陰キャな俺は、憧れの男に恋する幼馴染を寝取りたい

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幼馴染は結ばれるものだと信じている時期が俺にもありました


 世の中の寝取られモノ、寝取りモノ。

 俺はどっちも大っ嫌いだ。


 だってそうだろ?

 人の愛情を他人から奪うなんて、人間として最低の行為だ。


 だけど俺は……。

 好きな人の恋心を奪いたい。そう願ってしまった。

 それも幼馴染の大事な、初めての恋心を。



「いつか真尋マヒロお兄ちゃんが、私を迎えに来てくれるんだよ! それでね、私……お嫁さんにしてもらうの!!」



 幼馴染はことあるごとに、真尋という男の話を幸せそうに語った。それを隣りで聞かされる度に俺は、耳を塞いで逃げ出したかった。


 本当は、嫌われたくなかっただけなんだ。

 想いを告げて、一緒に居られなくなるのが怖かった。



 人の物を奪ってはいけません。

 そんな親の言いつけを守る子どもみたいな言い訳で、俺は逃げ続けてきた。

 だけどそんな生活は、もう終わりだ。



 ――俺は幼馴染を、寝取ることに決めたのだ。



 ◇


 出会いと別れ。そして恋愛の季節である春が、今年もやってきた。


 今日から俺は高校2年生となる。

 短かった春休みも終わり、学校へ行かなきゃならない。


 俺は眠気の残る目を擦りながら、桜舞い散る通学路をぼんやりと歩いていく。

 少し肌寒さが残っているものの、だいぶ日差しが暖かくなってきた。



 あ~、久々に着る制服がダルい。

 早くゴールデンウイークになってくれないかな。


 そんなことを歩きながらグチグチと考えていたら、


「おっはよー、蒼汰ソウタ!」 


 背後から聴き慣れた声が掛けられた。


 振り返ってみれば――あぁ、やっぱり。

 小走りでこちらへやってくる、セーラー服の少女が目に入った。


「ってなにその顔。ぷぷっ、ひっどい顔~!!」

「……はぁ!?」


 コイツは俺の幼馴染である桜庭サクラバ朱音アカネ――そして、俺の好きな人だ。


「朝から五月蠅うるさいな。いいだろ別に、俺がどんな顔してたって……っていうかお前だって何だよ、その目のくまは。いい加減、メイクぐらいしたらどうなんだよ……」


 数日振りに会ったというのに、ひと言目からコレである。顔を見たら無性にイラっときたので、ついつい言い返してしまった。


「むっ!? メイクならしてますぅ~! ナチュラルなメイクが女の素材を一番活かすんだよ! って、童貞の蒼汰には分からないかなぁ~?」

「はいはい。処女の朱音さんはどうぞ、そのナチュラルな清いままで一生を過ごしてくださいな」


 だいたいお前なぁ。

 喋り方こそ陽キャっぽいけれど、見た目がダサいんだよ。眼鏡もオタクっぽいし、オシャレなんてしたこともないじゃないか。


 性格だって色気が無い。

 俺と一緒にジャージで公園を駆け回っていた小中学生の頃と、見た目も中身も殆ど変わっていないだろお前。


 普通に下ネタを言ってくるし、俺のことをベタベタと遠慮なく触ってくる。お前は男友達かよっていうぐらいの気安さだ。


 恥じらいが無いと言うか……つまり女らしさが欠けている。


 普通はさぁ、JKが高2にもなったらさぁ?

 メイクをしたり、スカートを短くしたりなんかで、少しは色っぽくなるじゃん?? マジでさぁ、悔しかったらパンチラの一つでもして誘ってみろっつーの。



 そんな事をつらつらと全部言ってやったら、朱音の顔はみるみるうちに修羅の鬼と化した。


「は? いきなり女の子に何言ってんの? ていうかパンチラ強要とか、マジでセクハラ~」

「朱音のドタマにでっかいブーメランが刺さってんぞ? あ、悪い。それはお前のポニーテールだったわ……って痛い痛い!! 悪かった、言い過ぎたから首絞めんな!!」

「……死ねっ!! ……死ねっ!!」


 ついうっかり、俺は朱音の地雷を踏み抜いた。俺はヘッドロックをされたまま、通学路を引きられていく。


 唯一女らしい部分だった、無駄に膨らんできている胸。その柔らかさに俺の頭が挟まれて、幸せな気分……とかそんな場合じゃない。


 コイツ、マジで俺を殺そうとしている……!!



 ちなみに、コイツがどうして髪型ごときでここまでキレたかって言うと……


「お前の大好きなお兄ちゃんが、可愛いって褒めてくれた髪型なんだもんな! 分かってるって、もう馬鹿にしないから!」


「……嫌い!! 蒼汰なんて一生童貞のまま腐っちゃえ!!」


「なにが!? ねぇ、何を腐……ちょっ、お前その顔マジで怖いよ!!」


いでやる……そしてアンタを地獄に送る……っ!!」



 何年も昔に褒めてもらった髪型を、朱音はずっと大事にしている。

 それが俺にとって……どうにも気に入らない。



 ……くそっ、何が真尋お兄ちゃんだ。


 あんなの、幼い頃の幻想じゃないか。



 朱音の家は、母子家庭だった。

 生まれてすぐに両親が離婚し、朱音は母親に引き取られたんだそうだ。


 父親からは離婚した後も、キチンと仕送りがあった。

 だけど朱音のお母さんは娘に不自由させないために、ずっとパートで働いていた。

 お母さんが家に居ない間は、施設に預けられ……幼い朱音はとても寂しい思いをしていた。


 そんな時に知り合ったのが、朱音の言う『真尋お兄ちゃん』だった。

 ソイツも同じ施設に預けられていたようで、同じ境遇だった朱音に目を付けたようだ。


 独りぼっちだった朱音は自分を構ってくれる真尋と出逢い、仲良くなった。

 そして――。



 朱音はきっと、気付いていない。

 それは本当の恋心なんかじゃないって。


 父親のいない朱音が、初めて頼れる異性と出逢った。ただの親愛を、恋と勘違いしているだけなんだ。



 だからこそ、悔しい。

 俺が先に出逢っていたら、とっくに俺たちは恋人になれていたはずなのに。



「はぁ~。こんなクソ幼馴染じゃなくて、真尋お兄ちゃんと会いたいなぁ」

「もう10年以上も前の事だろ? 向こうはとっくに忘れてんじゃないのか?」

「そんな事ないもん!! お兄ちゃんと出逢ったのは運命だよ? 絶対に再会するんだもん!」


 そんな小さな頃のことでそこまで……と思うかもしれないが、コイツはガチだ。

 もはや不治の病と言っても良い。



「――まったく。そんな調子だから、蒼汰は彼女ができないんだよっ」

「いいんだよ、別に。そんなの興味ないし」

「ふぅん? まだ好きな人はできないの?」

「……別にいいだろ、俺のことなんか」


 本当は目の前に居るんだよ馬鹿、って言ってやりたい。お前は絶対に真尋と結ばれるわけが無いって分からせてやりたい。


 ……そう、言えたら良かったのに。



 朱音の想いは痛いほど分かっている。

 だからこそ、俺は真逆の事を考えて罪悪感でいっぱいになる。


 お願いだから、朱音がお兄ちゃんと再会しませんように。

 小さい頃の恋心なんて風化して、俺の方を向いてくれますように。


 それが叶わないならせめて、このままずっと隣りに居させてください……。



 欠伸あくびをしながら横を歩く俺の大好きな人。

 それを視界の端から外れないようにしながら、俺はこの通学時間を楽しんでいた。




 ◇


 そんな俺の想いは呆気なくブチ壊された。


 始業式が終わり、朱音と一緒に教室へ戻る途中。

 同じクラスになれたことを、密かに喜んでいる最中での出来事だった。



「――真尋お兄ちゃん!!」

「え……?」


 廊下に響く、耳を疑うような朱音の言葉。

 そして驚きの表情を浮かべる見知らぬイケメン。


 今コイツ……真尋お兄ちゃんって言ったか……?


 その疑問に答えるように。

 感極まった朱音は、ソイツの胸へと飛び込んだ。



 突然のことに、辺りは騒然となる。

 独り置いて行かれてしまった俺は、呆然と立ち尽くしかなかった。

 おい、嘘だろという思いが頭の中でグルグルと回っている。


 そんな俺のことは露知らず、朱音は喜びの感情を爆発させていた。


「ねぇ、私だよ! 朱音!!」

「え? あぁ、もちろん覚えているよ。久しぶり……」

「ずっと会いたかったよ! うぅ~、本物の真尋お兄ちゃんだ~!!」


 テンションが振り切れてしまったのか、相手の胸元に頬擦りまでし始める朱音。

 周囲も突然のピンクムードに、ざわめきが大きくなっていく。


 ――って、何をやっているんだよアイツは!?


 ここでようやく冷静を取り戻した俺。

 一刻も早く、あの馬鹿を回収しなくては。


「おい、朱音。その辺にしとけよ。気持ちは分かるが、場所を考えろって」

「え? あっ……」


 俺の言葉にハッとした朱音は、あたりを見回す。


 同じ学年の生徒だけじゃなく、教師や先輩後輩も何事かと目を丸くしている。陰キャに近い見た目の朱音がこんな大胆な事をやらかしたのだ。それは驚きもするだろう。


 ようやく状況を把握した本人も、頭から湯気が出るほど顔を真っ赤にしていた。



「ご、ごめんなさい!!」

「う、うん……」


 恥ずかしさと申し訳なさでいっぱいの朱音は、素直に頭を下げてペコペコと謝る。


 おいおい、普段の男勝りはどうしたんだよ?

 この真尋って男の前じゃ、随分と態度が違うじゃないか……。



「そ、それじゃまたね――!!」

「おっ、おい待てよ朱音!!」


 あっという間に、朱音は逃げるように廊下を走り去っていった。


 さっきまではもう二度と離れないって勢いだったのに。憧れの人の顔も見もせずに行ってしまった。


「もしかしてキミは……」

「すんません、俺のが。じゃ、また」


 生憎だが、俺はコイツに用は無い。

 軽く会釈をすると、朱音を追いかけることにした。




「……あーぁ。やっちまったなぁ、朱音」

「……うるさい。死ね」


 いつもの口調に、覇気がない。

 朱音は教室には戻らず、空き教室の隅っこでうずくまっていた。


「泣いてるのか?」

「うっさいって言ってるでしょ!? 黙っててよ馬鹿!!」


 涙声の混じった暴言なんて、別に怖くなんかないぜ。


 こんな態度、あの真尋って奴には見せないだろうなぁ。

 こんなくだらないことで優越感を感じてしまうなんて。もしかしたら俺は、変態なのかもしれない。



「うぅ、どうしよう……絶対に嫌われちゃったよ……」

「いやー、まさか同じ高校で再会するとはな。編入してきたのかな? あんなイケメン、居たら噂になっていただろうし」


 元々そんなに生徒数も多くない学校だ。

 あんな目立つ顔の奴が居れば、とっくに知っていたはずだ。



「たぶん……制服も違ってたし」

「あ、たしかに? でも良かったじゃん。会いたかったんだろ?」

「……うん」


 今コイツが泣いているのは、恥ずかしさと後悔が1割。で、残りは喜びだ。



「まぁ感極まってやっちまったってことぐらい、分かってくれるよ。それに、お前の大好きな真尋お兄ちゃんは優しいんだろ?」


「……うん」


「ならまたお前とも仲良くしてくれるって。それよりも、そんなひでぇ顔してる方がヤバいぞ?」


「……うん。……ありがとう、蒼汰」



 はぁ、まったく世話の掛かる幼馴染だよ。

 何で俺があの男とのことでフォローしなきゃなんねーんだよ。



「しっかしまぁ、あんなイケメンだとは思わなかったな」


「そう! そうなんだよ!! めっちゃカッコ良かった!! しかも見た!? あの白くて細い身体!! 最高じゃない!?」


「お前……」



 急にいつもの調子に戻った朱音は、早口でアイツを神のように褒め称え始める。


 クソ、俺の気持ちも知らずに好き勝手言いやがって。元気になったらなったでコイツ、滅茶苦茶ムカつくんだが……?



「はぁ~、やっぱり私の目には狂いは無かったってことよね!? さすがだわ~」


「そうだな。つまり、他の女子からだって同じようにモテるってこった」


「……え?」


「当然、彼女だっているんだろうなぁ? なにしろ、朱音が認めるくらいの良い男なんだから」



 俺の言葉を処理するのに時間が掛かっているのか、朱音はポカンと口を開けている。



「かの……じょ? 真尋お兄ちゃんに、彼女……?」

「それも、今のお前じゃ敵わないような美少女な」

「……!!」


 あ、さすがに言い過ぎた。

 もしかしたらキレるかな?


 そう思ったのに、朱音は怒らなかった。

 それどころか、再びポロポロと涙をこぼし始めてしまった。


「ど、どうしよう……!!」

「えっ、ちょっ!? 何がだよ! 泣くなって!!」

「お兄ちゃんに彼女が……私が、私のお兄ちゃんが……!!」



 おいおい、嘘だろ?


 今までだって、あんなに真尋のことを褒め称えてたじゃないか。まさか、そんな事考えたことありませんでしたってか?


「こんな男勝りで色気も無い女、見向きもされない……どうしよう……」

「あー、お前。俺が今朝言ったこと気にしてたのかよ……」

「だって……だってぇ……」


 しまったな、思っていた以上に失言だったみたいだ。

 ていうか、自覚できてたんなら少しは改善しろっつーの。



「分かった。分かったって。俺が手助けしてやるから」

「ほぇ?」

「お前の女子力アップ。付き合ってやるから。少しだけでもいいから、真尋に好かれるように頑張ってみろよ」


 どうせコイツのことだ。しばらくはこのままウジウジ考えて悩みだすだろう。

 そして遠くから真尋を眺める、みじめな学校生活になるに違いない。


 落ち込む朱音を一体、誰が慰める?

 そんなの、俺しか居ないだろうが。


「お前が弱った姿なんて、ちっとも面白くねーんだよ。だから俺が、お前を変えてやる」



 どうせいつかは、覚悟を決めなきゃいけなかったんだ。


 コイツも、俺も。

 自分の恋心に決着をつけよう。



「陰キャ童貞な蒼汰が……?」

「やっぱ放っとこうかな、コイツ……」




 ◇


 そうしてこの日から、俺による朱音のリノベーション計画がスタートした。


 まずは生活習慣をイチから見直す。


「うえぇ……ダイエットつらい……」

「いいから走れ!! 美脚は一日にしてならず! 肌トラブルの原因である、脂っこいポテチも禁止だからな!」

「そんなぁ~!!」



 勉強……は俺がむしろ教わる側だから、女子っぽい技術を一緒に学ぶ。


「え? 画像投稿サイト?」

「あぁ、女子はみんなコレをやっている。メイクやファッション、流行りのアイテムもコレで一目瞭然だ」

「……どうして蒼汰はそんなことまで知ってるの?」

「それは……秘密」


 朱音に着せたら可愛いだろうなぁとか妄想していたなんて、絶対に言えない。



 そして最終ミッションとして、俺は朱音をデートに誘った。


「ねぇ、なんで私が蒼汰とデートしなきゃなんないの?」

「予行練習だよ、予行練習。それに買い物は、荷物持ちが居た方が楽だろ?」

「うーん。そういうことならまぁ、良いけど。どうせ蒼汰とだし」



 ……よし。計画通り。

 朱音は学校の勉強はできるが、こういう事に関してはやっぱり馬鹿だな。


 誰が好き好んで、恋敵との恋愛が上手くいくように応援するかっての。

 クックック。全ては、この時のためよ。


 俺が善意で手伝っていると見せかけ、「あれ? これって恋人みたいじゃね? 付き合っちゃう??」と思わせるための壮大な計画だったのだ。



 もちろん、朱音を可愛くするって目的もある。


 実際、この計画を開始してから数週間で、朱音は見違える程にあか抜けた。

 美容に気を遣うようになったし、男ウケする仕草も自然にできるようになった。


 若干、クラスで人気が出始めてしまったのは計算外だったが……まぁいい。


 仕上げとして、俺は今日朱音とショッピングモールでデートをする。


 ここで俺は全てを打ち明けるのだ。




 日曜日、俺と朱音は近所のショッピングモールに出掛けた。

 良く晴れた日で、最高のデート日和だった。


 朱音の眼鏡をコンタクトに、そして私服も流行りのモノにチェンジした。


 そうしたら、なんとビックリ。

 さらに美少女へと生まれ変わったのだ。

 それはもう、俺も朱音も開いた口が塞がらなくなるほどに。


 朱音もしまいには俺に感謝しっぱなしだった。涙ながらに「ここまで変われたのは蒼汰のおかげ」とお礼を連呼された。



 これは俺にも運が巡ってきたのでは!?

 告白で白黒つけるまではいかないまでも、俺を異性として意識させることができるかも……!!



「……そう、思ったんだけどなぁ」


 全てが順調に事が進んでいると思ったが、世の中そうもいかなかった。



 休憩と称して、俺は朱音をお洒落なカフェに連れ込んだ。ケーキを食べながら、良い感じのムードを作ろうと思った矢先。


 なんと、あの真尋お兄ちゃんがこの店にやってきたのである。


 それも、俺たちが通う学校の女子生徒を隣りに連れて。



「どうして……!!」


 朱音はショックのあまり、ケーキのフォークを持ったまま固まっている。

 まぁ、前みたいに突撃していかないだけ、少しは成長したとは思うが。


「マジか、こっち来るのかよ……」


 カウンターで注文した後、俺たちの隣りのテーブル席へやってきた。


 しかも、俺たちには全く気付いていない。



「なんで? あの人、だれ? どうして??」


 俺の隣りでは、壊れた人形がブツブツと独り言を呟いている。


 うーん、アレはそうだなぁ。

 そういうことにしか見えないと思うけれど。


 友達と会っているにしては距離が近い。テーブル席で隣りに座っているし、入店した時は手も繋いでいたし。


 何より楽しそうに交わしている二人の会話が、全てを物語っている。



「そういえば真尋、最近機嫌が良さそうだね? なんかあった?」

「ん? そう??」

「前より笑うようになったもん。あー、もしかして女? 浮気してんのぉ?」



 本気ではなく、男女がじゃれ合うような甘い会話だ。こちらから直接見えなくても、イチャついている様子が丸分かりだ。


 というか、やっぱり恋人同士だったんだな。



「あー、女と言えば女かな」

「え、なにそれ? どゆこと!? まさか引っ越す前に付き合ってた女!?」

「違うって。ほら、前に生き別れになった妹が居るって言ったじゃん? それがさぁ、こっちに越してきて再会できたんだよ! しかも、同じ高校!!」

「うっそ、マジ~? ってことは後輩に妹が居たってことじゃん! やっば!」


 その後の会話も、真尋は朱音との再会を相当喜んでいるのが分かる内容だった。


 妹が昔と変わっていなかったこと。

 相変わらず髪を結んで元気そうだったこと。

 隣りに彼氏さんが居て驚いたこと。


 その本人は隣りで必死に涙をこらえているなど気付きもせず、アイツは妹のことを嬉しそうに己の恋人に語っていた。



「そんな……真尋お兄ちゃんが……私の本当のお兄ちゃん……?」

「お、おい! 待てよ!!」


 遂に限界が来たのか、朱音は喫茶店を飛び出してしまった。

 慌てて俺も急いで追いかける。



 ……はぁ。

 まさかこんなことになるとは。


 でも、僥倖ラッキーだったのかもしれない。

 だって、俺の口から諦めろって言葉を言わずに済んだのだから。


 自分で自分をそう慰めながら、俺は居なくなった朱音を探す。



 この広い場所で探すのは骨が折れる、そう思ったのだが。

 意外にも、すぐ近くで朱音を見つけた。


 今日はいつものスニーカーじゃなくて、買ったばかりのヒールを履いていたせいかもしれない。


 メインストリートから少し離れた店の裏手。そこにあるベンチに座って、朱音は顔を両手で覆いながら泣いていた。



 俺はゆっくりと近付いて、隣りに座った。


「……私のこと、馬鹿だと思ってるでしょ」

「うーん。どうかなぁ。少なくとも、ひっどい運命の出逢いもあったもんだなぁ、とは思ってる」

「やっぱり馬鹿にしてるんじゃん」


 別にそういうわけじゃないんだけどなぁ。

 本心でそう思っているだけだ。


 そもそも運命の出逢いなんかのお陰で、俺はこんなにも振り回されてきたわけだし。


「きっと朱音は、真尋を通してお父さんを見ていたんだと思う」

「……お父さんを?」


 どうして急にお父さんが?という顔だ。

 そりゃそうだろう。

 朱音は一度もお父さんには会ったことが無いんだから。


「きっと、お父さんの面影があるんだよ。覚えていなくても、本能的に父親の影を追っていたんだと思う。朱音はずっと恋しかったんだ。真尋さんのことも、家族としての憧れだったんだよ」


 幼い頃の女の子は、父親に理想の男性像を持つ時期があると言う。

 朱音も施設で出逢った真尋さんのことを無意識に求めていたってことだ。


「そんな……私の初恋、だったのに……」

「うん。そうだね」


 鞄からティッシュを取り出し、隣りの泣き虫に渡してやる。

 それを受け取った朱音は顔面の液体を拭き始めた。


「ずっと……ずっと好きだったんだよ?」

「俺も朱音のこと、ずっと好きだったよ」


 出逢ったのはいつだったっけ。

 小学生で隣りの席になった時だったかな?

 その時から、ずっと好きだった。


「いつか、恋人になって今日みたいにデートするんだって思ってたのに」

「俺も思ってたし、できて嬉しかった」

「……ねぇ、それ。さっきから本気で言ってるの?」

「むしろ気付いてたと思ったんだけどな」

「うん……最近、ちょっとだけね」


 元々、俺の恋心は朱音に負けないぐらいあったんだ。特に最近はいつも以上に好きって感情が強くなった。自分磨きで可愛くなってしまったせいもある。


 だから俺も過剰なぐらい、好きアピールしてしまっていたのかも。



「あんだけ私のこと、男勝りだって貶してたのに?」

「独り占めするには、丁度いい理由かなって」

「サイテー」


 だって朱音が女っぽくなったら、俺と一緒には居てくれなくなると思ったから。



「……はぁ。なんだか悲しんでたのが馬鹿馬鹿しくなっちゃった」

「そりゃ、よござんした」

「ふふっ、なにそれ。かっるいなぁ」


 だって実際良かったし。

 あのまま引き摺りっぱなしだったら、いずれ自殺しかねなかったしね。

 朱音は意地っ張りだから、引き留めるのが大変そうだ。


「ねぇ、もう一度聞くけど。さっきのは本気?」

「なにが?」

「私が超絶美少女で。出逢った時から結婚したいレベルで、ずっと好きだったって話」

「本気だよ?」

「……そこはちょっと否定してよ」


 これじゃ私がナルシストみたいじゃない、と言って、朱音は少しだけ微笑んだ。

 うん、やっぱりそうやって笑っていた方がいい。そっちの方が朱音らしくて、好きだ。



「あーぁ。やーめた。力ずくでお兄ちゃんを奪って、想いを遂げよう。なーんて思いかけたけど。なんだかアホらしくなっちゃった」

「思い止まってくれたのなら、良かったよ」


 そんなドラマでも観ないような、兄妹の古典恋愛を目の前でやらないでくれ。


「だからって、蒼汰のこと。今すぐ好きになれるほど、私は切り替えが早くないよ」

「んー、まぁそうかもね。残念だけど」

「……でも。今日のデート、楽しかったから。チャンスが全くないわけじゃない……かもよ?」

「ありがとう? ……つまり、どういうこと?」


 チャンスって何だ??

 朱音はスッと立ち上がると、俺の正面に立った。


「だーかーらー!! 力ずくでも私のこと、これから好きにさせてみろって言ってんの!!」

「……え?」


 それって、つまり……。


「できるの! できないの!?」


 ……ふふっ。

 そんなの、わざわざ言われなくたってやってやるよ。



「奪ってやるよ。お前の初恋。十年分の想いを全部まるごと。そんで俺のこと、倍以上に好きにさせてやる」



 寝取るのは大っ嫌いだ。

 だけど俺は今から、この大好きな人の恋心を全力で奪ってみせることにした。


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陰キャな俺は、憧れの男に恋する幼馴染を寝取りたい ぽんぽこ@書籍発売中!! @tanuki_no_hara

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