第4話

「はあ……それはすごいですねえ。ところで、気になっていたのですけど……私が毒を盛ったという証拠はあるのですか?」


 もう二度とエドモンド殿下と顔を合わせることはないでしょうし、最後に気になっていることを尋ねておくとしましょう。

 はたして、この男が証拠もなしに一方的な偏見だけで私を疑っていたのか。それとも、疑念を裏付ける明確な根拠があったのでしょうか。


「私も侯爵家でのお茶会には参加していました。思い返してみれば……遠くの席で誰かが嘔吐したという騒ぎも覚えがありますわ。けれど、主催者でも給仕でもない私にどうやって毒を盛ることができたと言うのでしょうか?」


 まさか、シャーネル侯爵家もグルだとでも言うのかしら?

 お願いだから侯爵家まで告発するのはやめていただきたい。いくら婚約破棄したとはいえ、自分の婚約者だった男がよその家にまで迷惑をかけてしまうのは申し訳ないですわ。


「フンッ! 証拠などはない!」


「……ないのですか?」


 ないようです。

 いや、そんな堂々と胸を張って言われても……


「証拠などあるわけがない! 何故ならば……お前は『毒魔法』を使ってアリッサの飲み物に毒を入れたからだ!」


「……………………あら」


 指を突きつけられて放たれた宣言に、私はスウッと目を細めました。


「毒魔法ですか? 何の話でしょう?」


「ほう……またしてもシラを切るつもりか。僕は父上から聞いているのだぞ! ロゼッタ公爵家に伝わる秘伝の魔法──『毒魔法』のことを。そして、公爵家がその力を使って大勢の人間を暗殺してきたことを!」


「…………」


 私は口を閉ざしました。

 エドモンド殿下が言っていること……それは言いがかりではありません。


 ロゼッタ公爵家は代々『毒魔法』という魔法を継承しており、その魔法を使って王国に敵対する人間を闇に葬ってきました。

 敵国から送り込まれたスパイ。情報を流している内通者。奴隷や違法薬物の売買といった犯罪に手を染めている貴族など。表立って罰することができない敵を秘密裏に処分しているのです。


 そのことを知っているのは公爵家の関係者を除けば、王家の人間だけ。

 決して明かすことが許されないトップシークレットなのです。


(お嬢様……)


(ええ……言ってしまいましたね。誰にも話すことが許されない秘中の秘を。まさかここまで愚かな人だとは思いませんでした)


 この場にいるのが私とテレサ、エドモンド殿下の3人だけであったならば構いません。

 けれど……ここには殿下の新しい婚約者であるアリッサさん。そして、取り巻きである方々もいます。

 まさか、建国以来ずっと守られてきたトップシークレットを部外者の前で話すとは思いませんでした。


(そもそも、この男に秘密を明かした国王陛下にも責任がありますわね。確かに王族の1人なので資格はありますけど……秘密を教えるのであれば相応の口止めが必要でしょうに)


 平和な時代が長く続き、王家も気が緩んでいるのかもしれません。

 エドモンド殿下の不貞を放置していたことも含めて、ロゼッタ公爵家を軽んじているとしか思えません。


「……これも良い機会なのかもしれませんね。王家の方々には、いま一度ロゼッタ公爵家の力を思い知っていただきましょう」


 私は溜息をつき……ロゼッタ公爵家の人間として1つの覚悟を決めたのだった。

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