終章
episode1:漆黒の竜と蒼銀の女神
桜色の空に、薄い雲が流れている。
アウレリア城のバルコニーでは、夜空色のドレスが風を浴びていた。山脈から流れる涼やかな風が通り抜けるたび、彼女のドレスの裾が舞い上がり、誂えられた鉱石の粉飾りがきらきらと煌めいた。透き通る黒いベールに包まれた青磁色の髪が、憂いげな赤い瞳に重なる。
祈るように遠くを見つめる彼女の耳に、オオオ、と空を切る音が届いた。
やがてバルコニーの真正面に、黒い影が下りてくる。漆黒の翼を上下させ、その羽ばたきが風を吹き起こす。ドレスがぶわっと膨らんで、彼女はニッと不敵に笑った。
「待っておったぞ、ポピ殿!」
そして彼女は、バルコニーの柵に足をかけたと思うと、あっという間に黒い翼の間に飛び込んだ。黒い毛並みがきらきら光る。満月のような瞳の黒い竜は、クオオと高らかに吠えた。
ドレスは膝までたくしあげ、黒いベールは脱ぎ捨てられた。きれいに整えられた青磁の髪は、爆風でくしゃくしゃに乱される。
彼女の使用人が気づいたようだ。バルコニーから悲鳴に近い声がする。
「あっ、また脱走した! こら、イリス様ー!」
窮屈な王宮暮らしは
「イリス様だ!」
「イリス様ー!」
現れた彼女を見て、遊んでいた子供たちが駆け寄ってくる。
「うむ。遊びに来てやったぞ!」
イリスはしたり顔で胸を反らせた。王宮暮らしは窮屈だが、ちやほやされるのは満更でもない。
「イリス様、お話聞かせて!」
幼い少年に催促されて、イリスは万を辞して切り出した。
「そうじゃの、では今日はとっておきの冒険譚を聞かせてやろう」
子供たちの目が輝く。イリスも気分がいい。
「これは世界を滅亡の危機から救った、英雄の物語じゃ。白い羽根で邪悪な念を切り裂く、異邦の英雄……」
そこまで言ってから、彼女は苦笑で切り替えた。
「なんての。これはなんてことない、臆病で弱虫な、迷子の少年の物語じゃ」
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