第5話


 翌日、良く晴れた空の下。

 私とヴォールク様は街の外を馬車に乗っていた。

 どうやら案内したいのは、首都から少し離れた場所にあるらしい。


 そして数時間の短い馬車の旅を楽しんだ後、私たちは目的地へと到着した。



「もしかして、ここは……」

「あぁ。ここが魔窟まくつ。魔石の採掘場の一つだ」


 下車した後、ヴォールク様に手を引かれて案内されたのは大きな洞窟だった。



「なんてキレイな……」

「だろう? ヴァジニの自慢なんだ。……場所はただの鉱山だが」


 私の視界に広がっていたのは、昨晩観た星空にも引けを取らない程にキラキラと煌めく、満天に広がる星々だった。



「壁や天井に埋まっている魔石の欠片や屑が発光して、まるで星空のようになるんだ。これが昼間にも見えるっていうのは、中々にロマンティックだろう?」

「はい……感動しました……」


 ヴォールク様の腕をギュッと抱きしめながら、辺りをグルッと見渡す。


 何処を見ても色取り取りの星々が。天も、壁も、床でさえも。まるで空の中に浮かんでいるかのような幻想的な景色だ。


「凄いです。こんな近くに星が……ほら、掴めちゃいそうですよ!?」

「あぁ、本当にな」

「願い事だって願い放題ですよ!? 知ってますか? 流れ星に願いを込めると叶うかもしれないんですよ!」

「流石に魔石は流れないけどな」


 子どものようにはしゃぐ私をヴォールク様は「うん、うん」とあやしていた。


 こんなにも美しいものが見ることができるだなんて。


「そうだ、ヴォールク様は星座を知っていますか!?」

「うん? 星座とはなんだ?」

「私の母が居た国では占星術として星を繋げ、一つの物として表現するのです。動物だったり物だったり。それぞれに意味や物語があって、吉兆を占う時にも使ったりするんですよ」


 と、ここまで言って「しまった」と自分の口を手で塞いだ。


 つい調子に乗ってペラペラと喋ってしまったけれど、占星術はソル王子に気味が悪いと言われたのだ。

 もしかしたらヴォールク様も……


「……そうか。それは興味深いな。是非ともクレハには教えてもらいたい。ところで一ついいか?」

「えっ……? は、はい!!」


 なんだろう。

 とても真面目な声色だったけれど……。


「星と星を繋いだのが星座、というならば。この即席の宇宙にいる俺とクレハも、夫婦と言う絆で繋がることはできるだろうか?」

「それって……」

「俺と結婚して欲しい。最初に出逢った時から、俺はクレハに惚れていたんだ。不安要素だったヴァジニの事もこうして好きになってくれた。どうだろう、次は俺の事も好きになってはくれないだろうか」


 

 ふと隣りを見てみると、ヴォールク様は優しいオレンジ色の光に包まれていた。


 それは優しく、私も包み込んでいる。

 決して他の星の輝きを邪魔することも無く。

 ただそこに居るだけの存在も、彼は決して無碍むげにはしない。


 なにも悩む事はない。

 私の心はもう、決まっていた。



「はい。こんな私で良ければ。末永くよろしくお願いします」

「ああ。これからもよろしくな」


 いつかと同じ、優しく私の頬を伝う雫をぬぐってから、そっと抱きしめてくれた。


 あたたかい。

 私はもう、この温もりを手放せなさそうだ。



 いつまでそうしていただろうか。

 こう密着しているのも、少し恥ずかしくなってきた。


「なんだか可哀想ですね……」

「ん? 何がだ?」

「この魔窟の魔石たちです。だって同じ色同士でくっついていても、いずれは世界中に離ればなれになるだなんて……」

「クレハ……今、なんと……?」


 私のふとした発言に驚いた声を出すヴォールク様。


「いえ、こんなにも沢山の色がある魔石なんですから……」

「魔石に色……だと!?」

「え?」


 色は見ての通り、赤や青、黄色だってある。

 まるで彼らに感情があるよう。


「クレハ。もう一度聞くが、この魔石には色があるのか……?」

「……? はい、様々な色が……ってもしかして!」

「あぁ、光ってはいるが俺の目にはどれも同じ光だ。色なんて無い」

「もしかして魔石病の原因って……」

「――急いで帰るぞ!」

「はい!」



 何かを掴みかけた私たちは魔窟から出ると、馬車に飛び乗った。

 そして街にある加工場へと突撃するとさっそく調査を開始した。


「色? 色なんてあるわけが無いですよ?」

「もう何十年もここでやってるが、聞いたこともねぇな……」


 やはり、長く魔石に触れてきた職人でさえも誰も色があるということを知らなかった。

 色が見えるのも、その違いが分かるのも私だけだった。


 そこで私たちは様々な実験をすることにした。

 まずは色の違う魔石同士を近づけたり、離したり。


 すると、魔石の色に変化があったのだ。

 共鳴するかのように色が強まったり、逆に薄くなった。


 この推測を元に、私は人に対しても試してみることにした。


「色が……消えた」

「なんてことだ。魔石病の発作が治まったぞ……!?」



 そう、魔石病を発症している人の色を消すことによって症状の治療ができたのだ。

 これにより、このヴァジニの国が長年苦しんできた病に光明が差した。


 同時に他の国家に輸送する際も、色を消す事で運送者のリスクを減らすことに成功。周辺国家にもたいそう感謝された。


 ……だがあのソル王子には教えなかった。

 その理由はソル王子が魔石病の危険性よりも量を取ったから……というのもあるんだけど。

 民の猛反発を喰らった彼は程なくしてクーデターを起こされ、国に混乱を齎したとして処刑されてしまったらしい。



 とまぁ、他国の情報はともかくだ。

 このしらせに、ヴァジニの民は歓喜した。

 それもそうだろう。二度と起き上がれないと思っていた家族が、何事も無かったかのように立ち上がった。

 愛する人が、子どもが、国王が。ありとあらゆる人に劇的な効果を示した。



 国中を驚かせるような朗報のお陰で、みんなが私をヴォールク様の妻となることを祝福してくれた。


 だけど本当は、私のお陰なんかじゃない。

 この能力を素晴らしいものだと気付かせてくれた、ヴォールク様のお陰だ。

 



「色が怖ければ、自分でその色を変えてやれば良いということだな。これは人も同じだ。安心しろ。怖い時は俺がそばで護ってやるから」

「はい。ヴォールク様さえ居てくだされば、私はもう、何色にも染められませんわ」



 こうしてヴァジニの国は救われた。

 クレハの色を見る能力は一族に受け継がれ、魔石を安全に採掘する指導者として絶対的な信頼を受けた。

 だが何よりも、彼らは人の本質を見てくれる者として、いつまでもいつまでも民から慕われていたそうだ。






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