第5話

「……これも良い機会なのかもしれませんね。王家の方々には、いま一度ロゼッタ公爵家の力を思い知っていただきましょう」


「何の話をしている? お前が罪を認めるつもりがないのなら……」


「私はやっておりませんわ。アリッサさんに毒を盛った覚えはありません」


「何だと!? 貴様、この期に及んで……!」


「証明することができますわ。私がやってないという確固たる証拠がございます」


 私はキッパリと断言して、ティーカップに口をつけて唇を湿らせました。

 そして……椅子に座った姿勢のままエドモンド殿下を睨みつけます。


「証拠だと……?」


「ええ、すぐにお見せいたします……確認なのですが、エドモンド殿下は私がアリッサさんの飲み物に毒を入れて殺そうとした──そうおっしゃっていましたわね?」


「……ああ、言ったが。それがどうした?」


「フフッ……でしたら、アリッサさんが生きていることが私がやっていない証拠ですわ」


 私は吹き出すように笑い、やや気圧された様子の殿下に嫣然と微笑みかけました。


「だって……私、失敗しませんもの」


「ウグッ!?」


 私の言葉と共に、アリッサさんが自分の首を抑えました。

 桃色の髪の可愛らしい少女の顔が見る見るうちに紫色に染まっていき、赤い唇からゴポリと黒い血が吐き出されます。


「アリッサ!?」


「『毒魔法』は文字通りに毒を自在に生み出すことができる魔法です。ですが……飲み物に毒を入れるなんてやり方はしません。相手の体内に直接毒を作ればいいのですから」


「アリッサ! しっかりしろ、アリッサ!」


 血を吐いて倒れたアリッサさんに殿下が駆け寄ります。

 小さな身体を抱きかかえて助け起こそうとして……恋人の変貌に愕然と目を見開きました。


「ゴホッ、ゴホッ……えど、さま……」


「あ……ああっ……!」


 地面に倒れたアリッサさんはガクガクと痙攣を繰り返していました。

 限界まで見開かれた瞳は血走り、口は断続的に血を吐き……完全な紫色になった肌はとてもではないですが生きた人間のものには思えません。


「たす、け……えどさま……」


「ヒッ……触るなっ!」


 アリッサさんが救いを求めて手を伸ばしますが……エドモンド殿下は恐ろしかったのか、紫色に染まった手を振り払いました。

 真実の愛を誓った恋人に対して随分とヒドイ扱いです。


「あ……が……」


 愛しい男性に拒絶され、アリッサさんは絶望に瞳を凍りつかせてパタリと伸ばしていた手を落とします。

 そのまま完全に動かなくなり……アリッサという名の可愛らしい少女は永遠に命の息吹を失いました。


「そういえば……ちゃんと名前を聞いていなかったわね。ファミリーネームは何というのかしら?」


 侯爵家の茶会に参加していたのだから貴族の子女だと思うのだけれど……私が首を傾げると、エドモンド殿下が弾かれたようにこちらに顔を向けます。


「どうしてアリッサを殺したんだ! 彼女が何をしたというんだ!?」


「どうしてって……証明しただけですけど。自分の無実を」


 私は涙を流して問い詰めてくるエドモンド殿下に、ニッコリと笑いながら答えます。


「これで理解していただけましたよね? 私がアリッサさんに毒を盛ったのであれば、アリッサさんが生きているわけがありません。御覧の通り……私は毒殺に失敗なんてしませんから」


「お、お前は……そんなことのためにアリッサを殺したというのか!? 自分の無罪を証明するために、そんなことのために私のアリッサを……!」


 エドモンド殿下は怒りに表情を歪めて、背後にいる側近を振り返りました。


「お前達! 今すぐにこの女を…………へ?」


 私を捕らえようとしたのか、それとも殺害を命じようとしたのか……エドモンド殿下が何をしたかったのかはわかりませんが……残念ながらその願いは叶いません。


 殿下が振り返った先、お供としてついてきていた取り巻きは残らず倒れて絶命していたのだから。

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