第2話 王子はもうお腹いっぱい


「とまぁ、そんな訳で私はあのズキア王国を追放されたのです……その上で私を城に招きたい、と?」

「うん。なおのこと、僕は君に興味が湧いたよ」

「はぁ……」


 屋外に置かれた丸テーブル。その上には見るからに高級そうな白磁のティーセットが置かれている。

 横からスッとダンディな老執事がやってきて、馴れた手つきでお茶のお代わりと焼き菓子を提供してくれた。


 向かいの席では緑色の髪をした爽やかな貴公子が、キラキラとした笑顔を私に向けている。

 周りの景色は一面の麦畑だけれど、ここだけは貴族のお茶会みたいだ。



 ……どうしてこうなった。


 私は今、メマラン聖王国へと出戻り……ではなく。どういうわけか、ズキア王国の隣りにあるピスタ新王国に居た。


 しかも目の前ではピスタの王子である、テオ王子が優雅にカップを傾けている。


 もう王子なんてモノ、一生関わるものかと決意した挙句がコレである。

 いったい何の因果なのか……どうやら私は、変な王子様に再び捕まってしまったようだ。



「いやぁ、君が偶然ピスタに来てくれて助かったよ。ある意味では、モーンド君に感謝をしなくてはならないだろうね」

「……私は、さっさと母国へと帰りたかったのですが」


 あの一幕があった後、追放の身となった私は荷物をまとめて早々に国を出た。


 もちろん、送迎なんてものは無い。

 商人に対価を払い、交易に使っている馬車のスペースを借りてメマランへと帰ろうとしていた。



 それなのにどうして全く別の国に来ているのかと言うと、『ピスタの辺境にある農村で瘴気が出た』という噂が流れたせいである。


 私も最初は、メマランへ向かう商隊の馬車に乗っていた。だけど噂を聞いた商隊長が急遽、ピスタ方面へと進路を変えてしまったのだ。


 普通なら、そんな危ない場所に敢えて近寄ったりなどしないのでは?

 私はそう思ったんだけど、彼ら商人にとっては『瘴気の影響で農作物に被害が出れば、商品である小麦が売れるから』らしい。



 そんなわけで、商機に敏感な商人たちはこの話に飛び付いた。聖王国へ行く流れの馬車は軒並み行き先が変わってしまい、仕方なく私もそこに乗っかったってワケ。


 メマラン行きの定期輸送便を待っても良かったんだけど、私の目的は一刻も早くあの国から出ることだったし。

 多少の遠回りをしてでも帰れればそれで良いかなって、その時の私は思っちゃったのよね……。



 計算外だったのは、商隊が向かった村にこのテオ王子が居たこと。いや、誰がこんな田舎の村に王子様が居るだなんて想像できるのよって話なんだけどね。


 なんでも、彼は自国に現れた瘴気の影響を視察しに来たらしい。

 まったく、なんて民想いな王子様だこと。どこかの馬鹿王子に爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいわね。


 ……それで私も私で目立っていたから、ひと目で私が聖女だとバレてしまった。まぁ、修道服を着ている女なんて普通はこんなところに居ないからね。



「で、どうかな。僕が君を守る代わりに、君の力で僕を助けて欲しい」

「しかし……」

「もちろん、どこかの国と違って、ちゃんと手厚く歓迎するからさ」


 ちょっとだけ意地の悪い顔で、私にそんな提案をしてくるテオ王子。髪と同じ碧色へきしょくの瞳が、私ならやってくれると期待しているようにも見える。

 モーンド王子とは違い、言葉遣いは優しいけれど……この私がそう簡単に騙されるものですか。



 それに私が浄化を渋っているのには、他に理由がある。説明してあげても良いけれど、この王子が理解してくれるかなんて保証はどこにもない。

 もし逆上なんてされたら、今度こそ生きて母国へ帰れないかもしれないし。



「殿下、聖女様を試すような真似は……」

「分かっているよ、ディズ。だが僕は聖女としてではなく、アイラ嬢の意見が聞きたいんだ」

「……それは、失礼いたしました」


 ――おっと。

 さっきお茶の準備をしてくれていた老執事さんが、王子に苦言をていしてくれた。


 けれど王子の真意が分からなければ、私は考えを変えるつもりはない。



「……私の意見、ですか?」

「浄化の力は疑ってなどいない。むしろ信用しているからこそ、なぜ君がそう言ったのかを知りたいんだ」


 うーん、適当に誤魔化しても良いけれど……それはそれで、聖女としての信条に反する。ここまで知りたいというのであれば、ハッキリと言わせてもらおう。



「……私には、この村を襲っている災害を浄化することは出来ません」

「ほう、それは何故だ? 、と?」



 ほうら、やっぱりそう来た。

 信用しているだなんて言っておいて、心の中では私の力を疑っていたのかしら?


 そしてこうも思っているんでしょう?

 私たち聖女が、教会からチヤホヤされているだけの集団だと。

 大した努力もせず、自惚うぬぼれと自尊心プライドだけで大言壮語を言っているのだ、と。


 ……いいでしょう。

 そうやって私たちを舐めているのなら。

 私は言いたいことだけ言って、さっさとこの国から出ていってやる。



「この村の凶作は、植物を襲う病によるものです。瘴気などではありません」

「……その根拠は」


 ふーん、まだ聞く気があるの?

 ならもう少し話してみようかしら。



「この病気は虫を媒介として伝染します。この村へ来る途中で、その虫と病気になりかけの小麦を見ました。……手遅れになる前に小麦を刈り取り、倉庫へ隔離する必要があります」


「だがそれでは、未熟な小麦しか収穫できないな。更に農民は困窮するだろう」


「えぇ。ですからこうして、に話しているのです」



 これで理由は示した。

 あのモーンド王子だったら、話の途中でキレて私を殴っていたでしょうね。


 さて、このテオ王子はどうするのかしら?

 私が言ったことは本当だ。だけど何故急ぐのか、なぜ農民の反感を買ってまでや必要があるのか。そこまでは敢えて教えてあげない。



「……」


 王子は手であごを押さえながら、何かを考えている御様子だ。

 このまま日が暮れるまで悩むのかと思ったけど……そう時間も掛からず「よし」と頷いた。



「――分かった。ディズ」


「はっ。近隣の村へ早馬を走らせましょう。しかし殿下……」


「そうだな、民には目に見える補償が必要だろう。今年の税率を下げる。国庫にある戦時用の小麦も放出しよう。後の詳細は城に戻ってから官僚と相談だな」


「……承知いたしました。では、さっそく」


「あぁ、頼んだぞ」



 テオ王子が老執事に命令すると、年齢を感じさせない機敏な動きでスッと去っていった。


 あまりにも早い決断。

 そして民を想った行動。


 それらがあっという間に行われていく光景を、私はただポカンと眺めていることしかできなかった。



「意外だった? 僕が君の意見をすんなりと受け入れたことが」

「……え? えぇ、そうですね」


 てっきり怒り出すのかと思ったわ。それか何だかんだ理由をつけて、浄化だけさせてその場しのぎをするのかと。


 そう、あのモーンド王子みたいに。



「ふふっ、その理由はそのうち分かるよ。……それで、どうだろう。少しは僕のことを信じてくれたかな? このまま一緒に、王都の城に来てくれると嬉しいんだけど」


「……村の件が済んだのなら、私は帰らせていただきたいのですが」


「おっと、それはいけない。最初に『守る代わりに、君の力で僕を助けて欲しい』と約束しただろう? 解決策を出した瞬間に君はもう、約束の半分を履行しているじゃないか」



 うぐ、しつこい。

 ていうか勝手に私が約束をしたことにしないで欲しい。



「村の浄化はしていませんよ?」


「んー、はぐらかしても駄目だから。君の最大の力は浄化じゃなく、『物事を正確に見極める目』の方だろう?」


「そ、それは……」


「それに僕はではなく、を貸してくれと言ったんだ。君がその力で救ったんだから、それを嘘だと言うのかい?」



 ――くっ、嫌な言い方。

 やっぱり、この王子様。見た目の柔らかさに騙されちゃいけない、王族特有の小狡さがあったわね。


 ニコニコとしながらも、あのみどりの瞳で『まさか、逃げないよね?』と訴えてくる。聖女としての信条を自分から出した手前、私も引き下がれない。



「……分かりました。少しの間だけ、お世話になります」

「よろしい。……改めて、ようこそピスタ新王国へ。僕たちはアイラ嬢を歓迎する」


 

 テオ王子がしてやったりな顔なのがしゃくさわるけれど……まぁコレも仕方がないわね。


 私は深いため息を吐いてから、テーブル越しに差し出された手を握り返すのであった。

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