かったよ」

「それはいいんだけど……ユキマサ君、まだ時間ある?」


 まだ顔が赤いクレハが、今度はこちらの顔をチラッと覗き込むように見ながら聞いてくる。


 それと少し機嫌が治ってきたみたいだ。

 よかった、よかった。


「俺は後は飯屋と宿屋を探ぐらいだからな。まあ、時間はあるっちゃあるぞ?」


 飯屋と宿屋ぐらいなら、すぐ見つかるだろうしな。

 まあ、人が多いから少し混んでそうだが。


「本当! 何か食べに行ないかな? って思って?」


 『やった!』と嬉しそうなクレハが食事に誘ってくれる。


「それはいいな。どっかお勧めはあるのか?」


 ちょうど俺も腹が空いてきた所だったしな。


「うん。いつもエメレアちゃん達とよく行く、行き付けのお店があるんだけどそこでも良い?」

「ああ、勿論だ」


 クレハの行き付けなら何も問題ないだろう。


 強いて言えば、もしエメレアとその飯屋でばったりと会ったら……少し面倒だなぐらいか。


「良かった。そこはご飯も安くて美味しいし、ギルドからも近いから、そこも教えときたいなって思ってたんだ」


 そんな所まで考えてくれたのか?


「そうなのか? そりゃ楽しみだな」


 朝からと言うか……この異世界に来てからは、クレハに貰ったおにぎり2つ以外は今日は何も食べてない俺は、異世界の料理屋に期待を膨らませる。


「じゃあ、混まない内に早く行こっか?」

「そうだな」


 と、クレハに案内され、俺は飯屋を目指して歩く。


 

 道は意外と混んでたが……それでも、途中ちらほらと街の露店とかを、クレハと覗きながら、のんびりと歩いていても──30分ぐらいで目的の店に着いた。


 だが……


「混んでるな?」

「そうだね。混んでるね」


 店内は人でごった返していた。


 飲食店で外まで並ぶというのが考えが〝異世界〟にはあまり無いのか、行列こそできては無いが、店は満席である。


「──あれ、クレハさん?」


 すると、後ろから紙袋に入った野菜や魚や果物とかを〝よく崩れないな?〟と思うほど、これでもかと両手で抱えて持った──ウェイトレス姿の金髪ショートの女性に、クレハが声をかけられる。


「あ、アトラさん! こんばんは。それと大丈夫ですか? よければ手伝いますよ……?」


 少女の今にも落ちそうで落ちないという、絶妙なバランスで保たれている、荷物をクレハが心配する。


「ありがとうございます! でも、大丈夫ですよ! もう着きましたから!」


 アトラと呼ばれたこの少女は、笑顔でそれを『大丈夫ですよ』と断ってる。まあ、後これぐらいの距離なら自分で運んだ方が早いだろうしな。


「あ、それよりも、寄ってかれますか? ただ……今、いくつか食材が在庫を切らし始めてまして、あまり種類は出せないんですが……」


(それで買い出しに行ってたわけか……)


「そのつもりで来たのですか。でも、満席みたいで」


 クレハが店の中を見ながら残念そうに言うと……


「いえ、任せてください! ご常連のクレハさんの為なら、私が必ず何とかしてみせます! 2名様ですよね? 少しお待ちください!」


 少女はキリッとした顔で『任せてください』と言い残して、さっさっさと店の中へ入っていく。


「あっ、流石に悪いですよ! アトラさん!」


 クレハが止めるが、荷物を持ったアトラはそそくさと店の奥へと入ってしまう。


「とりあえず待つか?」

「うん、そうだね……」


 と、話しているとすぐに──


 ガラガラ、ドッシャーン!! パリーンッ!


 店の中から色んな効果音が聞こえ……


「お待たせしました!」


 すると、アトラがドタドタドタっと戻ってくる。


 早いな。さっきの大荷物を、この数秒でどこに置いてきた? それに何か皿の割れる音が聞こえたぞ?


「でも、すいません! 端の方の席になっちゃいますが、それでもいいですか?」


 ガバッとアトラは頭を下げながら謝ってくる。


 見ると忙しいせいか、先程まで端の少し狭めのテーブルを、一時的に空いた皿をまとめて積み上げて、にしていたみたいだ。


(どうやら、急遽それを片付けて、俺達の席を作ってくれたみたいだ。まあ、お陰で犠牲になった皿もいたようだが……)


「そんなこと気にしないでください! 本当にありがとうございます!」


 パタパタと手を振りながら、クレハは頭を下げるアトラに慌ててお礼を言う。


「ユキマサ君もいいよね?」

「こんなに混んでるなら端の方のが騒がしくなくていいだろ? 俺はむしろ大歓迎だ」


「そう言って貰えると私も嬉しいです。早速ご案内しますね! こちらへどうぞ!」


 と、アトラは飲食店の接客としては完璧な──


 親切と丁寧、大き過ぎず聞き取りやすい声、

 そして美少女という四拍子で店へ案内してくれる。


 案内された席に着くと、


「今、お水をお持ちしますね!」


 と、パタパタとアトラは駆けていく。


(異世界でもお冷やあるんだな……)


「良かった。座れたね、アトラさんに感謝しなきゃ」


 ふぅ……とクレハは可愛く一息つく。


「あ、ユキマサ君は何食べる? ここは〝肉料理〟が美味しいんだよ。あ、でも、今日はその前に売り切れてないか聞かないとだね……」


 テーブルにあるメニューをこっちに渡しながら、クレハはお店の品切れの心配をする。


「肉か……ありだな。まあ、確かに、まずそこを聞かないとだな?」


「──お待たせしました! お水です!」


 元気に水を運んでくるアトラ。

 ちなみにちゃんと氷も入ってる。


「ありがとうございます。それとアトラさん、今日は肉料理は頼めますか?」


「う、ごめんなさい! 今日は肉料理というか、お肉自体の在庫が全部無くなっちゃったんです……ヒュドラの影響で集まった冒険者の方とかが、いっぱい食事に来ていまして……」

「それは仕方ないですね。残念です……」


 クレハは『仕方ないか』と言っているが、表情をみると結構本気で残念そうだ。


「すいません。買い出しにも言ったのですがそっちも売り切れで……今日はもう難しいみたいです」


 アトラは本当に申し訳なさそうに『う~』っと声を漏らしながら、同時に悔し気に涙目で謝ってる。


 人も多かったしな。他の飲食店も似たようなもんで、仕入れ先の肉屋とかも軒並み品切れなのだろう。


 あ、そーいや。


「肉があれば作れるか?」

「え? あ、はい……それは勿論ですけど」


 俺はヒュドラを倒す前に、街道付近で〝大猪おおしし〟を倒し、それを肉に解体して〝アイテムストレージ〟に仕舞っておいたのを思い出す。


「悪いが、とにかくデカイ鍋でも、何でもいいから、器になるものがあれば持ってきてくれないか?」


「え? あ、はい! わかりました!」


 と、頭に「?」を、浮かべながらも、アトラは直ぐに厨房に鍋を取りに行ってくれる。


 すると、厨房からは……

「アトラッ! この忙しいのに何やってるの! それにそんなデカイ鍋を何に使う気なの!!」

「分かりません!!」

 と、何かコント染みたやりとりが聞こえてくる。


 あー、これはアトラは悪くないな。

 完全に説明不足の俺が悪い。


 それを聞いたクレハは「えーと、アトラさん大丈夫かな?」と苦笑いをしてる……


(というか肉……〝アイテムストレージ〟で腐ったりとかしてないよな?)


 と、思いながら〝魔力〟を込めた指をスライドし〝アイテムストレージ〟を確認する。


 そんな時間も経って無いし、大丈夫だと思うが……


「お、お待たせしましたぁ……!」


 少し息を切らしながら、要望通りにデカイ鍋というか……ラーメン屋の寸胴ずんどうみたいな物をアトラが抱えてくる。


「ご苦労様、水飲むか?」


 疲れた様子のアトラに俺は『いえ、大丈夫です』と断られるだろうなー。と、思いながら、冗談半分で、まだ手を付けてない──お冷やを渡してみると……


「いいんですか! 貰います!!」


 と、アトラはグビッとお冷やを一気に飲み干す。


(あー、これは予想外だったな……)


「ふぅ、生き返りました! そういえば喉乾いてたの忘れてましたよ。通りでクラクラするわけですね!」


 いや、脱水症状だったのかよ?

 なんつーか、天然なのか……?


 そんな事を考えつつ、俺は開いていた〝アイテムストレージ〟から、ブロック状に切った〝大猪おおししの肉〟を鍋にドバドバドバと取り出す。


「それで肉はこれだ。確か〝大猪おおしし〟とかいうやつの肉だ。調理できるか?」


 ちなみに、念のためスキル〝見聞〟を使い

 肉が腐ってないかを見てみるが──


 ・大猪おおししの肉

 《品質》〝極上〟   


 最高品質じゃねぇか……

 まあ、とにかく腐って無くて良かったよ。


「ちょ、ちょっと待ってください!? 今、どこから出したんですか! あと〝大猪おおしし〟って〝高級食材〟じゃないですか!!」 

「武器屋の時は聞けなかったけど……ユキマサ君、何で〝アイテムストレージ〟まで持ってるの?」


 クレハは驚くと言うより、最早少し呆れた感じだ。


「空間系のスキルだったか? それならクレハの〝空間移動〟のが全然凄いだろ?」

「あ、ありがとう。でもそれとこれはまた違うよ!」


 クレハは最初は急に誉められて、嬉しそうな様子だったが、後半は『そうじゃなくて!』みたいな感じで、突っ込み気味に言ってくる。


「──ちょ、ちょっと待ってください! こんな〝高級食材〟をこんなに沢山買えませんよ! お店が潰れちゃいます。あと店主おじさんはともかく、私が女将おばさんに殺されます!!」


 『ストップ、ストーップです!』と慌てながらアトラが慌て始める。女将おばさんどんだけ怖いんだよ?


「別に売り付けるつもりは無かったんだが……じゃあ、こうしよう? 俺とクレハの分を、その肉で1人前ずつ作ってくれ。残りの肉はあんたらにやるよ?」

「えっと……!? す、少しお待ちください!! 確認してきますッ!!」


 と、アトラは肉の入った鍋を持って厨房へ走る。


 そして、また、厨房からは……

「あ、アトラ! どこで買ってきたのこの肉!? 確かに、とにかく何でも良いから肉を買ってきてって頼んだけど……これ、いくらしたのよッ!!」

「ひぃぃぃぃ!! わ、私にもよく分からないので、こっちに取り敢えず来てください!!」


 そんなアトラと女将さんのやり取りが聞こえる。


 てか、アトラのやつ、説明丸投げしやがったぞ?


 ──すると、すぐにアトラと一緒に、金髪の30代半ばぐらいの女将さんがやってくる。


「お、お待たせしましたぁ……!」


 心なしか、アトラはこの数分でやつれた気がする。


「……て、あらクレハちゃんじゃない? いらっしゃい! 悪いわね、忙しくて気づか無かったわ。それに今日は隊長さんや、エメレアちゃんもミリアちゃんも一緒じゃないのね?」


 女将さんが最初は何事だとをしていたが、クレハに気付くと警戒心を大幅に下げる……

 というか、警戒心を無くす。


「女将さん、お邪魔しています!」


 ペコリとクレハも軽くお辞儀をする。


「で、これは何の騒ぎなの? この量の高級食材は悪いけど家では買い取れないわよ。家のお店を潰す気かしら?」


 別に女将さんは怒るわけで無く、普通のトーンで『家が潰れる』と冗談めかしな感じに聞いてくる。


「悪いな。女将さん。その肉は売りに来たんじゃない。ここで肉が食いたかったんだが……残念ながら肉が売り切れって聞いてな? ──ただ、ちょうど肉を持ってたんで、良ければその肉を使って、俺とクレハの分を1人前ずつ何か作って貰えないか? 礼と言っては何だが、余った肉は店で使ってくれていい」


 俺はこちらの要望を簡潔に女将さんに伝える。


「何ですって!? そんなの肉のほとんどを家の店にくれると言ってるようなもんじゃないの!」


「まあ、まだいっぱいあるしな?」


 俺の〝アイテムストレージ〟には、まだ結構な量の肉が残っている。大猪おおししは、博物館のマンモスみたいなサイズだったからな。


 〝高級食材〟らしいから、売ればそれなりの金になるだろうが……何となく、今日はそういう損得感情で何かを考える気分じゃない。


(もしかしたら〝初めての異世界〟で、俺も少し浮かれてるのかもな……?)


 でも、気は引き締めよう。この世界はまだ分からない事だらけだ。それこそ極端な話……いつが攻めてきてもおかしく無い世界だ。


「ま、まだいっぱい……? というか、どこからこの量の肉が出てきたのかしら?」


 案の定その質問が来るので……


「〝アイテムストレージ〟だ」


 俺は簡潔に返す。


 女将さんはチラッとアトラとクレハを見るが……


 ──二人は仲良く、うんうんと頷いてる。


「お兄さんは商人か何かなのかい?」

「だとしたら、反応を見るにだろうな?」


 俺が冗談混じりにそう返すと、女将さんは『はぁ……』と諦めて降参したかのように小さく息を吐き……


「変に勘ぐって悪かったわね。それにクレハちゃんの連れじゃ疑う余地もなかったわ」


 と、謝ってくる。


(てか、クレハは本当に信用されてるな?)


「じゃあ、直ぐにうちの店主旦那に言って肉料理を作らすわ。余った肉は本当に貰っていいのね? もう一度確認するけどこれ〝高級食材〟よ?」

「──ああ。構わない。肉料理楽しみにしてる」


「すまないわね。これは大助かりどころじゃないわ! 後、他にサラダでも果物でも何でもお代は要らないから、遠慮せずに好きなだけ食べてっておくれ。勿論、クレハちゃんもね!」


 と、言うと女将さんは厨房に戻っていく。


「な、何か凄いことになってきましたね……」


 その様子を眺めていたアトラがぽつりと呟く。


「……で、早速お言葉に甘えても良いか?」

「あ、はい! なんでしょう!」


「サラダと……もしあればスープ的なのをもらえるか?」


 俺はまだこの世界の料理とか分からないので、ざっくりとアトラにお任せで注文をする。


「かしこまりました! クレハさんはどうします?」

「あ、では、私もサラダをお願いします」


「分かりました! では、少々お待ちください!」


 注文を取りアトラも厨房の方へ去っていく。


 するとまた厨房から声が聞こえる……


「うおぉぉー!! 何だこの肉は! す、素晴らしい! 保存状態も完璧じゃねぇか、うぉ、なんか泣けてきた! やべッ、前が見えねぇ、うぉッ、危ねぇ! うぉ! あれ? 俺の靴どこいった!?」


「クレハちゃんと一緒に来た子が、自分達の分を作ってくれたら残りの肉はくれるって言ってくれたのよ。暴れてないで、早く料理を作ってあげなさい」


「当たり前だ! もう靴何て知らん! 俺に任せておけ! こんな凄い肉もう次いつ見れるか分からないからな! すぐに最高の肉料理を作ってやるぜ!! ──待ってろよ、お客様ぁぁァァ!!」


 何か、熱い会話が聞こえてくるがスルーしよう。


 すると、ちょうど通りかかった犬耳の亜人ウェイトレスに「悪い。お冷やのおかわりを貰ってもいいか?」と、軽く手を挙げて呼び止め、俺はアトラにあげてしまい、空になったお冷やのおかわりを頼みながら、クレハと頼んだ料理の到着を待つのだった──。

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