episode2:「ついで」のお遣い

「暇ですねえ」

 アウレリア政府管理局、移住課。ファルカ・オルセーの椅子には、彼の同期である駆除班副班長、フォルクオルセンが腰掛けていた。眠たそうに欠伸をする彼を横目に、リズリーは強かに言った。

「あら、だったらお遣い頼まれてくれる? 都市の西に新たにできた農村への移住届、建設課に提出してきてほしいのよね。それと、市場に行ってお客様用のお茶と、あと伝言鳥の餌を買ってきて。あ、そうそう! ついでにメリザンドまで行ってきて、ジズ老師から受け取ってきてほしいものがあるわ」

「しまった、口が滑った。『暇』って言うとすぐこれだ」

「実際することないでしょ? お給料貰ってるんだから働きなさい」

「はーい。はあ、メリザンドなんでもはや『ついで』って距離じゃないよなあ」

 小言を言うリズリーに、フォルクはなげやりな声色で不服を洩らした。のっそり立ち上がって、そのまま止まってリズリーの書類さばきを注視する。

「イリスちゃんが王宮に入って、もう三年になりますね」

 ぽつんと振った彼に、リズリーは作業がてらに頷く。

「そうね。少しはお姫様らしくなったのかしら?」

「まだまだ礼儀作法を叩き込まれてる最中でしょうよ。今日も脱走したみたいで、市場にいるのを見かけました」

「見た目は妙齢のお嬢さんになったけど、中身は子供のままね」

 リズリーはため息をつき、書類を捲る手を一旦止めた。

「ここ三年間、マモノはすっかり大人しくなったわね。駆除班は雑用係に逆戻り。むしろ雑用が板についてきてる」

「あれだけマモノに追い込まれたのが嘘みたいですねえ。今ではもう、新しい街や村があちこちに生まれてますもんね」

 アウレリア、メリザンドの近隣を中心に、大陸は再建をはじめていた。といっても、マモノが巣を作っていたり、縄張りにしている場所は避けて人里を建設している。刺激すると危険だという危機感もあるが、どちらかといえば、人とマモノが共存するための譲り合いという考え方が主流派になっている。

「駆除班が暇なのは平和の証ね」

 リズリーは退屈そうなフォルクに苦笑してから、ふいに真面目な顔になった。

「……暇な間に、迷子ちゃん、捜せないの?」

「捜査打ち切りになってもう二年以上経ちますよ。自己判断で山脈へ捜しになんていったら、税金の無駄遣い扱いを受けかねない」

 フォルクが床を見つめる。

 リズリーは今も、アウレリアから消えた少女の行方を気にかけている。名もないあの少女は、誰だったのか。何者だったのか。どこへ消えたのか……。なにも解決しないまま時だけが過ぎて、忘れ去られていく。

 フォルクは、さて、と仕切り直した。

「お遣い行ってきますよ。持ってく書類、どれですか?」

「これ! それとね、ジズ老師のところへ着いたら、逆に受け取ってきてほしいものもあるのよ」

「はあ、なにを?」

「異世界から輸入したとある物質のデータ」

 リズリーがくすっと苦笑する。

「老師も相変わらずよね。まだイフの研究を続けてる。“あの子”から受け取ったイフの道具を徹底解剖中みたいよ」

「あの人らしいですね」

 例の少年は、この世界にいくつも、イフという世界の痕跡を残した。それは、彼がここにいたという証でもある。

 リズリーはぽんと手を叩き、マイペースに書類をあさりはじめた。

「あ、そうだわ、ついでにこっちの書簡を経理に持っていってくれる? あとこれも……」

「ついでが多いです、先輩」

 最後にひと言文句を貼り付けて、フォルクはしぶしぶと書類を抱えて部署をあとにした。

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