第3話 溺愛王子には勝てませんでした


 麦畑でのお茶会の後。

 私は王子が乗ってきた馬車へと乗り換え、進路を新王都へと移すことになった。


 たった数日間の旅路だったけれど、この間にテオ王子とこの国について知ることができた。


 博識な彼の話す内容はどれも興味深く、私の知らないピスタの文化はとても新鮮で……これを認めるのはちょっとだけ悔しいけれど、もっとこの馬車の旅を続けたいと思えるぐらい楽しい時間だった。




 ただ、王都へ来てからが大変だった。

 まるで他の国の王族が来たかのような大歓迎を受けてしまったのだ。


「(な、なんなの!? この歓迎の嵐は……)」


 テオ王子の隣りに立っていた私が聖女だと分かった瞬間、周囲から歓声が上がった。

 さらには王城に居た王様や官僚の人々、メイドや門番にまで詰め寄られ、次々と握手を求められる始末だった。


 ここに来るまでの旅で私は既にヘトヘトだったんだけれど、粗雑な態度なんてとれるはずもなく。行列まで作って歓迎してくれた彼らに、笑顔で対応するのは……今思い出しても本当に大変だったなぁ……。




 そしてあっという間に時は流れ、私がこのピスタに来てからひと月ほどが経った。

 結局私はメマラン聖王国には戻らず、客人としてテオ王子の公務に協力している。



 あの農村の瘴気について、聖女としての見解を説明したり。

 虫害の対策や、民衆の目線で意見を上げたり。


 官僚さんたちも最初こそ戸惑っていたけれど、直ぐに取り入れてくれるようになった。



 国政の指揮をテオ王子がとっているからなのかな?


 とにかく、私にとっては凄く助かった。今日も農作地の改良について、担当の大臣と激しい意見を交わしてきたところだ。



「でもまさか、新しい農薬について尋ねられるとは思わなかったわ……」

「だから言っただろう? 僕って」

「王子はまたそうやって言葉遊びを……」

「んんー? 元はと言えば、君が始めたんじゃなかったかな?」

「……」


「「ふふふふっ」」



 そして仕事を終えた私たちは、テオ王子の部屋でお茶を楽しんでいる。

 相変わらず私は王子に悪態をついて、それを彼が上手にかわしていく。こんな他愛もないやり取りが、私には楽しくて仕方がない。



 だけどさすがにもう降参だった。

 言葉では彼に勝てない。


 私の負け。

 それは認めるわ。



「ねぇ、テオ様」

「今は二人っきりなんだ。“様”は要らないよ。……なんだい、アイラ」

「……本当に私が貴方の妻で良いの? こんな、一度は捨てられた可愛くない女なのに」


 そしてこれも認めよう。

 私はテオのことを、本気で好きになってしまっていた。


 恥ずかしながら、たった一ヶ月で彼にほだされてしまったのだ。


 今まで意地を張って、聖女のプライドの為にって独りで頑張ってきたけれど。この人ときたらそれがどうでも良くなるぐらい、ドロドロに甘やかしてくるのだ。


 そしてその温もりが……今では私の中で掛け替えのない物になっている。



「なにを今更な事を言っているの? 君と出逢った頃の、情けない僕を思い出してごらんよ。あんな子供みたいに駄々をねてアイラを引き留めていたじゃないか。それに僕は一目見た時から、君を可愛い女の子だと思っていたよ」


「……ズルいですよ、そんな言い方。あの時の私は気が立っていたんです。これでも申し訳なかったと思っているんですから」



 ちょっとした不安も、こうして簡単に溶かされてしまう。


 最初のやり取りはかなり礼を失した言動だったと、今ではとても反省している。


 だって……アレのせいで王子とは自分本位で女には理解を示さない、冷徹な生き物なのだと勘違いしていたから。


 ……うん、全部モーンド王子が悪い。



「だからこれからも、僕の隣りで支えて欲しい。代わりに、僕が君を守るから」

「……はい」


 見つめ合っていた二人の距離がゆっくりと近付く。


 ……そっと口が重なり合った。



 こうして記念すべきピスタ滞在一ヶ月の夜に、私の知らない知識がまた一つ増えた。

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