6 荒野

 ひとたびメリザンドの門を出ると、急に活気がなくなって都市の賑やかさが一瞬の夢のように感じた。サバンナのような乾いた更地が延々と続き、痩せた木がぽつぽつと立っている。

「えーっと、魔族の里がある木々も凍る森へは、このまま北に向かうんだよね。真っ直ぐ進んだら、別の森が見えてくる。それを抜けたら今度は山脈があって、その向こう側にやっと、木々も凍る森」

 僕はフォルク副班長から貰った地図を開き、先を確認しながら歩いた。

「最初に目指すところはこの森だね」

 荒野の北の方にある、地図上で緑色に塗られた辺りを指さした。フィーナが横から覗き込んできた。

「ここ、かつては獣族がたくさん住んでた森なんです」

「そうなの?」

「ええ。というか、地図の中に森がたくさんあるでしょう? 大体どの森にも、獣族の居住地はありました」

 フィーナの言うとおり、地図上にはあちこちに森が点在する。フィーナは地図から僕に視線を移した。

「そして森の中に泉の湧く岩場がある場所が多くて、そういうところには精霊族の住処がありました」

「獣族と精霊族は、テリトリーを共有して共同生活をしていたって言ってたね」

 百年前のマモノの来襲で、過去形になってしまった。

「こういう荒野にも、昔は識族の街があったんだよね。全然そんな面影がないなあ……」

 広がる荒野にため息をつく。百年前、一体なにがマモノを暴れさせたのだろう。

「今から目指す森一帯は、『涼風の吹く森』と呼ばれているんです」

 フィーナが懐かしそうに呟いた。

「私も、ここから来ました」

「へえ! フィーナの故郷なんだね」

 少しほっとした。全く知らない土地かと思ったが、フィーナが知っているところなら安心だ。

「ええ。今ではマモノに入られて荒れ果ててると思いますけどね。森の中は大体覚えていますよ」

 チャトが耳をぴんと立ててフィーナを見上げた。

「それじゃ、ここには誰かいるかもしれないんだ! 都市での暮らしに馴染めなくて、故郷に帰った人たちもいるから!」

「あっ、そっか。もしかしたらひと休みできるかも!」

 前向きな発想に僕もハッとなった。マモノに追われて都市に移住するも、識族が築いた暮らしが肌に合わず、マモノとの対峙を恐れず帰った人たちがいる。そう聞かされていた。

 フィーナも目を大きく開いた。もしかしたら、故郷が再生しているかもしれない。その望みが彼女の表情を晴れさせる。僕は一旦、地図を畳んだ。

「よし、まずはフィーナの故郷の涼風の吹く森を目指そう! 夜までに入りたいね」

「そうですね! 住民に会える会えないは別としても、精霊族が暮らしていた岩穴で眠れます。隠れるところがない荒野よりはずっと安全ですよね」

 目標への時間が決まると、気が引き締まった。獣族なり精霊族なり、人が住んでいればラッキーだ。俄然元気が出てきた。

 数メートル先にワニみたいな顔をした大きなマモノがのしのしと横切っているのが見える。それに食われまいとして逃げる、モルモットに似た体をした小型のマモノがチョロチョロと駆け抜けた。

「あの大きなマモノはもちろん、小さなものも刺激しないように進みましょう。大概のマモノは、狩りをするためや身を守るために攻撃手段を持ってます」

 フィーナが僕とチャトに注意を促した。

「驚かせたりしなければ大丈夫だと思いますが……威嚇されたら、逃げましょう。襲いかかってきて逃げられない場合は、仕方ないから応戦します。でも大声を出すと他のマモノまで寄ってきて勝ち目がなくなります。冷静に対処するんですよ」

「分かってるよ! フィノが襲われたら俺がガブッてするから」

 チャトが自慢の牙をちらりと覗かせた。フィーナが白い目をする。

「チャトがいちばん心配なんですよ……なんたってあなた、岩穴のクロコゲに夢中になって追い回した前科がありますから」

「それは謝ったじゃん!」

 なんだか、遠足の注意事項を説明する先生と、分かっているのかどうなのか微妙な子供のやりとりみたいだ。遭難者も出るような遠足だというのに、このふたりの会話を聞いているとそんな感じがしない。

 薄茶色の石がゴロゴロしているエリアに差し掛かった。手のひら大の丸い石がそこらじゅうに散らばっている。僕らはそれを踏みながらノコノコと進んだ。

「んっ……なんか気配がする」

 チャトがぴんと耳を立てた。僕はえっと周りを見渡した。が、石が落ちている乾いた大地が広がるだけで、近くにマモノの姿はない。

「そうかな?」

「いるぞ、近くになにかいる。俺は獣族だから、ツバサとフィノより耳がいいし、鼻も利く。勘だって鋭いぞ」

 チャトがじっくり目を瞑った。僕にはちっとも分からない。フィーナも分からないようで、キョロキョロと周りを見ていた。

「チャトって、こう見えて獣族としてはかなり優秀なんです。性格も典型的獣族ですし、この子はすごく獣族の特性を色濃く持ってるようなんです」

 たしかにチャトは、あの真っ暗な熱水の岩穴で目標のクロコゲを追い回せるほどの五感の持ち主である。

「だからチャトがマモノの気配を察知したら注意です。近くに現れるマモノを早めに把握して、対策を取っていきましょう」

 フィーナがチャトの肩に手をぽんと置く。チャトは自信満々に口角を上げた。

「任せて。俺がいち早く反応するから」

 チャトがレーダーになってくれるというのは、とても心強かった。チャトがいれば、マモノとの対峙を回避できるというわけだ。

 チャトは張り切って周囲の匂いを吸い込んだ。が、僕からいい匂いがしているらしく、彼はちらっとこちらを窺い見た。

「もし食糧がなくなっちゃったら、ツバサをちょっと齧ってもいい?」

「それはだめ……」

 チャトはいい子だとは思うのだが、ちょっとおバカなのが気がかりである。フィーナがチャトの耳をぎゅっと抓った。

「ツバサさんを食べちゃったらなんのために魔族のところへ行くんですか!」

「そもそも食べようと思わないでほしいんだけど……」

 フィーナもちょっと天然というか、から回っているところがある。

 とはいえチャトにはマモノを感知する五感と、出会ってしまっても戦える牙があり、フィーナには魔導がある。僕にもダガーがあるけれど、使ったことはない。ヘタレな上に力もない僕は、いちばん足を引っ張る。そんな僕についてきてくれるふたりに、せめて迷惑をかけないようにしなくては。

 そう意気込んだときだった。ふにゃっと、左足に石以外の感触があった。

「ピギャアッ」

「んっ?」

 なにか変な声がする。足元を見ると、薄茶色の丸い石……にそっくりな、同じ色をした丸い生き物がいた。ハムスターに似ているがサイズはプレーリードッグくらいである。石にそっくりで気づかなかったが、踏んでしまったみたいだ。

「あっ……ごめん……」

 足を退けた先で、またぐにゅっと柔らかいものを踏む。

「ピャアッ」

「あれっ、こっちにも!? ごめんなさい!」

 謝ったが、そんなのはマモノには伝わらない。

「ピギャーッ!」

 踏んづけられたマモノがくわっと牙を剥いた。その奇声で、そこらじゅうから同じ頭が顔を上げた。

 石だと思っていたそれらは、ところどころに眠っているこのマモノが混じっていたのだ。

「うわ! すごくいっぱいいた!」

「石に擬態して日向ぼっこしてたようですね」

 フィーナが身構える。仲間の警戒する声で昼寝をしていた同じマモノが目を覚まし、ピャーピャーと警戒音を共鳴させた。

 チャトがわあ、と呟いた。

「なにか気配を感じると思ったらこれだったのか。近くにいるのは分かったけど、見た目が石ころにしか見えなくて分かんなかった……」

 レーダーが感知していても、実物を発見できていなかったら対策の取りようがなかったのだ。

 マモノの耳まで裂けた口からは、ツルハシみたいな前歯が見える。チャトが尻尾を丸くした。

「これやばくない? 噛まれたら痛……」

 彼は途中まで言って、ひゃっと悲鳴をあげた。

「痛いっ!」

 チャトの尻尾に石コロみたいなマモノが噛み付いたのだ。痛いと叫んだ大声に反応して、群れが皆で背中の毛を逆立てた。

「きゃあっ!」

 フィーナも叫んだ。脚を噛まれたようで、悲鳴をあげて跳ね上がる。その上バランスを崩して尻餅をつき、彼女の下でマモノの声が上がる。

「ピイ!」

「きゃ、踏んじゃった。いたたっ、噛まないで」

 気がついたら、囲まれている。石に混じっていた石に似たマモノが、臨戦態勢で僕らを囲んでいるのだ。

「だ……だから言ったのに」

 フィーナが震える声で呟いた。

「だから刺激しないように、大きな声出さないようにって……」

 マモノたちがじりっと詰め寄ってくる。僕は身を屈め、チャトは尻尾の毛を逆立てて膨らめ、フィーナはぷるぷると立ち上がった。

 マモノの群れが、わっと一斉にこちらに飛びかかってきた。

「だから言ったのに!!」

 フィーナの叫びと共に、僕らは全力で走り出した。

 四方八方から飛んでくるマモノを避けたり、避けきれなくて噛まれたりしながらなるべく手薄なところに向かって走る。足の速いチャトはすぐにマモノの集団を抜けて開けたところへ逃げたのだが、しつこくついてきたマモノに尻尾をまた噛まれてのたうち回っている。フィーナは泣きそうになりながらめちゃくちゃに逃げて、時々咄嗟に魔導を発動させてマモノを追い払い、石コロのない平たい大地へ転げ出た。僕もなんとかマモノの群れを抜けたのだが、彼らの怒りは収まらず追いかけてくる。

「だから言ったのに! あれほど言ったのに!」

 フィーナが連呼する。僕は走りながら謝った。

「ごめん! でもあんなの気がつかないよ!」

「噛まれたら痛くて叫んじゃうよ!」

 チャトも言い返しながら先を駆けていく。

「フィノも噛まれて転んで、マモノ踏んずけたよね!」

「あれほど言ったのに、私も人のこと言えない!」

「仕方ないよ、あれは避けようがなかった」

 僕は脇目もふらず走り、酸欠になる頭で必死に考えた。今、自分がどこに向かって走っているのか把握できていない。後ろを見るとあの薄茶色のプレーリードッグみたいなマモノが砂煙を立てて追ってきている。噛まれた脚がピリピリと痛い。

 どうする、どうしたらいい。

 ガンガンする頭で考えて、僕はリュックサックに手を回した。とりあえず、横のポケットに入れてあったダガーに触れた。でもダガーで切りつけて追い払えるかと考えると、想像できないのでやめた。代わりにファスナーを引く。走りながら開けるせいで引っかかってスムーズに滑らないのだが、手が入るくらいまでこじ開けて手首を突っ込んだ。指に触れた、柔らかい丸いものをガッと掴む。

「あっちに行けー!」

 情けない叫びをあげて、僕は手に掴んだものをマモノの方へと放り投げた。それはメリザンドで買ったパンみたいな食糧だったのだが、背に腹はかえられない。餌が空中を飛ぶと、マモノたちはピタッと走るのをやめて頭上を飛ぶ食べ物を目で追った。彼らの興味は僕らから逸れ、全員が餌に群がっていった。

 僕もよろよろとスピードダウンして、去っていくマモノたちの背中を見送った。

「はあ……助かった」

「食べ物を投げるとは、考えましたね」

 フィーナが息を切らしている。

「初っ端からこれでは先が思いやられます。この反省を活かして、次はマモノに気をつけて進みましょう」

「そうだね。毎度食べ物を投げてたら自分の食糧がなくなっちゃう」

 今回はこれで凌ぐことができたが、なるべくもう身を削りたくない。

 そう決めた途端、僕の足はなにかにつんのめった。

「あ……」

 足元には、拳くらいの太さのある蛇がいた。紫とオレンジと緑という、毒々しい色の鱗を光らせ、ふたつに分かれた舌をチロチロさせている。

「きゃっ!」

 太い蛇型のマモノにフィーナが甲高い悲鳴をあげた。チャトまで叫ぶ。

「わあーっ! なんだこれ!」

 そして僕らは互いに、己の学習能力の低さに顔を青くした。

 蛇のマモノが大口を開け、カアッと頭をもたげてきた。

「言ったそばから!」

 フィーナの泣きそうな声を皮切りに、また走り出す。蛇がズルズル追いかけてくる。平らな道を滑るそいつは、かなり速くて鋭い牙が僕の足に追いつきそうになる。

「あのマモノは毒があります」

 フィーナが息をぜいぜいいわせている。

「噛まれたら痺れて動けなくなって、その間に首を絞められて、更に毒を注入されるんです!」

「怖い怖い! どうしたらいいんだ」

 焦るあまりに僕はまたリュックサックからなにか捨てようかと思ったのだが、その前にフィーナが動いた。片手を胸の高さに上げ、後ろに向かってその手を伸ばす。

 瞬間、パキンと軽い音がした。

 僕とチャトはその音が聞こえた後も数メートル走ってから、少しスピードを緩めて振り返った。フィーナが肩で息をしているのが見える。

 もしかして噛まれたのか、と思ったのだが、よく見ると蛇のマモノはそれよりもっと前で動かなくなっていた。

「体の表面を、少しだけ凍らせました」

 フィーナが荒い息で掠れた声で言う。僕ははあ、と安堵のため息をついた。

「よかった……」

 そういえばフィーナは、僕が噛み付きトカゲに襲われたときもそのマモノの口元を凍らせることで助けてくれた。魔導は便利だ。

 しかし魔導があれば無敵ということではないようだ。

「今、空気中の波動に触れてみて気づいたのですが、この場所は空気の水分が極端に少ないです。凍らせるにも水が足りなくて、手間取りました。今のマモノは体にヌメリがあったので、マモノ本体の表面にある水分を凍らせて、やっと動きを封じたんです」

 たしかに、この荒野は空気が酷く乾いている。

「あの一体だったから間に合ったけど、群れで出てきたら魔力が追いつかなかったかもしれません」

「うーん……魔導があるからって、なんでも防げるもんじゃないよね」

 フィーナに頼りきりにもなれない。とにかくマモノを避けて、と思っていた矢先だ。

「痛い! ガウッ」

 少し先でチャトが、影かと思うほど黒い狼みたいなマモノと揉めている。チャトの体とほぼ同じくらいの大きなマモノだ。

「ああもう、言わんこっちゃない」

 フィーナが魔導で援護しようとするも、湿度の低さのせいなのか細かい砂のような氷がパラパラ散るだけとなった。フィーナが自分の魔導のか弱さにショックを受ける。

 が、その必要はないといわんばかりに、チャトが狼の首筋に噛み付いた。狼の方もチャトに噛み付いて互いに揉み合いになっていたが、やがて狼の方が首を引っ込めて逃げていった。

「ふう。俺の牙の方が鋭かったな」

 チャトは満足げに狼を見送っていた。僕とフィーナは、お互いのポカン顔を見合わせた。

「ものすごく体当たり。でも見事に追い払った」

「獣族は身体能力の高さが他の種族とは桁が違うんです。野生的だから、こういうサバイバルな状況には強いのかもしれません」

 チャトは逃げていくマモノをしばらく眺めていたが、やがてその場にぺたんと座り込んだ。

「痛い……」

「そりゃあそうですよ、ノーガードで特攻していくんだもの……」

 フィーナが彼に駆け寄り、噛まれた痕のある脚をみた。鞄から薬草で作った薬を取り出して、傷に塗り込む。僕も傍に寄って、しゃがんだ。

「チャトに噛まれるとすごく痛いのは分かったけど、あれだとチャトも隙だらけだよね」

「力押しで勝つからいいの」

 チャトがむくれる。考えるのが嫌いで行動的だという、いかにも獣族らしい発言だ。

「ツバサさん、包帯を切りたいのでダガー貸してくれますか?」

 フィーナがチャトの怪我を手当しながらこちらを向く。僕はフィーナが支えている包帯を、ダガーで切った。

「一応これマモノから身を守るための武器なのに、初めて使ったのが包帯を切る仕事か……」

 切れ味は、使い込んだハサミみたいな感じだった。スパッと切れたのではないが、重くもなく切り込むのに力はいらない。

 フィーナがチャトの脚に、包帯をぎゅっときつめに縛った。

「チャトは無鉄砲すぎるんです。噛み付いたマモノが毒を持ってたらどうするんですか? 揉み合ってるうちに他のマモノが加勢してきたら?」

「フィノだってこの場所の波動は上手く凍らせられないって言ってたじゃん! 使えない魔導よりは俺の方が強いもん」

 チャトがカッと言い返す。フィーナが更に包帯をぎゅーっと締めた。

「使えなくないです! チャトなんてマモノに遭遇する度に怪我をして要領悪いったら……」

「いててっ。ごめんごめん!」

 チャトが土を尻尾で叩いて降参した。

「にしても、マモノってこんなに凶暴なんだね」

「百年以上前はそんなことなかったんですよ。人間が通っても、我関せずだったんです。それが百年ほど前から急にこんな風に人を襲うようになった……」

 フィーナが顔を曇らせる。僕も俯いて、自分の膝小僧と睨めっこした。

「今は場所が広いから、マモノが分散しててこっちに来る数が少ないけど……。百年前は、もっとあちこちに街があったわけだからマモノの密度も違うよね」

 きっとマモノたちは、束になって街に攻め込んできた。

「あんな勢いで人間に向かってくるマモノがたくさんいたら、退治が追いつかなくて小さい街は壊されちゃうよね……」

 実際、マモノたちは一斉に暴虐の限りを尽くした。そして人間を追い詰め、人間の住処をここまで縮小させた。

 フィーナはチャトの尻尾の毛を掻き分け、傷に薬を付けた。

「フィールドが広くてマモノが散らばってるにも拘らず、毛玉イシコロの群れ、斑アシナシ、闇色オオカミに連続して遭遇してしまいました。怒らせずに通り過ぎることができればよかったのに」

 そんな名前のマモノだったのか……と思いながら、僕はチャトとフィーナをそれぞれ見比べた。

「なるべくマモノを避けて進もうって話だったけど、こうなってくると、不可避っぽいよね。避ける避けるで避けきれるものじゃない。避けられなかった場合の対処法を考えておいた方がいい」

 僕はよし、と作戦を切り替えた。

「フィーナも前に言ってたけどさ、獣族と精霊族は得意なことが違うから協力して暮らしてきた種族なんでしょ。それってきっと、すごく強みになるよ」

 僕はダガーをリュックサックの横ポケットにしまった。

「さっきのでっかい狼みたいなマモノは、チャトの牙では応戦できたけど、フィーナの氷の魔導が上手く発動しなかった。でもその前にいたニョロニョロしたマモノには抜群に作動したでしょ。その代わり、そっちのマモノには毒がありそうだったからチャトが噛んだら毒が回った」

 どちらか片方だったら、回避できなかったのだ。

「瞬発力も攻撃力もある、接近戦向きのチャト。魔導で足止めしたり、遠くにいるマモノでも触らずに魔導が届く遠距離向きのフィーナ。それなら襲ってくるマモノの数とか種類によって、誰が向いてるかがバラけるってことだよ。協力すればどんなマモノからも身を守れるんだよ」

 チャトとフィーナが目を丸くしてこちらを見ている。僕はふたりと顔を見合わせ、続けた。

「僕は……なにもできないかもしれないけど、ダガーがあるからその気になればマモノに突き刺すことができる……かもしれない……。使ったことないから、上手くできないと思うけど……」

 自分の役立たず具合が苦しくて、少し語尾が萎んだ。

「少なくとも、包帯を切るくらいならできる」

「よっわー……」

 チャトが白けた目で僕を嘲た。歯に衣着せぬ物言いがグサッと刺さったが、元はと言えば僕の自虐である。

「とにかくさ、できることは違うんだからそれを利用していこう。僕もできそうなことがあればなんでもするから」

「そうですね。お互い頼れるところは頼っていきましょう」

 フィーナがよいしょっと腰を上げた。手当が終わったチャトも立ち上がる。

「だね。まあ、湿度の関係で魔導の発動が苦しいフィノよりも、俺の方が最強だから大体は俺に頼っていいよ! 俺がマモノを早めに見つけてあげるから」

「もう……すぐに調子に乗るんだから」

 フィーナがまたため息をついた。すぐ揉めるけれど、結局のところ仲がいいのだ。姉弟みたいなふたりに苦笑して、僕もしゃがんでいた体を立てた。

 マモノに追われて逃げ惑ったせいで、現在地がよく分からなくなった。自分が向いている方向も分からない。

「えっと、北はどっちだ? 太陽が向こうにあるからこっちかな」

 僕は邪魔するものがなにもない空を見上げ、進路を決めた。改めて見ると、いつの間にか太陽が結構傾いている。赤っぽい空に薄黄色の斑が差す空がどこまでも広がって、東の方はうっすら紫色になっていた。

 イカイの空はどうして赤いのだろう。僕がいた世界、イフでは、大気が汚れると空の色が濁ると学校で習った。ならばイカイの空には、イフとは違う物質が舞っているのだろうか。マモノがいたり魔導なんてスキルがある世界だ。大気の物質の中身が違うくらい、もう不思議にも思わない。

 時々、チャトがマモノの気配を感じて僕らに迂回を促したりした。彼が張り切っているお陰で、しばらくマモノを避けて進むことに成功している。フィーナが言っていたとおり、チャトはかなり敏感な嗅覚と聴覚と勘を持っているようだ。

 からっ風が吹いてくる。細かいさらさらの砂が頬に張り付く感じがした。メリザンドから離れるにつれて少し景色が変わってきた。まっさらな大地に僅かな草が生えているだけだったのが、この頃は木屑のような細かいゴミが落ちているようになった。主に板切れ。ときどき、金属片。それらが徐々に、地面に落ちている数が増えていく。

「イフの人たちは、魔導を使わないって本当ですか?」

 フィーナが鞄を肩に掛け直しながら尋ねてきた。

「リズリーさんが言ってましたよね。ツバサさんの世界は魔導が存在しない平行世界だって」

「うん。誰も使えないよ」

 その前提が違うというのは、イカイの人にとっては理解し難いことなのかもしれない。足元でパキッと音がした。またマモノを踏んだのかと思ったら、ただの大きめの木の板だった。

 フィーナはふうんと呟き、また質問していた。

「ツバサさんは、今どれくらい波動見えてますか?」

 いきなり、質問の意味が分からなくなった。僕は眉を顰め、しばし意味を考えてみたが、やはりさっぱり分からなかった。

「波動……とは?」

「魔導を使うときに練る、波動です」

「どんな風に見えるものなの?」

「ええと。色がなくて、感触もなくて、温かくも冷たくもないものです。でも存在しているのが分かるもの、です」

 フィーナが話せば話すほど、内容が意味不明になっていく。僕は自分がバカになったのかフィーナがおかしいのか分からず、目を白黒させた。

「色がなくて触れなくて……それって、見えてないのと同じじゃないの?」

「なんていうのかな、目に見えてるというのとは違うんですが、頭では見えてるんですよ。うーんと、言葉で説明できないんだけど……」

 フィーナは顎に手を添えて宙を仰いだ。数秒表現を考えていたようだが、しっくりくる言葉が見つからなかったらしく彼女は開き直るようにこちらに顔を向けた。

「とにかく、波動と呼吸を合わせるというか、触れて成形できればそれは魔力であり、形になれば魔導なんです。識族は魔導を使える人と使えない人とが半分ずつくらいいて、使える人の大半は僅かな魔力を鍛えて後天的に使えるようになった人たちです」

「魔導学園があるくらいだもんね。学んで手に入る力だってことだよね」

 精霊族であるフィーナは先天的に能力を持っていたというが、リズリーさんは鍛えたのだと言っていたし、ラン班長は鍛えようとしたのに才能がなかったと聞いた。

「つまりです。ツバサさんもイフの人とはいえ識族と同じ種類の人間だと思われるので、魔導を使えるかもしれないってことです」

 フィーナがピンと人さし指を立てた。僕ははあ、と間抜けな返事をした。

「どうだろう……。この世界では僕は識族に分類されるのかもしれないけど、イフでは魔導なんて使われてないから、イフの人間である時点で魔力はないんじゃないの?」

 自分にそんな能力があるとは到底思えない。しかし常識の基礎が違うイカイの人たちにとっては違うらしい。チャトが尻尾をパタパタさせた。

「分かんないよ、使えたら大発見だよ! イフの人でも魔導が使えるって証明になるぞ」

 無邪気に応援されると、もしかしたらできるのではないかという気になってくる。僕と同じタイプの体を持つリズリーさんやジズ老師は高い魔力を持っているらしい。体の造りが同じなら、僕でも百パーセント無理だとは言いきれない。

 フィーナが青い瞳をきらきらさせて、左手を指の間まで大きく開いた。

「簡単ですよ。まずこうやって波動の感触のない感触を確かめて手繰り寄せます」

 僕も真似をして手を開いてみたが、感触のない感触なんてどんな感触なのか想像もできない。どこにあるかも分からないものを手繰り寄せるなんて、もってのほかだ。

「簡単じゃないよ、それ」

「だよね、俺も分からない」

 獣族であり魔力を持たないというチャトがすかさず同意した。

「全く感覚掴めないんなら、多分俺と一緒で魔力がゼロなんだな」

「ツバサさんも魔導が使えたら、ダガーだけよりもいいかなと思ったんですが……」

 フィーナが手を引っ込めて諦めた。なんだか申し訳なくなる。

「折角教えてくれようとしたのにごめんね。僕も自分でマモノを対策できるようにしたいけど、魔導は難しいかな」

 かといって、僕はマモノを目の前にしたときにダガーを抜くという発想はなかった。刃物という武器を持っていながら、それを出して戦うということを思いつかなかったのだ。

 この世界の人からしたら、「なんでだろう」と思うのかもしれない。マモノがいて、襲ってきているのに、抵抗しようとしない。武器があるにも関わらずだ。

 仕方ないのだ。イフにはマモノなんかいないから、それを相手に戦うという習慣などない。似たもので野生動物なら存在するが、日常の中でそれに襲われて、手荷物から刃物を出して攻撃するというシチュエーションなど滅多に起こり得ない。

 だから、仕方ないのだ。僕が戦い慣れないのは仕方ない。

「お腹空いたなー」

 チャトがぽつんと呟く。フィーナが一旦立ち止まって、自分の脚を拳で叩いた。

「ちょっと疲れてきました」

 僕も歩き疲れてきていて、太腿がパンパンである。

「休憩したいね。休めるとこあるかな」

 周囲はまっさらな荒野に板や瓦礫が散らばっている。それらのゴミの量が増えている気がする。

 空を見上げると、太陽が沈みかけてピンクだった空は紫色を濃くしていた。

「暗くなってきましたね。夜までに涼風の吹く森で休みたかったけど、全然森が見えてこない」

 フィーナが進行方向に目を凝らす。僕も同じ方向を睨みつけた。

「地図で見るより距離感があるのか、マモノに絡まれたせいで時間をロスしたのか……いずれにしろこのままじゃ夜まで歩いても森に届かないかも」

 瓦礫の山が高くなっていく。

「ねえ、この瓦礫ってさ……」

 僕は積み重なる瓦礫に足を乗せて歩いた。

「ここにはかつて、町があったってことだよね」

 それは、人々の生活の跡だ。家屋だったもの、家具だったものがバキバキに壊されて、ただの板切れや瓦礫に変わっている。僕たちはその町の死体の上を歩いていた。

「こんなに、めちゃくちゃになっちゃったんだね」

「破壊されてから百年も経ってますもの。今でも毎日少しずつ、すり減っているんでしょうね」

 フィーナが手のひらくらいの大きさの木の棒切れを蹴る。飛んだ先にあった他の木片にぶつかり、カロン、と寂しい音がした。

 瓦礫が更に増えてくると、家屋の面影を残した跡も見つかった。屋根がなくて壁も破損しているが、それが建物であることは分かる。そんな廃墟の群れが、薄暗い中にぽつりぽつりと現れてくる。

 知らない場所なのに、無性に物悲しくなった。かつてはここに住んでいた人たちがいて、それがこんな風に壊された。中には避難が追いつかずに亡くなった人もいるだろう。そんな人たちを助けることもできず、この場所を諦めて都市に逃げるとき、どんな気持ちになるのだろう。

「お、ここ屋根があるよ」

 ひとり体力が有り余っているチャトがぴょこぴょこと先を行く。流石、獣族は基礎体力が違う。彼は扉が外れた木造の家屋に顔を突っ込んで中を覗いた。

「壁に穴はあいてるけど、他のところよりは形が残ってる。中は……ぐちゃぐちゃに荒れてる」

 顔を外に出して、チャトはこちらを向いた。

「マモノは潜んでないみたいだよ。ここでひと休みしようよ。お腹空いた」

「そうですね。もう暗くなってきたし、今夜はそこで眠りましょうか」

 フィーナもチャトに駆け寄り、ふたりは崩れかけの廃屋に入っていった。僕もそれを追いかけていく。

 薄い木の壁を組むようにされてできた、小ぢんまりした一軒家である。中はチャトのいうとおりぐしゃぐしゃに破壊されていた。部屋と部屋の境だった壁はぶち抜かれて、屋根にはところどころ穴があいて星空が欠けて見えた。

「ここだったら隙間風が少ないかな」

 チャトが耳をぴくぴくさせて風をはかっている。建物のおよそ真ん中辺りで、風が少ない場所を見つける。天井は抜けていたが、足がヘトヘトだった僕らはその床に腰を下ろした。

「ご飯にしよう!」

 チャトがすぐさま鞄から食べ物を取り出す。僕は足元にあった木屑を集めて、メリザンドで買った火起こしの燃料を取り出した。拳大の黒い岩石みたいなもので、これを温めて燃えるものの近くに置くと、火がつくらしい。

「火を焚いておくとマモノが寄ってこないんだって。ここに火を起こしていい?」

「どうぞどうぞ」

 フィーナがこくこく頷く。僕は石炭みたいな燃料を手に首を捻った。

「温めるというのは、手で擦ったりしたらいいのかな」

 カイロみたいにするのかと思って擦っていると、フィーナがこちらに手をかざした。

「それでもいいんですけど、こっちの方が早いです」

 温度を調節する魔導だと、すぐに分かった。瞬間、石がぶわっと熱くなる。

「あっつ!」

 ゴトッと落ちたそれは、僕が集めた木屑の上に着地して木屑を焦がした。部屋の中に焚き火が完成する。

「この燃料も魔道具の一種でして、クロコゲの表皮片を加工したものなんです。クロコゲの表皮は常に新しいものに内側から再生されてるので、古い表皮が削れて落ちるんです。それを冷却したものが、これなんですよ。温めると一時的に熱が再生するんです」

「そういえば、クロコゲに触ると紙が燃えたな」

 岩穴の中で灯りを失ったとき、僕はクロコゲに触れてノートを燃やし、松明にしたのだった。この世界の人たちは、クロコゲのその特性を利用してこんな燃料を作っていたのか。

 クロコゲの表皮だけでない。伝言鳥も運び鳥もマモノだ。人間の暮らしにそういったマモノの存在は切っても切れないものなのだろう。

 チャトが起こした火に食べ物を近づけて焼いている。無邪気な笑顔が明るい火に当てられて、黄色くチカチカしていた。フィーナの青い瞳にも揺れる炎が映り込んで、きれいだ。

「煙火の魔導が使えれば、この燃料がなくても火を起こせるんですけどね。私にはできなくて」

 フィーナの瞳の中で炎が揺れている。

「魔導ひとつで炎を起こすには、摩擦の波動を集めて肥大化さて大きな摩擦力を起こす必要があるんです。でも精霊族に元々備わっている魔力では摩擦の波動に触ることができないんですよ。魔導学園に入って習いたいな……」

「炎が自由に出せたら便利そうだけど、でもこうして燃料をあっためてくれるだけでフィーナは充分すごいよ」

 僕はパンに似たポンというイカイの食べ物を口に運んだ。チャトが焼いたポンをおいしそうに頬張る。

「ツバサ、なんでマモノが来てもダガーを出そうとしなかったの? 傷つけたらかわいそうって思ったのか?」

 あどけなく尋ねられて、僕は口の中をもぐもぐさせながら考えた。マモノをかわいそうに思ったか、と聞かれればたしかにかわいそうではある。興奮状態にあるマモノを不用意に傷つけるのはよくない。が、実際に襲われたときには、そこまで考えて躊躇したのではない。

「単純に、ダガーのことを忘れてたんだよ」

 戦う発想がなかったから、持っていたことすら頭から抜けていたのである。

 イフにはマモノなんかいないから、それを相手に戦うという習慣などない。だから、仕方ないのだ。僕が戦い慣れないのは仕方ない。その結論が自分の中で出ていたはずだった。

 が、チャトは不思議そうに首を傾げた。

「また、戦おうとしなかったね」

 僕はハッと息を呑んだ。噛み付きトカゲからチャトとフィーナに助けてもらったときと、同じだ。あのときも僕は戦おうとしなかった理由を、チャトから尋ねられている。そのとき僕は、「戦うすべがなかったから」とこたえた。噛み付きトカゲとの圧倒的な力の差を前に、手も足も出なかった。

「武器があっても、戦いたくないみたいだったから……マモノに痛いことしたくないのかなって思ったぞ」

 チャトは特に嫌味でもないのであろう素直な声色で言った。

 イフにはマモノなんかいないから、戦うという習慣などない。だから僕は戦おうとしなかった。はずだった。

 しかし、それはイカイに限ったことではない。

 天ヶ瀬さんの言葉が頭の中で蘇る。

『変わりたいと思わないの?』

 僕が戦おうとしないのは。

『どうして、戦おうとしないの?』

「勝てない」と踏んだからだ。

 マモノだろうが、渡辺だろうが、僕は自分に襲いかかってくるものに対して、まず逃げることから考える人間だからだ。

 廃屋の中は炎で温められて、心地よい温度になっていた。

「あら、静かだと思ったら……」

 フィーナが呟く。ポンの最後のひと口を口に放り込んで、僕は彼女の目線を追った。いつの間にかチャトが眠り込んでいる。

「まだ元気そうに見えたけど、自分の限界に気づいてなかっただけで体はくたくただったのかもしれないですね」

 苦笑しながら、フィーナはチャトの鞄から毛布を出して、彼の体を包んだ。

「私たちも眠りましょうか。じっくり休めるような環境じゃないけど、寝ないと明日の体力が作れません」

「そうだね。おやすみ」

 僕は自分のリュックサックの中の毛布を引き出して、くるんと包まれた。フィーナも同じように毛布を被る。真ん中にチャトを挟んで、僕らは川の字になった。目を閉じてみると、火がパチパチ光っているせいか、瞼の裏は赤っぽかった。

 しかし、周りは瓦礫だらけで寝心地が悪い。体が休まらない寝床であることも一因だが、チャトの言葉も気になって頭が冴えてしまう。

 どうして戦わないのか。戦う意思がない弱い自分は、この先魔族の住む場所にまで辿り着くことができるのか。こんな弱い僕に、成し遂げられることなどあるのか。

 チャトは純粋な疑問を呈してきただけだ。僕を責めたのではない。それに僕が自分自身を見つめたところで、この弱さは変わらない。これで反省して、明日から積極的な性格になれるかといったらそんなことはないのだ。

 どうにも寝付けずに、僕は目を閉じたり開けたりしていた。考えたってどうしようもないことなのに、魚の小骨が喉に引っかかったみたいに、胸がちくちくして眠れないのだ。

「……ねえフィーナ」

 チャト越しのフィーナに、ぽつっと声を投げた。まだ起きていたフィーナは、ん、と返事をしてくれた。

「ごめんね、僕、なんの役にも立てなくて。魔族のところに行かなきゃならないのは僕が原因なのに、その僕がなにもできなくて……本当にごめん」

 なにもかも、チャトとフィーナに頼りきりなのだ。情けなくて仕方ない。

「ツバサさん」

 フィーナの声は、少し眠たそうだった。

「私がどうして、あなたについてきたか分かりますか?」

「どうして?」

 僕は、ひとつまばたきをした。そのままゆっくりと目を閉じる。フィーナの声が続いた。

「ツバサさんが、優しいからですよ」

「……ん?」

 閉じた目を、もう一度開く。少し頭を起こすと、チャトの向こうでこちらを向いていたフィーナと目が合った。

「放っておけない人柄なんです。この人をひとりにさせて、なにかあったら、きっと私は悲しいなって……そういう気持ちになるんです。多分これは私だけじゃない。リズリーさんも、駆除班のおふたりも、ジズ老師も……そう思っているはずです」

 青い瞳に炎が反射する。きらきらして、海の波間みたいだ。

「チャトも言ったでしょう? マモノを傷つけるのがかわいそうなのかって……そんなことを考えそうな人だって、この子も思ってるんです」

 フィーナの色白な手がぽんと、チャトの丸まった背中を撫でた。僕は、なんて言えばいいか分からなくてただその仕草を眺めていた。

「あなたは熱水の岩穴で、私に『泣いてもいい』という選択肢をくれた……この先一生、忘れません」

 フィーナがふわっと、柔らかく微笑んだ。白金色の髪が炎に照らされてきらきらする。瞳が宝石みたいで、真っ直ぐに見つめられた僕は思考回路を奪われた感じがした。

 心臓がきゅっと縮こまって、顔が熱くなる。

 ただでさえきれいなフィーナの顔が、今、本当にきれいだ。

「優しいんじゃなくて……臆病なだけだよ」

 僕はバサッと毛布を頭ごと被った。外からフィーナの笑い声が聞こえる。

「ふふっ。イフの人って、謙虚なんですか?」

 顔の火照りを押さえるように、僕は布団の中で丸くなった。余計に眠れなくなったかと思ったが、気がついたらストンと眠りに落ちて朝まで泥のように眠っていた。

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