22 流星の霊峰

 僕が空運び鳥から墜落した後、チャト、フィーナ、イリスは一旦鳥に指示を出し、着陸したという。鳥は雨で飛べなくなり、地面を歩くのも嫌がる。仕方なく雨が上がるまで洞穴で休んで、晴れたと同時に鳥を鳥族の谷に帰らせたのだそうだ。

 それから三人は、僕を捜してくれた。しかし全く居場所の見当がつかず、道にも迷った。鼻の利くチャトでもこれだけ広くて、しかも雨で匂いがかき消された中では僕を見つけられない。フィーナが植物と話せてもヒントは得られないし、そもそも植物自体が少ない。途中で三人は竜の鳴き声を聞き、一旦流星の霊峰へ向かうと決めたのだそうだ。

 話を聞いただけでも慚愧に耐えない。僕は死んだと思われたのだろうし、お葬式ムードになっただろう。

「ここまで来ればあとは私が道を覚えておる。ついてくるがよい」

 イリスが自信満々に合図する。チャトとフィーナがイリスについていく。僕は歩き出す前に、後ろを振り向いた。

 もうミグの影はない。彼女もかなり疲労していたのに、ひとりでどこへ行ったのだろう。チャトたちにも紹介したかったし、彼女の抱える事情も、もう少し聞かせてほしかった。

「それにしても、よく生きてたのう。ツバサ殿は不死身かの?」

 イリスが驚いているような不気味がっているような声色で問うてきた。僕はたまたまマモノの上に着地して助かったと、ミグから受けた説明を呈した。

「それでね、助けてくれた人がいて……」

 ミグのことも、話してしまおう。ミグは素性を隠したがるが、僕としてはアウレリアには戻ってもらいたい。この葛藤を、この三人になら共有してもいいと思ったのだ。どちらにせよ、こんな山脈の中で彼女をひとりにするわけにはいかない。

「実は僕、さっきアウレリアの迷子に出会ったんだよ」

「なんだって!?」

 チャトがでっかい声を出し、フィーナも目を剥いた。先へ行こうとしていたイリスも足を止める。僕は来た道を指さした。

「助かったのは彼女のお陰なんだ。でも今いなくなっちゃって」

「なんで早く言わないんですか! 捜しますよ」

 フィーナが戻ってきた。チャトが僕の傍まで来て、鼻から空気を吸い込む。

「ほんとだ、別の人の匂いがついてる」

 警察犬みたいな嗅覚で、チャトが匂いを辿る。しばらく後ろに進んで、彼は途中で立ち止まった。

「だめだ、匂いが消えてる」

「捜してあげないと、こんな危険な場所でひとりなんてかわいそうです」

 フィーナが頭を抱えた。僕も頷き、考える。

「マモノに襲われる心配がないのは救いだけど……」

 呟いてから、きょとんとする三人に向き直る。

「あの子は少し不思議な子だったんだ。なぜかマモノが襲ってこない。それどころか、いうことを聞くんだよ」

 彼女と対峙するマモノは、野生のはずなのに、伝言鳥や運び鳥などの躾をされたマモノのように彼女に従っていた。

「でも、だからって大丈夫だとは思わないんだ。足場が悪いし山道はハードだし、平気なはずがない」

「ふむ……そうじゃの」

 黙っていたイリスが、難しい顔をする。

「気持ちは分かるが、匂いも消えていていなくなった方向すら分からぬのだろう? 闇雲に捜せば、今度は私たちが迷ってしまう」

 勢い任せのイリスだが、こういうとき、妙に冷静に正論を述べる。

「でも、まだ近くにいるかもしれませんよ」

 フィーナがキョロキョロする。イリスは数秒考えて、やはり同じ結論を出した。

「私たちはまずは、流星の霊峰に向かうべきではなかろうか。折角ここまで来たのじゃ。ここで中途半端に戻るより、目的を達成してから改めてアウレリアの管理局に情報を渡せばよい」

 イリスの言うとおりかもしれない。山のプロでもない僕らが慌てて捜すよりも、訓練を受けている兵団に任せた方が正解だろう。

「折角会えたのになあ……」

 仕方がない。一旦引こう。

 僕たちはまた一歩を踏み出した。白い岩場が続き、途中から岩の隙間にちらほらと草花が生えはじめた。

 頭では理解したつもりでも、ミグのことはまだ胸がもやもやした。呼んだらまだ戻ってきてはくれないだろうか。いや、ミグは頑固だ。彼女自身が「ついていかない」と決めていた以上、呼ばれたくらいで自ら戻ってはこないだろう。そして、素人が下手に動くのは危険だというイリスの考えは、僕も賛成だ。

 でも、あっさり引き下がるのも人として正しいのかと考えてしまう。

 思考を巡らせていると、僕の頭にドカッと衝撃が走った。

「ポピュルーッ!」

 笛の音みたいな甲高い声とともに、黒いイタチが降ってきたのだ。先程出会った竜の子供が、また僕の元へ戻ってきた。

「わあっ、まだいたのか!」

「ポピッ」

 黒い竜が、僕の頭の上から顔の方へ覗き込んでくる。逆さまになったイタチ顔が、鼻先に触れそうなくらい近い。

 チャトとイリスが目を向いた。

「竜だー!」

「星影ドラゴンじゃ。まだ幼いの」

「かわいいなあ」

 チャトが竜に触れようと、僕の頭の方へ手を伸ばす。しかし竜はフーッと威嚇声を出した。チャトがびっくり顔で手を引っ込める。

「怒ってる」

「竜は警戒心が強いのじゃ」

 イリスが返すのを聞いて、僕は素朴な疑問を投げかける。

「警戒心強いのに、この竜はなんで僕の頭にとまってるの?」

「さあ。まだヒナだし、飛べるようになったばかりで、休憩したいのではないか? それにしたって、そうやって人に乗るのは珍しいがの」

「ツバサがおいしい匂いするからじゃない?」

 チャトが口を挟んでくる。それで懐いたのはチャトだろう。フィーナが竜を見上げた。

「もしかして、迷子でしょうか? 親のところへ戻りたくて、誰かを頼ろうとしてるとか」

「そうじゃの。竜は手厚い子育てをするマモノじゃ。いくら竜魔導に竜が必要でも、ヒナの竜を連れ去るわけにはいかぬの」

 イリスが黒い竜を一瞥する。

 やりとりを聞きながら、僕は頭の上の黒い顎を見上げた。フィーナの言うように、この竜は親とはぐれたのだろうか。親が出てきて、僕が子供を攫ったと勘違いして襲ってきたりしないといいが。

 イリスの案内に従う。道は今までのような急な坂道ではなく、平坦で、歩きやすかった。岩場の隙間の高山植物が増えていく。霧も徐々に薄くなっていく。オオオ、と風が唸る音がする。薄まった霧の空に、竜らしき影が飛んでいた。

 空はうっすら、暗くなりかけていた。今、何時なのかは分からない。だけれど、お腹がすいている。魔族の里を発ってから、何時間も過ぎたのだ。

「ここじゃ」

 イリスが足を止める。先は、大きく切り立った崖になっていた。いや、崖というより、巨大なクレーターだ。下はお椀型に大きく抉れ、白い岩の形がオーロラのように波打ち、ところどころに木々や建物がある。

 岩が白いせいだろうか。まるで割れた石膏をお椀型に積み重ねたみたいに見える。それが薄墨色の空の下に、物々しく広がっていて、どこかどきりとさせられる美しさがあった。

「これが……竜族の住んでたところ?」

「うむ。昔はもっと、栄えておったがの」

 イリスが伏せた瞳で街の跡を見下ろしている。冷たい風が吹いて、イリスの髪が揺れた。

 ここがイリスの、失われた故郷。

「すごーい! 本当に着いた!」

 チャトが無邪気に駆け出す。

「ここから下りられるぞ」

 チャトの耳がクレーターの内側へと沈んでいく。彼を追うと、崖が切り崩れた、階段状の坂道があった。

 竜族の街は、下に向かって細くなる渦巻き型に道ができていた。石膏の彫刻のような建物がぽつりぽつりと残っているが、いずれも倒壊している。静かだ。誰もいなくなった町は、役目を終えて眠っているみたいに無音だ。

 チャトが興味津々に街を駆け、フィーナはチャトを追いつつ、不思議そうに街並みを見渡す。僕も、見慣れない景色に圧倒されていた。

「人がいた頃は、伝言鳥がいたのじゃがのう……流石にもう残っておらぬか」

 イリスがぽつりと言う。横を歩く僕は、へえと感嘆した。

「ミグが言うには、マモノの序列の関係でこの辺には竜以外のマモノはいないって言ってたのに。伝言鳥はすごいなあ」

「人が管理するものじゃからのう。あれは自然界のルールとは外れておる」

 一瞬、暗い空がひと際暗くなった。空中を巨大な竜が通り過ぎる。チャトがわあっとはしゃぎ、フィーナも目を見開いてその空飛ぶ姿を見上げていた。僕の頭の上の竜も、羽をパタパタさせて反応を見せる。

「ポプー!」

「君はいつまでそこにいるの」

 バサバサする竜に手を差し出したら、気に入らなかったようで、指を噛まれた。

「竜の数も、随分減ってしまったのう」

 イリスが空を仰ぐ。うっすらと、星の浮かぶ空だった。

「栄えておった頃は、この辺りも建物がたくさんあっての。岩の隙間とか、洞穴とか、種類によっては建物の屋根の上なんかに、竜の巣がそこらじゅうに作られておった」

 彼女はひとつ、まばたきをした。

「竜族は、竜というマモノと共存して暮らしておった。互いの生活を支え合っておった。竜魔導という竜を使う魔導が生まれたのも、そういう背景があってこそじゃ」

 イリスは無表情で、いにしえの街を流し見ていた。

「だからこそ、分からなかった。いや、今でも分からぬ。なぜ竜たちが、この街を襲ったのか……」

 イリスに言われて、ハッとした。そうだ、マモノの暴走が起こって最初に襲われた種族が、竜族だ。そしてこの辺りは、他のマモノが竜を恐れて近づかない。

 流星の霊峰を襲ったのは、紛れもない。竜だったのだ。

「流星群の占いで、マモノの襲撃は予測できておった。そこから更に百年後に、もっと酷い出来事が起こるのも、分かっておった。しかしこの土地は竜に守られていると考えられておったからのう、マモノがここまで来たとしても、竜が追い払うと思われていたのじゃ。まさか竜が人を襲うとは誰も予想しておらぬ」

 イリスの話し方は、淡々としていた。まるでなにも感じていないみたいだ。

「今のように、巨大な竜が空を覆っての。大きな火の玉を吐いて、この土地を火の海にした。直後に氷や雷の竜も飛来して、竜巻を起こすものも来た。制止しようにも、圧倒的な力の差に屈服させられる。最強の魔導である竜魔導も、竜の協力なしでは扱えぬ。竜を敵に回した竜族は、なんの力も持たぬ。敵に回した覚えもないのじゃがの」

 僕は彼女のつまらなそうな顔をときどき盗み見て、街の景色に目を移らせた。

 自分の生まれ育った場所が、廃墟の街と化した。人は誰もいない。家も、家族も友達も、跡形もなく消えているのだ。

「殆どの民がクレーターの外へ逃げようとしたのじゃが、竜は上にいる。次々に焼き払われて、死んでいった。私と、あと数人の竜族は逆に下に進んだ。追い詰められたら終わりじゃが、下には『紋章の祭壇』がある。ここに祈りを捧げれば、竜の怒りが収まるかもしらぬ」

「紋章の祭壇……?」

「うむ。この渦巻きの最下層。あそこに神殿があるじゃろう? そこにあるのが、竜魔導に関わる神聖な祭壇なのじゃ」

 本当だ、いちばん下に平たい建物がある。神社にある舞殿みたいな、開放的な造りが見て取れた。イリスはそこを目指して進んでいるようだ。

「竜に襲撃されて辺りが火の海になっても、神殿は奇跡的に耐え抜いた。その屋根の下にいた竜族は、運良く生き残った」

 イリスは文字どおり惨劇を目の当たりにし、死ぬ気で逃げて、神殿で生き延びた。

「しかし街の外へは到底出られない。竜が荒れ狂う中、生き残ったの竜族はこの事態を外の土地に伝えるため、伝言鳥を飛ばした。それから種の保存のため、竜族の体質的な能力で体の時間を止めた。たった五人だったがの。コールドスリープに入ったのじゃ。このまま普通に生活することは不可能じゃ。竜に隠れて生活したとしても、食料はいずれ尽きる。体を止めることでしか、生き延びる方法がなかった」

 そして、彼女は百年間の眠りについた。

「起きるのがいつになるかは分からぬ。眠っている間に死んでしまうかもしれぬ。それでも、いつか目覚めれば、竜族という種族を残せる」

 目が覚めたら、百年後の世界だった。彼女はそのとき、どんな気持ちになったのだろう。そして今、この場所に戻ってきて、なにを思うのだろう。

 イリスはやはり、なにも感じていないみたいに話していた。僕は口を途中まで開き、声を出す前にやめた。「悲しくないの?」と問うのは、あまりにも残酷だと思ったのだ。

 風が吹くと、白い砂がパラパラと舞う。肌に貼り付いた粒は半透明で、塩みたいだ。

 僕が複雑な顔をしていたのを見かねたのか、イリスはふうと息を吐いて切り替えた。

「お腹がすいたのう」

 頭の後ろで手を組んで、彼女は僕を置いて早足になった。


 *


 数分も坂を下れば、すぐにクレーターの底にたどり着いた。

 日が暮れた闇の中に、どっしりと構える白い巨大な建造物がある。

 それを目の前にして、これまではしゃいでいたチャトが押し黙った。なにかに圧倒されるように、言葉をなくしていた。

 百人くらいは優に納まる、巨大な空間だ。天井は高く、規則的に並ぶ柱が物々しく立ち尽くしている。襲撃のダメージを負ったせいで、屋根や柱にひびが入っている。場所によっては崩れてしまっていた。

 なんだか、不思議と見覚えのある場所だ。どこで見たのか思い出そうとしたけれど、浮かんでこない。多分、歴史の教科書か資料集で似たような神殿を見たのだろう。

 チャトが黙り、フィーナも呆然と建物を見上げた。僕も、この気持ちを言葉にできなかった。静寂の中、僕の頭の上で竜が鳴く。

「ピイ」

 神聖な場所だというから、竜もこの場所に惹き付けられるのだろうか。

 神殿のいちばん奥には、左右対称の大きな石碑がある。僕は学校のイベントで遠出したときに見た、パイプオルガンを思い出した。白い翼を広げた白鳥のように、その裾を広げている。なんだか、鼓動が速くなる。大きくて、美しくて、圧倒される。これが、紋章の祭壇なのか。

 祭壇の中央には、鉱石を彫り込んで描かれた紋章があった。一対の翼を広げたようなマークである。僕は自身の肩に目をやった。ここに乗っている小さな竜の羽根と、形が似ている。あの紋章は、竜の翼に由来しているのだろう。

 神殿の柱や床には、文字のようなものが刻まれていた。しかしアナザー・ウィングの影響で識字に不便がない僕でも、文字として解読できない。

「これは竜魔導に使う記号じゃ。竜族には日常に使う言葉とは別に神聖な言語があっての、それがこの、竜族の古代文字を崩したもので著されるのじゃ。竜魔導の記録、流星群の占いの記録なんかはこの言語で書き込まれておる」

 イリスが柱の刻印を撫でる。記号なら、文字より模様に近いのだろう。僕に読めなかったのも、納得がいく。

 床の紋様は、ぐるっと描かれた円になっていた。竜魔導は魔導陣を描いて、竜の遠吠えを響かせる。と、イリスが話していたのを思い出した。この円が、魔導陣のベースなのだろう。

 イリスが陣形を踏み抜いて、奥の祭壇へと進んでいく。僕はチャトとフィーナと互いに目配せをして、恐る恐るイリスについていった。イリスは振り返らずに話した。

「この祭壇の裏に、小さな洞窟がいくつかあっての。私たち生き残りは、そこに体を縮こませて、百年の眠りについた」

 思い出話をするような、最近の出来事を話すような、なんとも言えない口調だった。

「百年前、私が最後に見た景色。そして目覚めたときに最初に見た景色。これが全く変わってなくての。体感で百年くらい経ったというのは分かるのに、気持ちが追いつかないというか。違うところといえば、竜が飛び回っていないことと、残っていた他の四人が誰も残っておらんかったことくらいじゃ」

 淡々と話すイリスの背中を見つめ、僕は足りない想像力で考えた。

 故郷も、仲間も、なにもかもを失って、目が覚めたらひとりぼっちだった。イリスはたったひとりで、アウレリアへ旅立った。

 ……だめだ、想像できない。僕にはイリスのような強い意志とか、覚悟とか、そういうものがないから。彼女がどんな思いで山脈を下りたのか、はかり知れない。

 分からなかった僕は、ただ、改めて謝罪した。

「イリス……竜族だってこと、疑ったりしてごめんね」

 ただでさえ孤独だった彼女を、信じてあげられなかった。それが今更、僕を罪悪感に苛ませる。

 彼女はしばらく俯いて返事をしなかった。数秒後、首だけ振り向く。

「全くじゃ! 私は最初から訴えておったに!」

 笑っていたけれど、僕にはなんだか、無理しているようにしか見えなかった。イリスはさて、とやけに大きな声を発した。

「ツバサ殿を感傷に浸らせるために来たのではない。この祭壇に記された、記録を見に来たのじゃ。掠れて読めないところもあるが……このどこかに、アナザー・ウィングに関する記述も残っておるはずじゃ」

 彼女は祭壇に刻まれた記号を読み解きはじめる。祭壇に顔を近づけて、まじまじと見つめている。

 祭壇には、たくさんの記号と共にいくつかの円が描かれていた。円の中に刻まれた模様はどれも微妙に異なる。どうやら竜魔導に使用される魔導陣の見本のようだ。

「むっ? 竜魔導は紋章の祭壇の前でしか利用できぬとな!?」

 イリスが大声を出し、チャトが耳をぴんと立てた。

「じゃあ、竜魔導使おうとしたらわざわざここまで来なくちゃいけないのか!?」

「私も魔導陣を描けば、竜さえおれば使えるものと思っておった」

 焦りを滲ませたイリスは、もうしばらく記号を読み、安堵のため息をついた。

「いや、どうやら世界各地の大都市にも祭壇を構えておるようじゃ。かつて竜族が他種族へ友好の証として、祝福を贈った際に支所になる祭壇を建造したのだと記述されておる」

 僕もほっと胸を撫で下ろす。

「よかった。アルロに腕輪を作ってもらってから、また来なくちゃいけないのかと思ったよ」

「祭壇を構えた都市は五つ。グレイミルドの宮殿、アスタスコールのパトラ寺院……」

 イリスが耳慣れない地名を読み上げる。そうだった、この世界は以前はもっとたくさんの都市があった。しかしマモノに破壊されて、殆どの都市が失われたのだ。祭壇のあった都市も、もう残っていないのかもしれない。

 不安になってきたが、読み上げていたイリスは段々声を高くした。

「アウレリア王宮内、メリザンドの魔導学園! エーヴェにもある!」

「アウレリアにあるんだ!」

 僕も大声を出し、驚いた竜が飛び跳ねた。よかった、残っていた三都市にも祭壇はあるようだ。

 いよいよアナザー・ウィングが目前に迫ってきた。これまでの地道な努力、死を覚悟するような旅路が、実を結びそうなのだ。あまりの昂揚に、そわそわしてしまう。

 イリスは引き続き、祭壇を調べはじめる。

「これは天候の図形、これは永遠の灯火の図形……これじゃないのう。……む? これはなんじゃ」

 イリスがこちらを振り向いて、目をぱちくりさせた。

「のう、『献上の魔導』ってなんぞやの?」

 疑問符を浮かべる僕らに、イリスは続けて話した。

「天候の魔導といえば天候を操るものだし、永遠の灯火といえばずっと灯りが灯り続ける魔導のことじゃ。しかし『献上の魔導』というのは初めて聞いたのう」

 魔導を扱うフィーナが首を捻る。

「なにが起こるものなんでしょうね」

 考えても、やはり彼女の思考範囲では思い当たらなかったようだ。僕も少し、考えてみた。思い当たったのは、エーヴェでイリスが話したことだった。

「誰かが竜族の竜魔導を受けて、力を授かった……って、言ってたよね」

 その呟きで、三人ともハッとした。

 百年前のマモノの反乱。世界じゅうのマモノを突き動かしたのは、誰かの魔導だ。それほどの巨大な魔力は、竜魔導によって授かったものなのだと、イリスは話していた。

「この『献上の魔導』というのが、人に力を与える竜魔導なのだな!?」

 イリスが齧り付くように祭壇に向き合う。

「この魔導を受けて力をつけ、マモノを動かしたのはどこのどいつじゃ。この人物さえ分かれば、これから起こる本当の滅亡も止められるかもしれぬ。どこかに記録は……!?」

 しばらく祭壇に貼り付いていたイリスだったが、やがてすっと身を引いた。

「……だめじゃ。祭壇が削れておって、記録が掠れておる。『献上の魔導』の魔導陣も、もう図形が分からぬの」

 ため息をつく彼女の横について、チャトが頬を膨らます。

「悔しいなあ。何者なのか分かったら、兵団に言いつけるのに!」

 そんな魔力を持った人物なら、兵団でも適わないかもしれない……と、僕は思った。

 イリスが無言になる。真剣に記号を読み解いて、必要な知識を呑み込んでいる。チャトは意味も分からず祭壇を眺め、やはり分からなくて首を傾げている。フィーナは広い神殿をゆっくり歩き回って、独特の建造物を観察していた。

 僕は、首をもたげて頭上を見上げた。神殿の屋根に、穴が空いている。そこから欠けた空が覗いていた。

「ピキュー」

 肩の上で竜が鳴いた。屋根の穴の向こうに、竜の影が通り過ぎていく。そういえば、僕の肩にいる竜は迷子かもしれないのだった。この子の親も、探してあげなくては。

「ツバサ殿」

 イリスが僕を呼ぶ。彼女は僕を手招きし、記号の一部を指さした。

「ここに、『異なる世界へ翔ぶ翼』という記述がある」

 僕は彼女の指が示す辺りに飛びついた。しかし、記号は僕には読めない。

『異』なる世界へ翔ぶ『翼』。まさにアナザー・ウィングだ。

「時間と空間の概念を歪め、交わることのない世界線へ人を導く魔導。たった一度だけ成功した、とある。創成された呪波は強大すぎて扱いきれず、暴走する前に魔道具として封じ込めることにした。魔族の作る鉱石の腕輪に込めたそうじゃ」

「それだ。間違いなく、その魔道具がアナザー・ウィングだよ」

 興奮で声が震えた。

 ちょこちょこ歩き回っていたチャトが、イリスの発言を聞きつけて僕に飛びついてきた。

「あったの!? やった、あったんだ!」

 フィーナもすぐに駆け寄ってきて、手を叩く。

「ついに見つかったんですね! おめでとうございます!」

 本当だ。元の世界へ帰る方法に、やっと辿り着いた。僕はチャトとフィーナになにか返事をしようとして、胸がどきどきして頭が回らなくて、なにも言えなかった。ただ頬が熱くなっていく。

 イリスはニッと笑って、続きに目を走らせた。

「今まさに竜魔導ひとつでツバサ殿を元の世界へ吹っ飛ばせてしまえばよかったのじゃが、この記述どおりならば、呪波が相当強くて道具に封じ込めないと暴走するようじゃの。霊峰にあった物がいくつか、光に吸い寄せられて消えてしまったようじゃ」

「えっ、じゃあイフのどこかに流星の霊峰の物が転移してるってこと?」

「媒体になる腕輪を用意して、一旦道具に落とし込めば、安定してコントロールできるようじゃ……」

 僕に言っているような、ひとり言のような口調で呟いている。

「作った経緯、魔導を成功させた者、腕輪を作った者、その腕輪を手にした者……この辺りはなにも説明されておらぬ。だがしかし、魔導陣の図形は、残っておるの」

 彼女の指が石碑に刻まれた模様を押さえる。

「この陣形を忘れるわけにはいかぬ。石碑のこの部分だけ削って持っていきたいくらいじゃが、割れぬ!」

「あっ、あの、僕のノートにメモを」

 リュックサックからノートを出す。破いて燃やしたり水に濡らしたりしたせいでボロボロだった。ペンケースから出した鉛筆も、怒涛の旅路の中でいつの間にか折れてしまっていた。

 イリスは慣れないイフの筆記用具で必死に魔導陣の模様を書き写し、何度も見比べて、僕らにも確認させた。

「間違ってるところはないかの?」

 僕には魔導陣のサンプルがどれもそっくりに見える。区別がつかないなりに、イリスの写した絵と祭壇の中の模様を見比べて、相違がないことをチェックした。写真を撮れたら楽なのになあ、と頭の隅っこで思う。

「さて、アナザー・ウィングはこれで製作可能も同然じゃの」

 イリスがにんまりする。僕は壁の模様を眺めて、返す言葉を探した。

 アナザー・ウィングが完成したら、元の世界へ帰ることができる。そのためだけに、ずっと頑張ってきた。いろんな感情が押し寄せて、泣きそうになる。

 僕が震えているのに気づいたのだろう。フィーナがくすっと笑って、僕の肩に手を置いた。

「まだ早いですよ。まだ腕輪ができていませんし、竜魔導を完成させるのには竜の協力も必要なんですから」

「そうだよね、もうひと踏ん張りだ」

 僕は自分の頬をピシャッと叩いて、フィーナの手と反対側の肩にいた竜に目を向けた。

「まずは君の親を捜そうか」

「ピイ」

 この小さな竜の親を捜しながら、協力してくれる竜を探す。竜はマモノだから言葉は通じないだろうし、百年前のマモノ暴走をきっかけに気性が荒くなっている。どうやって連れ出すか。考えなくてはならない。

 チャトが軽い足取りで神殿の外へと跳ねていく。

「大きい竜の方が強そうだよね!」

「でもあんまり大きいと、連れ出すのが大変ですよ。危険ですし」

 フィーナが正論を言いながらチャトと共に行く。僕もふたりを追いかけて、屋根の外へ出た。

 空がすっかり暗くなっている。クレーターの底から見上げた空は、恐ろしく高く見えた。周囲を囲む白い岩が、僕らを閉じ込めているみたいなのに、彼方まで突き抜けた上空が開放感を誘う。不思議な感覚だ。

「あっ、流れ星!」

 チャトが上空を指さした。

「また流れた。フィノ、見えた?」

「どこですか? ……あっ、今の見えました!」

 フィーナが高い声を上げると、チャトが喜んで跳ねる。

「また流れたよ!」

 濃紺の空に、ひゅんっと金の粒が通り過ぎる。今度は、僕にも見つけられた。

 間を開けて、再び星が流れる。ひとつ、またひとつ。次第に間隔が短くなっていく。一瞬のきらめきと、糸になる光の残像が、空を眩く彩っていく。

 フィーナの声が、掠れて聞こえる。

「きれい。星が降ってるみたい」

「こんなの初めて見たぞ! 星に触れそうだな」

 チャトが空に手を伸ばす。僕の方の上では、ポピまでもが星を見つめていた。

 僕も、空を見上げて立ち尽くした。こんなにたくさんの流れ星、見たことがない。

 そういえば、小学生の頃、流星群のニュースを聞いてベランダで待っていたことがある。その日はたまたまお母さんが帰らない日だったから、夜更かしして観測しようと思ったのだ。でも、空が曇っていて見えなくて、諦めてしまった。

 そんなことを考えていると、隣でフィーナが言った。

「竜族は、流星群の夜に占いをするんでしたよね」

「イリスがそう言ってたね」

 忘れかけていたまばたきをして、返事をする。フィーナは小さな声で続けた。

「神秘的な夜ですね。竜族が今もここで暮らしていたら、きっと今夜は占いの夜だったのでしょう」

 そうに違いない。この星空は、なにかの未来を示しているのだろう。

 やがて、星の数が減ってきた。最後まで見つめていようかと思ったが、僕はふと我に返って背後を振り向いた。

「イリス。星がきれいだよ」

 イリスだけは星を見ず、まだ祭壇の前で立ち尽くしていたのだ。

 僕は神殿の屋根の下へ戻り、イリスに歩み寄った。

「イリス?」

 まだなにか、気になる記述があったのだろうか。棒立ちの彼女の横に立つと、イリスがすっと、石碑の一部を指さす。

「ここに、百年前にコールドスリープに入ったときの記録が記されておる」

「イリスが眠りについた日だね」

 後ろでチャトの歓声が聞こえる。屋根の上では、まだ星が流れているみたいだ。

「うむ。あの戦火の中、きちっと記録したようじゃ。律儀じゃの。それはともかく、私は知らなかったのじゃが……」

 イリスは一旦言葉を止め、僕の肩の竜に視線を動かした。

「星影ドラゴンを一匹、一緒に眠らせたようじゃ。それが、お主の肩におるその竜と模様の特徴が一致しておる」

「ええっ、じゃあこのちっちゃい竜はイリスと一緒に百年間眠ってたの?」

「ポピ」

 竜が返事をするみたいに鳴いた。イリスが祭壇に寄りかかる。

「そういうことじゃ。星影ドラゴンの寿命を鑑みると、その竜の親はもうとっくに生きておらぬ」

「そんな……じゃあこの子、天涯孤独なのか」

「私もじゃがの?」

 イリスは冗談を言うみたいに苦笑した。

 僕は竜のきょとん顔を見て言葉をなくした。そうだったのか、この竜は小さな体のまま、百年の時を超えてしまった。イリスと同じで、目が覚めたら時代が変わっていたというのか。

 イリスはまだ、石碑の記録を見つめていた。

「最後の記録には、眠りについた仲間の名前が記されておる。私の名前もある」

 風が白い砂を運ぶ。イリスの乾いた髪が、さらさらと揺られて光った。

「不思議じゃの。私はついこの間までこの名前の者たちと話しておったのに、それはとうに百年も昔の出来事なのじゃ。眠りから覚めたら、どうか無事でまた会おうと」

 僕はやっと、彼女の胸の内の声を聞いた気がした。

 平気そうな素振りを見せているけれど、平気なわけがない。敵だと思わなかった竜から故郷を襲われ、仲間を失った。生き延びた最後の仲間も、次の時代に再会することなく、ひとりぼっちで目覚めた。

「目が覚めたら、竜がおらんくての。どうも竜同士も争って、数が減ったようじゃ。お陰で比較的安全に、私はこの街の跡地を出ることができた。世界はもう滅亡したのかと思ったが、歩いている途中で鳥族が生存しているのを見かけてな。まだ間に合うと思ったのじゃ」

 そっか、と、僕は声にならない声で相槌を打った。イリスは絶望の中で眠りにつき、諦めの中で目を覚ました。そして希望を見出して、たったひとりで使命を背負って、アウレリアを目指したのだ。

 イリスが急に、くるっとこちらを向いた。

「グッドタイミングじゃろう! 私が目を覚ますのがもう少し先だったら、エーヴェの島主に話をつけるのが間に合わなくて、残っていた三都市も全部壊滅するところじゃったぞ」

 向けられたのはニッと明るい笑顔で、僕は戸惑ってしまった。

「そ、そうだね」

 イリスは時に強引なほど、意志が強かった。彼女の決心の固さが、ようやく理解できた気がした。だけれど、なんて声をかけたらいいのかは、分からなかった。

「ねえ、イリス」

 なんて言えばいいか分からない。分からないから、これを聞くのは間違いかもしれない。

「なんで無理して笑うの?」

 間違いかもしれないけれど、抑えられなかった。

 イリスは困ったように笑って、首を傾げた。

「……なんでじゃろうなあ」

 細かい砂が、風で吹き上がっている。イリスの髪にぱらぱらとまとわりつく。憂いのある赤い瞳は、涙ひとつ見せない。

「強く生きなくちゃ、死んでしまうからかもしれないの」

 暗くて、砂が煙たくて、彼女の姿が少しくすんで見える。

「野生生物は、弱ってるところを見せたら強い生物につけ込まれてしまうじゃろう? それと一緒かもしらぬ。自分を信じて、信じ込んで、盲信的にならないと、怖くなってしまう。弱さを見せられるのも、強さの内なのじゃ」

「でも……」

「だからの、ツバサ殿。私に強がらせてくれぬか?」

 イリスがまた、目を細めた。

 なんだか、どうするのが正解なのか、分からなくなってくる。いや、初めから僕はなにも分かっていないのだろうが……。

 弱っている人に寄り添って、弱さを解放することが、救いになるような気がしていた。でも、きっとそれだけが正解ではないのだろう。

 僕は、魔導陣の書かれた床に目を落とした。

「分かんないけど、分かった」

 頷いたのと、俯いたのの、両方のつもりだ。

「頼りにしてるよ、イリス」

「任せておけ。弱っちいツバサ殿のことは、私が守ってやるでの」

 下を向いていたせいで、そう言ったイリスの顔までは見えなかった。

「今夜は良い夜じゃの」

 屋根の隙間から見える星空を眺めているのだろう。イリスがうっとりした声で言う。

「知っておるぞ、この周期は星の海の周期じゃ。こういう星の降り方をするときは、あと七日はずっと流星が続く」

「そう、なんだ」

「うむ。きっとアウレリアからも見えようぞ」

 僕らが来ないのを見かねて、フィーナがチャトを連れて戻ってきた。

「どうしたんですか? 流星、終わっちゃいましたよ」

「あっ、えっと……」

 僕は顔を上げ、イリスに目配せをした。イリスは口角を上げているだけで、黙っている。

 数秒口ごもってから、僕は肩の上の竜を指さした。

「それがね! この子、百年前から子供のままみたい。親がいないんだって」

 ちょっとだけ話を逸らしてしまった。フィーナが心配そうに竜の顔を覗き込む。

「あら。竜は手厚く子育てをするって言ってましたよね……親がいないと、どうなっちゃうんでしょうか」

 するとチャトが、竜に駆け寄ってきて首を傾げた。

「じゃあさ、ツバサがお世話してあげたら?」

 思いつきっぽい軽い口調である。僕は苦笑しながらイリスに尋ねた。

「人間が竜の世話をするなんて、できるの?」

「可能じゃぞ。流星の霊峰の竜族たちは、家の傍に竜が巣を作れば積極的に世話を焼いておったくらいじゃ」

 あっさりした返答が来る。それからイリスは、顎に指を当てて首を捻った。

「ふむ……竜の成長度合いによって、行える魔導の強さは異なるからのう。この竜でアナザー・ウィングが作れるかは分からぬが……。竜は他のマモノと同様、気性が荒くなっておる。下手に大きなものを捕まえようとするより、その竜を育てた方が安心かもしれぬな」

 それを聞いて、フィーナが竜に顔を寄せる。

「そうですね。人の手で育てたマモノは、野生とは違う体質になるようですし。これだけ小さな頃から育てたら、人に懐く竜になるかも」

「よし、決まり! ツバサ、この子連れて帰ろ!」

 チャトがさくっと即決する。元気のいい声に驚いて、竜がまたキーッと威嚇した。なんだかちょっと、先が思いやられる。

「そうと決まればまず、名前を付けないとね」

 かわいい竜を連れて帰るのが嬉しいのだろう。チャトはわくわくと竜の顔を覗いている。フィーナが彼の勢いに乗る。

「なんて名前にしましょうか。ツバサさんに懐いてますし、ツバサさんが決めてください」

「僕がつけるの? ええと、どうしようかな」

 無茶振りされて、僕は肩の上の竜と顔を見合わせた。竜が喉を鳴らす。

「ポピ、ピキュ」

「えっと、じゃあ、『ポピ』」

 とりあえず、聞こえたままの鳴き声を繰り返した。

「ポピでどうかな。名前」

 結構かわいいのではないだろうか。と、思ったのだが。目の前に並び立つ三人は、しょっぱい顔をしていた。

「……あれ、変?」

「ツバサって、案外センスないんだね……」

 チャトに毒づかれた。そんな。

「なんで!? かわいいよね? ねえフィーナ、ポピって名前かわいいよね?」

「ああ……いいんじゃないでしょうか?」

 フィーナも苦笑いしている。そんなに変な名前ではないはずなのに、なんだろうか、この扱いは。そういえば僕の「翼」という名前も、名乗った直後は「変わった名前」と言われた覚えがある。ネーミングセンスは、イフとイカイの文化的ギャップがあるに違いない。

「いいもん……リズリーさんあたりなら、多分褒めてくれるもん」

 いじけていたら、肩の上で竜……もとい、ポピがまた「ポピッ」と鳴いた。

 ふいにイリスが、石碑の方に目を向ける。

「じゃあ早速、そのポピがいかほどの竜魔導を発動させられるか、チェックするかの。そうじゃの……これを実行してみるとしよかの」

 そう言ってイリスは石碑の文様をひとつ指さし、祭壇の横からなにやら棒を持ち出してきた。イリスの身長を少し超えるくらいの、長くて黒い棒だ。洗濯竿くらいの太さで、よく見ると細かい模様が刻まれているようだった。

 イリスが神殿の床に描かれた円をなぞり、石碑の記録を確認しながら模様を描き込む。見たことのない複雑な模様だ。フィーナの表情を窺うと、彼女もぽかんとしていた。チャトも当然分からないようで、楽しそうにイリスの後ろについて歩いて、増えていく線を眺めていた。

「これでよし、と」

 イリスが棒の先でトンと地を突いた。

「ツバサ殿、真ん中に来るのじゃ」

 呼ばれた僕は、きょとんとしながらも彼女の指示に従った。フィーナもついてきて、チャトもちょこちょこと駆け寄ってきた。イリスは棒を肩に担いで、僕の横に立った。

「さて、ポピ殿。お主の咆哮を聞かせておくれ!」

 イリスが僕の肩に手を伸ばし、ポピを抱き上げた。ポピがピュイッと短く鳴く。

 と、同時に、イリスが描いた地面の模様が、ピカッと光を放った。

「えっ!? 光った?」

 暗闇の中で光が弾ける。僕が狼狽しているうちに、イリスがポピを真上に向かって投げた。

「もうひと声!」

 ポピは反射的に翼を広げ、空中へ舞い上がった。そして甲高い声で鳴く。

「ポピー!」

 鳴き声に反応するように、周囲の魔導陣がカッと光る。今度は、先程の光より強い。チャトが目をきらきらさせている。

「すっげー!」

 僕はというと、イリスの説明のなさに混乱していた。

「な、なになに!? なにが起こるの!? なんの魔導を使ったの!?」

「これはアナザー・ウィング作成の際に、試しに使ったという魔導陣じゃ。竜魔導の記録に残っておった」

 イリスの顔も、光に飲み込まれていく。

 眩しくて、目を開けていられない。腕で顔を覆っても、瞼の裏がまだ明るかった。

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