第6話 (完)

「そちらは速攻性の毒を使いました。魔法を発動させてから死ぬまでに5秒とかかっていません。アリッサさんに気をとられて気がつかなかったようですね?」


「あ、ああっ、みんな……何ということを……!」


 エドモンド殿下が絶望の声を漏らしました。

 何年も連れ添った婚約者を平然と捨てるこの方にも、どうやら友人を大切に思う心はあったようです。


「これは王家への反逆だぞ……タダで済むと思っているのか……!」


「我がロゼッタ公爵家は長年、王家に仕え、我が国に敵対する者を暗殺していました。殿下は私が私怨でアリッサさんを害したと思っていたようですが……それはあり得ません。ロゼッタ家の人間は国王陛下の許可なしでは『毒魔法』を使うことができないように『枷』が架けられているのですから」


「え……?」


 エドモンド殿下の瞳に疑問が浮かびます。

 だったら、どうしてアリッサさんや取り巻きを殺すことができたのかと疑問を抱いているのでしょう。


「とはいえ、この『枷』には抜け道があります。自衛のための使用、あるいはロゼッタ公爵家の秘密に関する機密保持のためであれば、王の許可がなくとも使うことができるのです。つまり……口封じのためならば毒魔法は使えるのですよ」


「そんな……まさか……!」


 エドモンド殿下が顔を真っ青にします。

 どうやら、愚かな殿下にも理解することができたようです。

 私がアリッサさん達に毒魔法をかけることができたのは、殿下が秘密を漏らしたから。ロゼッタ公爵家の秘密を知ってしまったために口封じで殺害されたのだと。


「もう、おわかりですよね? アリッサさんと御友人がなぜ死んでしまったのか。殿下が秘密を漏らしたから殺したのですよ」


「っ……!」


 エドモンド殿下が息を飲みました。

 青くなった唇をプルプルと小刻みに震わし、顔面を紙のように蒼白にしていきます。


「国家機密を知ってしまったのだから当然ではありませんか。殿下はどうやら、御自分が何をしてしまったのか理解できていないようですね」


「僕は……アリッサと結婚したかっただけなんだ。自分が好きな人と、運命の相手と結ばれたかっただけで……」


「だったら、普通に話し合って婚約を白紙にすればよかったではありませんか。私は別に殿下の婚約者という地位に縋りつくつもりはありませんでしたよ? 相応の慰謝料はいただいたかもしれませんが、アリッサさんとの仲も応援するつもりでしたけど」


「そんな……だったら僕はどうして……」


 エドモンド殿下がガックリと地面に膝をついて項垂れました。

 本当に……この方は何がしたかったのでしょうか?


 わざわざ意味もなく婚約破棄を突きつけてきて、国家機密を漏らして……エドモンド殿下の行動はいちいち意味不明過ぎます。


「さて……それでは、殿下のことはどういたしましょう?」


「へ……」


「殿下は国家機密の漏洩をいたしました。口封じは済ませたとはいえ、処分無しというわけにはいきません。ロゼッタ公爵家にも敵対的なようですし……さてさて、どのように責任をとっていただきましょうか?」


「ヒイッ!?」


 エドモンド殿下が弾かれたように飛び退いて地面にぺったりと尻もちをつきました。

 その顔は怯えきって端正な顔を恐怖に引きつらせています。


「た、助けてくれ……僕はそんなつもりじゃ……」


「とはいえ、殿下には私の『毒魔法』は使えません。そういう『枷』を負っていますから」


「だ、だったら……!」


 エドモンド殿下の顔に光が差しました。

 自分は殺されずに済むかもしれない──そんな希望を見出したようです。


「そ、そうだ! 婚約を、婚約を結び直してやる! お前と結婚してやるからから今回のことは水に流してくれ! お前のような罪に穢れた女とこの僕が結婚してやるのだから感謝して……」


 焦ったように言い募る殿下でしたが……次の瞬間、その首から上が消えてなくなりました。

 鋭利な刃物で切り裂かれた首から噴水のように血液が噴き出し、屋敷の庭を赤く染めていきます。


「あらあら! 服が汚れてしまうではありませんか!」


「申し訳ございません。お嬢様」


 私は手元にあった日傘をかざし、慌てて降りかかる血をガードしました。

 頭部を失くして横倒しに倒れた殿下の背後では、返り血にエプロンをまだらに染めたテレサが刃物を構えて微笑んでいます。


「お嬢様に向かってあまりにも身勝手な発言……我慢できなくなってしまいました」


「……まあ、構いません。どうせ父がこのことを知ったら始末するでしょうから」


 ロゼッタ公爵家は王家に仕え、国にとって邪魔な人間を暗殺していました。

 その対象には王家に生を受けながら、玉座に座るに値しない人間も含まれています。

 エドモンド殿下は王太子でありながら平然と国家機密を漏洩し、さらにロゼッタ公爵家を犯罪者扱いして軽んじたことを口にしていました。生かしておくことなど出来るわけがありません。

 王家の人間には『毒魔法』は使えませんが……暗殺の手段は他にもあります。公爵家の使用人はいずれも手練れの暗殺者ばかりなのですから。


「死体は……そうですね。山賊の仕業にでも見せかけて始末しましょうか。国王陛下は気がつくかもしれませんが、良い薬になることでしょう」


 屋敷の方からぞろぞろと使用人が出てきて、慣れた手つきで殿下をはじめとした死体を麻袋に入れておきます。


 エドモンド殿下が王太子でありながらここまで暗愚に育ったのも、国王が甘やかしたことが原因です。

 ロゼッタ公爵家を軽んじるような行動をしたのも、王が息子の教育を怠って諫めることがなかったせいでしょう。

 国王陛下には今回の一件は勉強として、他の息子の教育に手をかけるように学んでいただくとしましょうか。


 死体が運び出され、使用人が血塗れのイスとテーブルを片付けて新しい物を運んできます。

 私がイスに座ると、すぐさまテレサが新しい紅茶を淹れてくれました。

 テーブルの上にティーカップを置いたテレサでしたが……ふと思い出したように口を開きます。


「そういえば、あの豚……ではなく、エリッサという女に毒を盛ったのは誰なのでしょう?」


「エリッサではなくアリッサですよ……そうですね。確かに、それは少し気になりますね」


 侯爵家のお茶会で起こった毒殺未遂……もちろん、私は関わっておりませんが、誰が彼女の飲み物に毒を入れたのでしょう?


 エドモンド殿下の気を引くための自作自演……いえ、それはないでしょう。アリッサさんは嘔吐までしたそうですし、本気で私に憤っているように見えました。


「……後ほど調べてみるとしましょう。必要であれば、始末する獲物が増えるかもしれません」


 言いながら……私はテレサの紅茶を優雅に飲んだのでした。





 それから数日後、王太子であるエドモンド殿下の死が公式に発表されました。

 殿下は御友人と馬車でピクニックに出た帰り道に襲われたらしく、遺体は刃物で切り刻まれていたとのことです。

 加害者の山賊はすぐに捕まったそうですが……騎士団が尋問を始めるよりも先に隠し持っていた毒を飲んで自害したようで、殿下を襲った動機はわからずじまいになってしまいました。


 ここから先は余談になるのですけど……殿下の事件からしばらくして、とある侯爵家が断絶することになりました。

 原因は食中毒。侯爵家に仕えていたシェフが誤って毒キノコをディナーの料理に使ってしまったことが原因です。

 当主も夫人も子供達も使用人も……侯爵家の人間は1人残らず毒を喰らって命を落としてしまい、主がいなくなった侯爵家の領地は王家に召し上げられることになりました。


 侯爵家の当主は生前、『私がこの国の闇を暴いてやる!』などと使用人に話していたそうですが、その真意を知る者は誰もいません。


 全ての真相は闇の中へと葬られた。

 闇を住処とする裏社会の住人以外、真実は誰も知るよしのないことでした。




終わり


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最後まで読んでいただきありがとうございます。

他にも短編小説を投稿していますので、どうぞよろしくお願いいたします。


・悪役令嬢ですって? いいえ、死神令嬢ですわ!

https://kakuyomu.jp/works/16816700429290625894


・悪役令嬢は毒殺されました……え? 違いますよ。病弱なだけですけど?

https://kakuyomu.jp/works/16816700429219791522


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悪役令嬢だから暗殺してもいいよね! 婚約破棄はかまいませんが、無実を証明するためにとりあえず毒殺します。 レオナールD @dontokoifuta0605

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