第1話 異世界召喚



「……どこだ……ここ……?」


 気づくと俺は、やたら明るくボワッと光る広々とした白っぽい部屋にいた。


 確か俺は自分の部屋にいた筈だ。それで確か部屋に現れた〝光の渦〟みたいなのに吸い込まれて……


 それにこの部屋の明るさも何か変だ。


 電気の明かりでもなければ、太陽の光でもない。

 どちらかと言うと、さっき吸い込まれた〝光の渦〟に近い感じの明かりだ。


「──!? 今度は何だッ!」


 上の方に何か来る──


 俺はそう直感で感じ身構えていると……


「──あらあら、驚きました♪ 〝空間転移テレポート〟の位置座標を〝空間転移テレポート〟が始まる前に読まれたのは初めてですよ♪」


 ゆったりとした優しげな女性の声が部屋に響く。


 次の瞬間──


 俺の左斜め頭上の何もない筈のに、長い銀髪の見た目は20代ぐらいの綺麗な女性が突如現れる。


 そしてそのまま俺の目の前までゆっくりと降りて来ると……

 その女性はドキっとするぐらい可愛い笑みで、話し掛けてくる。 


「──はじめまして。わたくしはアルテナと申します。ちなみに職業は神様です♪ よろしくお願いしますね♪」


 と、この銀髪の女性は、早い話……


 〝私は神様です!〟と自己紹介をしてくる。


(てか、神様って職業なのか!?)


「……お、俺は稗月倖真ひえづきゆきまさだ……あの〝光の渦〟はあんたの仕業か?」


 何となく信じても良さそうな感じの人? というか本人いわくは神様らしいが、まだ敵か味方かも分からないので、少し警戒しながら状況を確認する。


「はい、そうです。稗月倖真ひえづきゆきまささん♪ わたくしは貴方の事をよく存じております。此方からの一方通行で申し訳ありませんが、私はずっと貴方の事を見ていました♪」


 優しくゆっくりとしていて、全体的にふわふわとした声なのだが、何故かアルテナの言葉のひとつひとつには凄く重みがある。


「見ていた? こう見えて警戒心は強い方なんだ。誰かにずっと見張られてるような覚えはないぞ? それとも神様の力とか何かで見ていたのか?」


 俺は半信半疑で問いかける。


「正解です。飲み込みが早くて助かります♪」


 眩しいぐらいの笑顔のアルテナ。


「……なるほど。理解したよ」

「あら、随分、早く納得してくれるのですね?」


 もう少し一悶着ひともんちゃくあると考えていたのか、アルテナは早々に納得する俺に少し驚いた顔をしている。


「論より証拠だ。俺をここに呼んだのもそうだが、さっきの〝空間転移テレポート〟だったか? あんなものサラっと見せられて、何も信じないほど俺の頭は固くない。手品とかのたぐいでもないみたいだしな。むしろ、しっくり来たぐらいだ──それに、こう言っちゃあれだが、正直、あんたの感じも、人間のじゃない……」


 今まで、神だの仏だのを考えた事が無いわけではないが、もし目の前のこの女性を一言で例えるなら……


 ──〝神様〟と言う言葉が最も適切だろう。


 何と言うか、だのだのが、今まで見てきた人間や生き物とは、完全に生物としてのが違う。


「──ふふ♪ 褒められちゃいましたね♪」


 人間じゃないと言われて〝褒められた〟はどうなのだろうか? まあ、本人が喜んでるならいいか。褒めたか褒めてないかで言えば褒めたつもりだったしな。


「それで……その神様……アルテナ様は……」


 神様認定もしてしまったし。普段からあまり敬語は使わないひねくれてる俺だが、流石に神様相手には言葉遣いを少し敬語っぽくしていく。


「アルテナで良いですよ♪ 敬語も要りません♪ 私は元々がこの喋り方なので、この話し方で話しますけど、気になさらないでくださいね♪ それと倖真ゆきまさのことは倖真ゆきまさと呼ばせてもらいますね♪」 

「……そうか、ありがとう。じゃあ、そう呼ばせてもらうよ。それでアルテナは何で俺を呼んだんだ?」


 自己紹介も終わったし、俺は根本的な質問をする。


「はい♪ 実は倖真ゆきまさに折り入ってお願いがありまして、お呼びしたのですが……そのですね……」


 アルテナは少し口ごもると、

 数秒の間を空けてから再び喋り始める。


「取り敢えず異世界で魔王を倒して来てはもらえませんか♪」


「──は……? 異世界……魔王……?」


 よく状況が飲み込めず……

 俺は素で聞き返えしてしまう。


「はい。倖真ゆきまさがいた世界。それと今私達がいるこの場所は〝天界〟なのですが。それとは別にある世界──つまり、倖真ゆきまさのいた世界から言えば〝異世界〟にあたる世界に行って、そこでほしいのです♪」 

「ちょっと待て、ここ天界だったのか!?」


 どこから驚けばいいんだ?

 いや、まずは一旦落ち着こう……


「……ずいぶん唐突だな? というか、魔王がいるのか? その異世界には?」

「はい。魔王を倒してくれなどと危険はもちろんですし、軽々しく頼めることではありませんが……このままでは、そう遠く無い未来に〝異世界の人類〟は滅びる事になるでしょう──下手をすれば倖真ゆきまさのいた世界や、この〝天界〟にすら影響を及ぼすかもしれません。どうか世界を救ってはくれませんか?」


 相変わらず優しい声だが、アルテナはさっきよりも真剣な表情とトーンで話す。


倖真ゆきまさ、あなたは気づいてると思いますが、あなたの力は異質です。異世界には魔力や魔法といった物が一般的に存在していますが、その世界でもあなたなら十分以上に戦えるでしょう♪ それに失礼ながら……倖真ゆきまさのいた世界では倖真ゆきまさは退屈し──その力も、持て余していたのではありませんか?」


「──ッ……まあ、退屈はしてたよ……」



 俺は生まれつき、身体的な能力等が普通の人間とは明らかに違っていた。簡単に言ってしまえばみたいなものだ。


 具体的には5歳ぐらいの頃には、車なんかより走った方が早かったし、電柱やそこら辺の建物はパンチや蹴りで普通に割れた。


 ──そして俺は〝治癒能力〟も使えた。


 誰かの骨が折れれば2~3分でくっ付けられたし。

 他には病気。例えば、日本人の死因の1位の〝癌〟それも〝ステージ4〟の所謂いわゆる〝末期癌〟でも治すことができた。


 でも、流石に無限に使えるわけでは無い。

 治癒能力は使えば内容にもよるが疲労するからな。


 昔、使い過ぎてぶっ倒れた事もあった。


 ──それにできない事もある。

 今の所は〝生まれつきもった病気〟

 それと〝死んだ人の蘇生〟

 そして何故か〝風邪〟の3つだ。


 別に、風邪は風邪薬でも飲んどけばすぐ治るからいいんだけどさ……末期癌は治せるのに普通の風邪は治せないというのは、我ながら謎めいた話だ。


 後、こういった力を持っていると、面倒事というか……あの手この手で近寄ってきて、私利私欲にそれを利用しようとする奴もいる。


 中でも腹が立ったのは、噂を聞いたどっかの国のおおやけにはされていない〝秘密機関〟みたいなのが、俺のいた孤児院の子を誘拐し『返して欲しければ戦争や国の為に協力しろ』と言って来たことがあった。


 まあ、簡単に直訳すると──

〝──貴様の仲間は預かった! 返してほしくば我々の私利私欲の為に働き力を貸せ!〟

 と、言うことだ。


 の話だと。ある国では、俺を利用し〝第三次世界大戦〟を始める計画もあったぐらいらしい。


 当時の俺はムシャクシャしてた時期だったこともあり。その〝秘密機関〟とついでに、その国の軍を基地ごと吹っ飛ばしたのは、少しやり過ぎたかなと思う。


 ……反省はしてる。

 けど、間違ってたとは思っては無い。


 後処理は牧野が全部やってくれたが……

 あの時は『やりすぎだ!』と流石に怒られた。


 あんなに頭を抱えてる牧野は初めてみた。


 だが、軍を基地ごと吹っ飛ばしたのはわりと効いたらしく。

 それ以来は何処の国もあまり絡んでこなくなった。


 別に名前も知らない誰かに馬鹿にされようが、

 嫌われようが、怖がれようがはどうでもよかった。


 でも、孤児院の仲間や親しい人たちを理由はどうであれ、自分のせいで少しでも危険に巻き込むのは嫌だった。


 だから、それ以来は出来る限り建前上は、この体質を可能な限り隠してもいた。


 まあ、もちろん理沙や牧野とかは付き合いも長いしこの体質の事も勿論知っているし。孤児院のチビ共も何となくは気づいてはいるみたいだけど。


 ──そして何よりも退屈だった。


 10歳ぐらいの時からだろうか?


 急に世界が色んな意味で凄く小さく見えた。


 理由は良く分からない。


 別にこの体質が嫌な訳ではない。


 むしろ感謝してるぐらいだ。


 この体質のせいで馬鹿に巻き込まれた事もあるが、この体質に助けられた事もたくさんある。


 ちなみに祖父と親父も似たような体質だったが、建前上は、やはり体質を隠していた。


 でも、親父達は退してなかった気がする。


 それは何でかは俺には理由はよく分からなかった。


 いつか聞いてみたいと思ってたが……残念ながら親父達にその理由を聞く機会は、もう二度とないだろう。


 ──親父とお袋は俺が8歳の時に亡くなってる。

 そして、祖父と祖母は同じぐらいの時期にどこかへと出ていった。


 祖父は出ていく時に

『わしを恨んでいい。この糞爺をな──』

 と、言い残し俺を蹴り飛ばしていった。


 50メートルぐらい吹っ飛ばされたけど、別に痛くはなかった。

 ……けど、何で蹴られたかは本当に謎だった。


(いや、本当に謎しか残ってねぇぞ?)


 それからは、牧野が親代わりみたいな感じで色々と気を使い面倒を見てくれた。

 糞爺はともかく、祖母は生まれつき身体が弱く、病を患ってたので少し心配だ。元気ならいいが──。



 さっきのアルテナの質問だが──


 〝この体質を持て余してたか?〟


 と、聞かれれば確かにそうなのかも知れない。


 〝他にやれる事があったか?〟


 と、聞かれれば恐らく何かしらはあったとは思う。


 でも、それでも俺はやっぱり退してたと思う。


「何て言うか、アルテナは本当に神様なんだな……」


 〝空間転移〟に〝異世界召喚〟それに〝完全に人ではない気配〟──

 ……後、何か色々見透かされ過ぎている気がする。


「はい、神様ですよ♪ ちなみに女なので女神です♪」


 それは見れば分かる。

 これで〝実は男です〟とか言われたら、この〝異世界召喚〟よりビックリする事になるだろう。


 ──その時、俺は、ふと……

 昔、親父が言ってた事を思い出す。


『いいか? 倖真ゆきまさ……男ってのはいつか必ず大切なものを守りたい。そしてこの人と一緒にいたいって思う時が来る。それは1年後かもしれないし、10年、20年先かもしれない。まあ、まだ良く分からないだろうが。でも、その時まで──』


「アルテナ」

「はい♪ どうしました?」


 アルテナは綺麗で整った顔で、それこそ絵に書いたような、女神様の優しい笑顔で返事をしてくれる。


「その世界で俺はわくわくするかな?」

「わくわく……ですか?」


 予想外の質問だったらしく、アルテナは少しキョトンとした様子で聞き返してくる。


「そうですね……わくわくするかはそこは何と言っていいか少し答えに困りますね……♪ でも、きっと倖真ゆきまさなら何か素敵なものを見つけれると思いますよ♪」


 アルテナは『う~ん♪』と考え込む仕草をした後に〝ふふ♪〟と温かく微笑みながら、母性を感じる包み込むような声で優しく答えてくれる。


「分かったよ。世界を救うだとか、そんな大層なことは言えないが、取り敢えず、魔王ぐらいなら倒してきてやるよ」


 まさか、異世界の魔王を倒しに、異世界に行く事になるとは〝光の渦〟に呑み込まれた時には、夢にも思わなかったな。


「──本当ですか!」


 大きな胸の前で祈るような形で手を組みながら、やや前のめりになり嬉しそうなアルテナ。その可愛らしい表情や、ポーズに俺はまた少しドキッとする。


「あぁ……でも、できなくても恨むなよ? まあ、最善は尽くすが……」


 俺は少し照れ臭くなり、そう付け加える。


「はい、でも、倖真ゆきまさなら、必ず良い結果をもたらしてくれると信じていますよ♪」


 まあ、そう言われると悪い気はしないが。


 ──俺はさっき思い出した……

 昔、親父に言われた事をもう一度思い出す。


『いいか? 倖真ゆきまさ……男ってのはいつか必ず大切なものを守りたい、この人と一緒にいたいって時が来る。それは1年後かもしれないし、10年、20年先かもしれない。まあ、まだ良く分からないだろうがでもその時まで──!』


 まだ一桁の歳の頃の俺をニッと優しげに笑いながら、くしゃくしゃと頭を撫でて、何がそんなに嬉しかったのだろうか? あの時に見た、心底嬉しそうな親父の姿を思い出し、俺は柄にも無く、懐かしいな……と、少し感傷的な気持ちになってしまう。


「──そうか、ありがとう。じゃあ、取り敢えず、魔王倒しに〝異世界〟行って来るよ」


 自分にしては珍しく少しだけ上手く笑えた気がする。そして改めて俺は異世界に魔王を倒しに行くことを決める。


「はい! 本当に、本当にありがとうございます♪」


(退屈した毎日をだらだらと過ごすよりは……異世界に魔王でも倒しに行く方が、まだ少しは俺もよな? ──なぁ、親父……?)


 こうして俺は女神様に異世界召喚されるのだった──。

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