第29話 刹那に馳せる想い1


 百鬼夜行に回ってくる依頼書は、個人が出すものも当然存在するが、大抵は百鬼夜行の"耳"であり"目"たる諜報部隊が怪異を観測して初めて出されるものが大抵である。

 今回も、その例外ではなかった。


「すげーな、ココ。一面原っぱじゃねーか。森の奥地にこんな場所があるとはな」


 諜報部隊の隊員である二人の男が訪れたのは、静岡にある森の中。発言したように、森の中だというのに訪れた場所だけ樹木が一本も生えていない草原という、特殊な場所だった。


「土地神のお気に入りだから、とかじゃないっスかね? 見たところ神域しんいきっぽいっスし」


 日本にある土地全てには土地神がおり、それぞれに土地神の加護がある。その中でも極めて加護が強い土地が稀に存在し、霊能者はそれを神域と呼ぶ。

 神域が存在する理由は定かになっていないが、霊能者は土地神の気まぐれだと考えている。故に、神域のことを「土地神のお気に入り」と呼ぶ者も多い。

 神域はそれぞれ様相が異なり、その土地神により様々。そのため、男がこの場所を神域と呼んだのはあくまでも推察であり、本当に神域かどうかは明らかでない。

 ただ、その土地が発する霊力は他の土地に比べ桁違いであり、その推察はあながち間違っていないことは確かである。


「まだ調査されてないところがあるとはな。しっかし、この感じだと怪異はいないか」

「無駄足でしたっスね、先輩」


 この二人は未知の霊力を感知したため、ここに赴いた。しかしその霊力を発していたのは土地で、怪異のものではなかった。後輩にあたる男が言うように、怪異がいないかを調査していたこの者たちにとっては無駄足に近い。


「まぁそうなんだが、俺たちがここを報告したらまた勘違いするやつが出ないだけ良いじゃないか。ここはポジティブにいこうぜ、ポジティブに」

「先輩、そのポジティブ、大体空回りしてるっスよね。だから職場でもポンコツって認定されるんっスよ」

「うるせぇよ!?」


 しかし、ここに赴いたことが無駄足ではなかったことに、ポンコツの男が気づく。


「だからポンコツじゃねーよ! …………って、ん? おい、あれ……幽霊じゃないか?」

「居るわけないっスよ、こんな神域で。またまたー、嘘つかないで下さ……あ、確かにいるっスね。まさかまさかの」

「どんだけ信用ねーんだよ俺は! ……まぁ、普通はいねーわな。神域なんかに現れようものなら、土地神に即排除されてもおかしくねーんだが……」


 二人が揃って見ていたのは、草原のど真ん中。そんな場所に、霊能者である二人が漸く気づける程に希薄な霊力しか持たない幽霊が、立っていた。

 うつむき気味で、顔は判別できない。髪は長いが、ガタイの良さと着ているものを見るかぎり男のようである。


「見たところ、E級の幽霊っスかね? 霊力も少ないっスし、なにより気づけるギリギリの存在感しかないっスし。無駄足じゃなくて良かったっスね、先輩」

「……いや…………」

「どうしたんスか、お腹痛いんスか?」

「今そこには突っ込まないぞ。……本当にあれ、E級か?」


 後輩が言うように、霊力、存在感の無さはE級、もしくはEレベルもあるかどうか怪しい程である。

 しかし、先輩の男はそれに引っかかりを覚えた。

 その理由はただ一つ、その幽霊の存在感が無さすぎるということである。

 E級ともなると、霊力は少なく、力も大してない。だがそれでも、気づけないという程ではない。霊能者であれば、気づけて当然である。

 であるのに、非戦闘員とはいえ霊能者が二人いても尚、見逃しかけたのである。それに違和感を持ったのだ。


「…………まぁ、C-で良いだろ」

「C-もっスか!? いらないと思うっスけどねぇ……」


 ただ、違和感に気づけたもののその男に戦闘経験は無く、その違和感がどれほど重要か理解していなかった。

 そのため、二人は後々この判断を、後悔することになる。




「え? 今日は別々で依頼を受けるのか?」


 オレが先程言った言葉に、薬王樹がそう聞き返してきた。

 炎灯は……オレと一緒に行かなくていいという安心感と、「なんで?」という疑問が顔に出ている。よくそんな複雑な顔出来るな。


「あぁ。つい先日の怨霊呪殺の件で、大分時間を取ってしまったからな。おかげでこんなに依頼が溜まってる」


 オレは炎灯の顔を無視しつつそう言って、オレは机の上に乱雑に置かれた依頼書のいくつかを手に取り、ヒラヒラと二人に見せびらかすように揺らす。


 実は百鬼夜行には小隊それぞれにノルマが課されており、それをクリアしないと上から「ちゃんとやれよお前ら」的なありがたーい通達が渡される。別にそれを喰らってもそこまで痛くはないのだが、あまりに増えすぎると小隊長だけお小言を長ったらしく喰らうので、はっきり言ってメンドクサイ。

 だからそれを避けるために、と言い方はあまり良くないが、まぁ、大体の隊員が必死に依頼を受けるのはこのためだ。隊員というか、小隊長だけが必死な気もするが。


 一応スケジュールにも書いて計画通りに進めるつもりだったのだが、先程も言ったように怨霊呪殺の件に時間をかけすぎたがために詰め詰めのスケジュールになってしまった。

 それを少しでも楽にするため、分かれて依頼を受けて効率を上げようと考えたのだ。


「だから今日はオレとお前ら、薬王樹と炎灯に分かれてそれぞれ依頼をこなすつもりだ。それでもいいか?」

「まぁ、依頼が溜まってるってんならしょーがないが、それだったら俺たちも一人ずつでやった方が良くないか?」

「そーよ。別に溜めても良いけど、その分困る人が出るのは嫌だから、そうした方が――」

「炎灯お前、先日の件で先走ったこと、もう忘れたのか?」

「ぅぐ……」


 先走ったというのはもちろん、呪殺の件にて、居間の襖を二人の制止を聞かずに勝手に開けた、あのことである。


「ま、まだ言うのそんなこと!? あれから一週間以上経ってるっていうのに、ねちっこいわね!!」

「オレがねちっこいかどうかはともかく、そんな行動を犯したということが重要だ。いつまた危ない行動をするかわからないやつを一人で任務に出せるか」

「……確かにあれは私が悪かったけど、いつもはしないわよ。あれは薊さんの怨念に過剰に反応しちゃって……」

「それはオレもわかっている。だが、失った信頼は倍の実績でしか取り戻せない。この別々の任務で何もなかったら、その認識は撤回する。だから二人で任務を受けてくれ」

「…………わかったわ。あんたからそんな評価をずっと受けてるなんて癪だから、さっさとそんな認識撤回させてやるわ」

「そうなるよう、祈ってるぞ」


 オレはそう言うと、机にある依頼書の数々を整理する。整理して数えてみると、七件。そこまで多くないが、一日で受けると思うと少しキツい。だから分担してやろうという魂胆だ。


「そうだな、この三件が薬王樹と炎灯、残りの四件がオレ、という分担でも大丈夫か?」

「それは別に大丈夫だが……お前一人で三四件は大丈夫なのか?」

「そこは問題ない。依頼の等級もそこまで高くないし、この四件は位置的にそう遠くなく自力で行ける範囲だ。お前たちのは距離が離れてる分、移動時間も計算に入れてる」

「そこまで考えてるんなら、大丈夫だな。炎灯、さっさと行こうぜ。ちゃっちゃと終わらすぞ」

「わかってる!」


 早速依頼に向かおうとする薬王樹に付いていくように出ていく炎灯。

 オレは念の為、出ていくギリギリの瞬間、薬王樹に(炎灯が本当に暴走していないか見るための)監視用の式符をこっそり付ける。信用していないわけじゃないが、万が一のためだ。

 ちゃんとバレていないか確認すると、オレも出かける準備を始めた。



 始めの一件を終わらせたオレが向かったのは、つい先日発見された、静岡にある神域。そこに出現した霊を退治する依頼だ。

 森の中を歩いて数十分、オレはその神域に到着する。

 その神域は依頼書にあるように、森の中だというのに樹木が一切生えていない草原が広がっており、不思議な空間だった。

 確かにこれは神域だなと思いつつ辺りを見渡すと、確かにその草原のど真ん中に、やたら気配の薄い霊がいるのを確認した。


「備考にあるように、確かにかなり気配がないな。霊力もほぼ感じられない。本当にただ単に、土地神に気づかれてないだけかもな」


 オレはそう呟きながら、その霊がいる所まで向かおうとした。


 しかし、少し近づいたその瞬間、感じたことがないまでの悪寒が、体を駆け巡る。


「ッ!?」


 明らかに、空気が変わった。時間の流れが遅く感じ、周囲の音が遠ざかっていくかのような感覚に襲われる。また、その空気に飲まれ、息がしづらい。脂汗が吹き出す。

 幾度の死を経験したオレが、今までと比べ物にならないほどの「死」を感じる。前に一度、怪異に喰われた時にも似た感覚を覚えた。

 だが今回のは、次元が違う。


 空気を変えたのは誰か。ここまでの「死」をオレに感じさせているのは誰か。この神域の主、土地神? いや、違う。目の前の、霊だ。未だ軽薄な気配のままだが、間違いなくこいつだ。

 オレは霊を注視する。髪は長いが男だ。そして今気づいたが……その男は、日本刀をいていた。


 そんな中、件の霊はゆっくりと顔を上げる。長い髪をしているため表情は読み取れないが、視線をこちらに向けた。


 そして佩いていた刀を抜き、右手のみで持ち脇で構えるという、独特の脇構えをしたその刹那。


 彼の姿が、掻き消えた。


「!?」


(どこに消え――いや違う、速すぎるんだ! 目で追えな――ッ)


 そこまで考えられたが、それ以上は無理だった。

 いつの間にか、もう既に霊はオレの眼前に来ていて。

 下から繰り出される逆袈裟斬りを、オレ自身いつ抜いたかわからない太刀と脇差で、なんとかガードしていた。


「ぐッ!?」


 凄まじい威力の斬撃。受けた両手が痺れる。奇跡的に防御できた嬉しさも感じることが出来ない。

 次もなんとかガードしなくては、という完全に引け腰な思考に陥ったオレは、次の攻撃に備えようとする。

 だが、いつの間にか放たれていた二撃目の斬撃が、既にオレを斬り裂いていた――。

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