10・手術

 工藤圭子は進行方向に頭を向けて寝かされ、弱めの鎮静剤が打たれていた。同時に、カテーテル手術の準備が着々と進められていく。

 爆弾解析に使用したレントゲン装置は本来のフレームに戻され、手術中に患者の体内をリアルタイムで走査していく。正面の大型モニターには、すでに血管の映像が表示されていた。圭子の足の側のベッドは空けられていて、そこには様々な用具や各種の溶液を満たしたビーカーやバットが並べられていた。

 谷垣が、X線に写らないように作られたカテーテル用カーボン電極を圭子に貼り付けていく。森は剃毛した足の付け根を再度消毒し、カテーテルを挿入する場所に局所麻酔を射つ。

 谷垣がすでにセットを終えていた血圧トランスジューサ、フラッシュライン、へパリン溶液、造影剤などを三方活栓に接続していく。素早くゼロ点調整を行い、カテーテル挿入前の12誘導心電図を記録する。

 狭小の〝手術室〟であるにも関わらず、谷垣の作業に淀みはない。省スペースに合わせて製作された機器や入り組んだチューブ類を効率よく整理して、無駄なく作業をこなしていく。

 その姿に、森が安堵したような表情を見せた。少なくとも、AORという特殊な環境を熟知した人物がバックアップしていることは心強い。

 森が圭子の太腿の動脈の位置を指で探りながら言った。

「圭子さん、気分はどうですか……吐き気とかしませんか……?」

 圭子の意識は、まだはっきりしている。

「大丈夫ですよ。もう手術が始まってるんですか?」

「麻酔かけてますから、痛くはないはずですよ。ぎゅーっと押される感じはあると思いますが、心配ないですから。でも、痛い時は我慢しないで言ってくださいね」

 森の声は、患者に不安感を抱かせないようにゆっくりとした口調に変わっていた。手術の際は、常にそう心がけている。

 森が指示するまでもなく、谷垣が無言で位置を入れ替わる。

 カテーテルを挿入し始めてからは、術者の背後で操作を補助するのが助手の役目になるのだ。谷垣は、手術の進行状態を観察しながら的確な行動を取れるだけのスキルを身につけている。

 森はかすかに笑みを浮かべ、カテーテル手術のルーティンワークを開始した。

 まず動脈に、三重構造になっているセルディンガー針を挿入する。この針をいったん皮下組織まで刺入し、垂直に立てた針先で動脈の拍動を確認する。次に動脈を穿通させるように突き刺す。血管を貫いたら内側の針を抜き去り、外側――柔らかい素材でできたカニューラを引っ張ってくる。針先が動脈の内腔まで抜けてくると、動脈血が勢いよく逆流してくる。針先が動脈に入ったことを確認すると、少し針を倒して血管内に数センチ押し進める。

 こうしてカニューラを動脈の中に残すのだ。

 次に様々な種類のカテーテルを通す入り口となるシース――カテーテル操作が容易になるように血管内に留置する器具を挿入する。最初にカニューラに短いガイドワイヤー――弾性に富んだ鋼線を加工したものを挿入していく。ワイヤーが血管内に通ったらカニューラを取り除き、シースを軽くねじって大腿動脈に押し込んでいく。シースは血液が逆流しないような構造になっている。

 カテーテルの〝入り口〟が確保されたら、動脈の中に長いガイドワイヤーを挿入して、血管の中に足の付け根から心臓までの〝通り道〟を構築する。

 ガイドワイヤーの先端の約3センチの部分には鋼線の芯が入っていないので、血管の進路に沿って柔軟に屈曲する。動脈を損傷する危険を減らしながら押し進めていくことができる仕組みだ。直径は0・8ミリ程度で柔らかく、表面はテフロンでコーティングされているので血管内部を傷つけにくく、血液の凝固も防ぐ。

 森はガイドワイヤーを巧みにコントロールしながら血管の中に差し込んでいった。血管の分岐点ではリアルタイムでレントゲンの映像を確認しながら、ワイヤーを挟んだ指先を細かく回して進行方向を調整する。ガイドワイヤーの先端が冠動脈の中を進んでいく。

 谷垣が無言で森を補佐する。

 通常、大腿の付け根からしばらくは、ガイドワイヤーとカテーテルを一緒にして一気に進めていく。しかしレントゲンの狭い視野からすぐに外れてしまう。空間のサイズ制限がない大病院ではベッド全体をワイヤ先端を追いかけるように動かしていくのだが、AORでは谷垣が画面を見ながらレントゲン本体を移動して、画像を調整しなければならない。

 その操作は、谷垣が足元のフットコントローラーで行なっていた。両手はガイドワイヤーを繰り出すためにふさがっているためだ。

 足の指でコントローラーのハンドルを挟み、左右上下に押す。その指示によってコンピュータがレントゲンのフレームを動かすのだ。また軽く倒すことによってレントゲン自体がその方向に傾く。急激な操作や大きすぎる移動はAIの判断でキャンセルされるので、動きがぎごちなくなることはない。

 森が、巧みにレントゲンを操る谷垣に語りかける。

「この狭さでよく操作できるものだな。だいぶ練習したんだろう?」

 谷垣はぶっきらぼうだ。

「それが仕事ですから。AIの補助もあるし」

「そうはいっても、自衛隊じゃカテーテル手術なんてそうそうないはずだ。僕が見たい場所をちゃんと見せてくれている。人体と手術を熟知している証しだ」

「滅多にない手術で失敗はしたくないですから」

 それが嫌味だと分かっていても、森はあえて答えた。

「僕だっておなじだ。失敗を喜ぶ医師はいない」

 谷垣がつぶやく。

「すみませんでした。施術中に言うべきことじゃありませんでした」

 緊張しながらも2人の会話を聞いていた圭子がかすかに笑う。

「わたしも失敗は嫌ですよ。仲良くしてくださいね」

 森も苦笑をもらした。石灰化した狭窄部分の少し手前で、森は言った。

「ガイドワイヤーが届いた」そして、口調が医師のそれに変わる。「まずは急性心筋梗塞に対しての血栓吸引を行い、血栓を取り除き次第ロータブレーターでの石灰化部分の除去とステント留置を行います」

 谷垣も自然に助手の態度に変わってる。

「バルーンカテーテルでの血栓摘除術は取らないのですか?」

 森はモニターに表示されているバイタルやレントゲン映像を考慮に加え、複数の治療法を検討していた。

「カテーテルを通過させる際に血栓を押し込んでしまうとまずい。遠位部に完全閉塞を作り、梗塞になる危険があります。バルーンで引き出すより、吸引した方が安全で確実でしょう」

「了解しました」

 血栓吸引は専用のカテーテルを閉塞部分まで進め、もう一方の端からシリンジなどで吸引する治療法だ。シリンジを引っ張ると血液と一緒に血栓が吸引でき、危機的な虚血を回避することができる。

 通常は吸引した血液をメッシュに出して血栓が取れたか調べ、改めて吸引した部分の血管を造影する。閉塞部分に再び血流があれば成功だ。しかし、もともと血管が狭まっていれば、再び閉塞するリスクが高い。圭子の場合は強度の石灰化が確認されている。すぐにカテーテルによる冠動脈形成術に移行することになる。

 谷垣が血栓吸引カテーテルのパックを開く。

 森は差し出されたカテーテルの先端部をつまむと、ガイドワイヤーに通してからシースに差し込んでいく。そのまま細いチューブを押し込んでいけば、ガイドワーヤーに沿って先端部が血栓に届く。先端部のマーカー――レントゲンにはっきりと映る部分をモニターで確認しながら、カテーテルを進める。谷垣がカテーテルの後ろを支え、森のペースに合わせて繰り出していく。

 術者の技量を完璧に発揮させるためには、助手の手際の良さが重要だ。指先の感触に全神経を集中する医師のリズムを阻害してはならない。過不足なく同調し、〝存在を感じさせない〟ように存在しなければならない。

 それが、助手の技量だ。

 ガイドワイヤーがカテーテルと一緒に入りすぎないように尾部をつかまえ、術者と連動させる。術者がガイドワイヤーを操作するときはすばやく手を緩める。術者がガイドワイヤーを引き抜いたらすぐワイヤを受け取ってヘパリン加生理食塩水のバットに浸し、付着した血液を洗う。そしてまた術者が使うタイミングを数秒前に予測して、術者に手渡せるよう待ち構える。カテーテル内の凝血を洗うためのヘパリン加生食を入れた注射器を、すぐに手渡せるよう手元に用意しておく。それら作業の動線が最短になるように機材を整理する――など、受け持つべき作業も多い。

 谷垣は極端に狭いAORの中で、その大役を完璧に果たしていた。

 圭子が、不意に激しく身を捩ろうとした。カテーテルが血管内を進む際には痛みを感じないのが普通だが、何かの違和感があったのだろう。

 森が話しかける。

「痛みがありましたか?」

 圭子の言葉はもつれがちだった。

「呼吸が……苦しくて……」

「ちょっと待っていてね。今、酸素のチューブを鼻に入れますから」

 そして谷垣を見る。谷垣はモニターの下を指差した。鼻に差し込む酸素チューブが下がっている。

 森はチューブを引き出すと、そっと圭子の鼻に差し込んだ。チューブの下にあったダイヤルを回す。

 谷垣は、その動作を無言で見守っていた。正しい使い方をしていることを確認しているのだ。

 2人はいつの間にか、AORでの特殊な協調体制を身につけ始めていた。

「圭子さん、どうですか?」

「ああ……少し楽になりました……」

「また何かあったら、教えてくださいね」

 言いながら、森は谷垣が差し出していたシリンジを受け取る。すでにカテーテルの端にセットされている。シリンジで血液を吸い出していく。

 谷垣が血液の濾過フィルターを差し出しながら言った。

 森がかすかに微笑みながら首を横に振る。必要ないと言う合図だ。

「血栓、吸ったよ」

「分かるんですか?」

「指先の感覚でね。数をこなしていれば、そうなるものさ。時間がないんだろう? 造影剤の準備を。これで緊急事態は回避できた。落ち着いて石灰化の除去にかかれる」

 ロータブレーターの機材はすでに用意されている。2人はスムーズな連携を見せながら、機材を切り替えた。

 AORの中に、歯医者のドリルのような甲高い回転音が充満する。冠動脈内部の石灰化部分を削り取るロータブレーターの作動音だ。

 森が満足げに言った。

「アドバンサーは完璧に動いています。飛行機の振動もほとんど感じない。これなら、手術にかかれます。圭子さん、今の音、分かりましたか? これは手術の器具を動かしている音ですから、心配しないでくださいね」

 圭子の答えははっきりしない。

「はい……」

 鎮静剤で朦朧としてきたようだ。

 と、ドア横のインターホンから中野の声がする。

『中野です! コックピットから脱出しました! 統幕との通信が断たれました。そちらはどうですか?』

 谷垣が答える。

「手術に入っています! ドアはロックしてますけど、そっちは大丈夫ですか⁉」

『長谷川はコックピットに閉じ込めてあります』

「山下は⁉」

『目の前だけど、戦意消失。もう抜け殻みたいだから、敵じゃありません』

「は? 何したんですか⁉」

『事実を教えただけ。それより、手術はあとどれぐらいかかるの⁉』

 森が言った。

「おそらく、30分ちょっと」

『できるだけ早くお願い。この機体、空戦になるかもしれないから』

 谷垣が諦めたように言う。

「やっぱりね……」

 森が問う。

「なんだよ、空戦って……」

「今は気にしないで、手術に集中してください。中野さん、窮屈でしょうけど、そこで待っていてください!」

『了解。でも、お願いがあるの。手術の手が空いたら、一刻も早く頼みたいんだけど』

「なんですか?」

 中野が要求した〝作業〟は、とんでもない内容だった。

 その狙いを理解した谷垣が、覚悟を決めて答えた。

「計画は分かりました。俺も乗りますよ。20分ぐらいしたら取りかかれると思います!」

『よろしく。それが済んだらこっちにも手を貸してね。コックピット、取り返すから!』

「分かってます! あとはキャビンと話してください!」

「全く、何が起きてるんだか……」森はため息をもらしてから、谷垣に指示した。「仕方ない、施術を開始します。最初は最小サイズのバーで」

 谷垣がパッケージを開きながら答える。

「1・25ミリになります。他に、1・75、2・50ミリを用意しています」

「分かりました」

 森は谷垣から受け取ったロータブレーターをガイドワイヤーに通していく。

 ロータブレーターシステムは、歯科医のドリルを延長したような装置だ。

 血管内部に固着した石灰化部分を削るのはバーと呼ばれるパーツで、先端のラグビーボール状の金属部品に30マイクロメートル以下のダイヤモンドチップが数千個埋め込まれている。このチップが柔軟性があるドライブシャフトにつながり、駆動される。ドライブシャフトは中空状になっていて、セントラルルーメンと呼ばれる空洞の中にガイドワイヤーを通して血管内に挿入していく。

 シャフトを駆動するのがアドバンサーで、小学生の筆箱をいくらか大きくしたぐらいの形状の装置だ。内蔵する小型のガスタービンに圧縮窒素を送り込むことで、シャフトを高速に回転させる。その回転数は最高で毎分20万回に及び、モーターでは作り出せない速さを実現するのだ。

 アドバンサーの中央のつまみでは、バーを前後させて石灰化部分に当たる力を細かくコントロールすることができる。またアドバンサーはブレーキも装備していて、バーの駆動中にガイドワイヤーが回転したり動いたりしないようにしっかりと保持する。

 セントラルルーメンにはカクテルと呼ばれる液体が流され、バー回転時の摩擦熱を吸収する。カクテルは生理食塩水に抗凝固剤のヘパリンなどの薬品を混ぜたものだ。システムにはその他、各部品を接続するコンソールと、回転数を制御するフットペダルが含まれる。フットペダルは今、森の足元にあった。

 主治医が高速回転するドリルで石灰化部分を削っている際は、助手がモニターに表示される回転数を読み上げ、血管内に接触している時間を計測する。切削時間は一回につき30秒以下というのが安全性を保つための基準とされている。患者が痛みを訴えたり心電図や血圧などに異常があれば、切削を中止して時間を置かなければならないのだ。石灰の削りカスは極めて細かいため、そのまま血流に乗せて流してしまって支障はない。

 石灰化の形や硬さは人によって異なる。硬すぎてロータブレーターでさえ削れない場合もある。無理をして削ろうとすれば石灰化部分が割れ、血管を内部から突き破る危険もある。

 谷垣の姉を襲った〝事故〟が、まさにそれだ。

 治療が可能かどうか、どこまで継続すべきかは主治医が判断を下さなければならない。アドバンサーを操作する医師の経験と指先の感覚だけが、治療の成否を決定づけるのだ。その意味では、職人的な勘の鋭さと器用さが求められる治療法だ。

 森はかつて、その全てを身につけた医師だった。そして、失敗した医師でもあった。

 森が、自分を励ますかのように言った。

「では、始めます」

 アドバンサーの回転音が急激に高まっていく。

 谷垣がモニターに表示される回転数を読み上げる。

「100……120……150……」

 数値の上3桁を伝えているのだ。回転数は急速に毎分20万回転に迫っていく。

 森がアドバンサーのつまみを細かく動かしながらつぶやく。指先の感触だけで、石灰化の状況を測ろうとしている。

「硬いな……これは、歯並みの硬さだな……」

 谷垣の目は、患者のバイタルを表示するモニターから離れない。さらにその横には、リアルタイムでレントゲン映像が表示されている。

 谷垣が問う。

「削れそうですか?」

 森の表情は暗いが、指先は細かく動き続けている。その目も、レントゲン映像を注視したままだ。

「難しいところだな……すぐに外科手術に移れるだけの体制があれば、思い切って先に進めるんだが……」

〝この感触〟は、指先が覚えていた。決して忘れないように、森が己の心に刻み込んだ〝戒め〟だった。失敗の代償に得た貴重な経験だ。

 医師は、そのような失敗を糧にして技量を研ぎ澄ませていく。かつての森も、そう考えていた。だが現実は違った。失敗に打ちのめされ、逃げた。それは、森が真の医師とは呼べなかったからだ。

 今、指先に残っていた〝失敗の感触〟を思い起こしながら、森は決意した。

 今度は逃げない。この手術は、絶対に成功させる。少なくとも、気持ちで負けてはならない。

 谷垣が心配そうに問う。

「そんなに……? 中止も考えるべきでしょうか……?」

 森自身の迷いでもあった。

 ここはおそらく、手術可能な限界点だ。外科チームがいつでも交代できる病院でなら、多少の危険も犯して〝成功〟に賭けるだろう。だが、ここにいるのは森たちだけだ。AORの中では開胸手術も厳しい。外科手術の基礎的技量は身に付けているが、すでに専門外のために執刀数が多いとはいえなかった。AOR自体は外科手術にも対応しているとはいえ、それも最低限の設備でしかない。輸血の用意も万全ではない。

 迷いが膨れ上がっていく――。

 同時に、森は迷っている自分自身に気がついた。

 気持ちで負けてはならない。谷垣の姉は、特別に血管が脆いという特殊事情を抱えていたのだ。全ての患者に共通する体質ではない。これまで診てきた工藤圭子に、同じ兆候が見られるわけでもない。

 自分は、この壁を守り超えなければならない。血管を破るかもしれないという恐怖に、打ち克たなければならない。

 真の医師になるために――。

〝次の一手〟で判断しよう――そう決めて、森はそっとアドバンサーのつまみをを押し込んだ。

 と、ふっと抵抗が軽くなった。

 森の頬にわずかな笑みが浮かぶ。

「いや、大丈夫だ。今、バーが通った。硬いことは硬いが、石灰化した部分が割れるほどではない。この調子でバーの口径を大きくしていけば、削り切れる」

 森の表情は和らぎ、言葉は確信に満ちたものに変わった。

 手術はバーを交換しながらさらに15分ほど続いた。そして、石灰化部分を完璧に削り取ることに成功した。困難な部分は無事に乗り切ったのだ。

 残るは、難易度がさほど高くはないバルーンによる冠動脈の拡張とステントの留置だ。森と谷垣は、まるで長年ともに手術をこなしてきたコンビのように、スムーズにルーティンワークをこなしていく。

 森が言う。

「バルーンも問題なく膨らんだ。後はステントの留置だ」

 ステントは金属でできた網目状の筒で、血管内に挿入してからバルーンで広げ、内側から血管壁を支える。血管の内側が狭くなって血流が滞ることを防ぐための器具だ。

 谷垣が、最新世代の薬剤溶出型ステントを手渡す。治療直後に再狭窄することを防ぐために、あらかじめ薬剤が塗布されている。このことによって、ステントが血管組織と馴染みやすく、異物として認識されて再狭窄を起こすリスクを軽減するのだ。

 ここから先は森にとっても手慣れた作業で、助手の負担も軽くなる。

 森が言った。

「谷垣さん、中野さんのプランを始めてください」

「いいんですか?」

「僕らの命がかかってるんでしょう?」

 谷垣がニヤリとうなずく。

「ですよね」

 谷垣は中野の作戦に沿って通信機器の調整を始めた。しかし視線は時おり森の手先を置い、補佐が必要だと判断するとすぐに手術に復帰する。そのおかげで森の手が滞ることはほとんどなかった。同時に、中野の依頼も予定より早く開始される。 

 さらに10分後、ステントはバルーンによって無事に拡張され、手術は終わった。後は器材を患者から取り除き、止血をすればいいだけだ。傷口は穿刺部止血デバイスで縫うので、3時間ほど足を伸ばして安静を保った後なら、自分の足で歩くこともできる。

 この術後の回復の速さが、カテーテル治療の最大のメリットなのだ。手術による体力低下も限りなく少ない。開胸手術では絶対に実現できない成果だ。

 森は圭子に語りかけた。

「手術は無事に終了しました。ただし、あらかじめ説明した通り、このまま3時間は安静を保っていただきます」

 意識がはっきりしてきたのか、圭子が微笑む。

「ありがとうね。それに、お2人、仲良くなれて何よりです」

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