第28話 一夜明けて


 怨霊呪殺の解決から、一夜が完全に明ける前。

 舞は、普段起きない時間に目を覚ましていた。

 舞が目をシパシパさせながら時計を確認すると、朝の四時。普段は朝の五時半に起きているため、かなり早く目が開いてしまったことになる。彼女は比較的朝に弱いため、こんなことは滅多に起きない。

 舞は気にせず寝ようとしたが、思うように寝付けない。このままでは埒が明かないと感じ、とりあえず水を飲もうと台所へと向かう。


 深く寝付けなかったからか、体全体に怠さを感じる。そんな不快感を紛らわすために水を飲もうと、水を飲む目的が変わりつつあった舞。しかしまだ寝ぼけているのか、台所に明かりが灯っていることに気づかない。

 欠伸をしながら台所へと入った舞の目に飛び込んできたのは、光が野菜を切っている光景だった。


「……げ」


 舞は一瞬固まり、直後思いっきり顔を顰める。

 朝から顔も合わせたくもないヤツが目的の場所にいたのだ、顔を顰めるのも無理はない。

 対して光は舞を一瞥いちべつもせず、野菜を切りながら話しかける。


「炎灯か。珍しく早いな。何か用か?」

「あんたに用はないわよ。水を飲みに来ただけ」


 早朝から見たくない者の顔を見てすっかり眠気が飛んだ舞だったが、すぐにその顔は疑問一色へと変わる。


「……あんた、何してんの?」


 言い方はあれだが、その疑問はもっともである。

 霊能者という職業上、怪異を狩るために強くならなくてはならないため、早朝に鍛錬する等といったことはよくある。だが、光は何故か野菜を切っており、何かの鍛錬には見えない。

 野菜を切っていることから何らかの食事を作っていることは明らかだが、その理由がわからない。そのため、舞は質問したのだ。


「……食事の支度以外に見えるのか?」

「いや、それを見ればわかるわよ。聞きたいのはなんであんたがやってるのかってことよ。あといつの食事用かもわからないんだけど」

「これは朝の分だが、この後昼と晩の分も作る予定だ。なぜオレがやってるかは――」

「ちょ、ちょっと待って、あんた三食分も作ってんの!?」

「いや、三食だけじゃない。九食分……お前たちの分もだ」

「――はぁ!?」


 舞は思わず驚愕し、声を荒げる。


「な、なんであんたがそんなことしてんのよ!? というか、あんたが作った食事なんか食べさせないでくれる!? 変なの入れてないでしょうね!!?」

「誰が入れるか。それにもし入れたとしても、今までの内に気づいたはずだ。これが初めてではないからな」

「――は??」


 当然かのようにカミングアウトされた事実に、今度は呆けた声しか出せない舞。


「え、ちょ、それどういう意味……? 今までのって炊事部隊のやつじゃ……」

「なんだ、気づいてなかったのか。それはそれで嬉しいものだな、あの炊事部隊の食事と間違えてくれるとは」


 百鬼夜行に属する霊能者は基本各自で食事を用意しなければならないのだが、申請さえすれば炊事部隊にデリバリーを頼むことが出来る。

 ただ、炊事部隊が本部にしかいないのと、現代のように即配ができるわけではないため基本冷めた状態で届くのだが、炊事部隊はそれを考慮した上で選択、調理しており冷めた状態でも美味しく食べられる食事になっている。そのため、デリバリーを頼んだことのある面々からはかなり人気があるのだ。

 舞は以前それを食べたことがあり、第十四光の小隊に入ってから用意されていた食事も同様にクオリティが高く、冷めても美味しいものが多かったため、炊事部隊のものと勝手に思い込んでいた。だがこの口ぶりだと、今までの食事全てを光が作っていたことになる。


「ッ――!」


 舞は思わず赤面する。今の今まで美味しく食べていたものが、大嫌いなやつが作っていたものだった。そこはまだ良いのだが、光の言ったように「炊事部隊が作った食事と比べて遜色ない」と自分で言ったのも同然な口ぶりになってしまっただけでなく、今までずっとそう思って食べていたため、恥ずかしさでいっぱいになったのだ。


「まぁ、何度か炊事部隊の手伝いをしたことがあるからな。味付けが似ていてもおかしくはない。実際、近づけるよう努力はしたしな」

「そ、そんなことよりも! こ、こんな朝早く起きて私たちに気を使って、あんたに何の得が?!」

「得なんかない。隊員のことを考えるの小隊長として至極真っ当なことだからな。それにお前たちだけじゃなく、炊事部隊と運送部隊の負担を増やさないためもある。炊事部隊はそれが本職なのはともかく、運送部隊にかかってる負担は尋常じゃない。微々たるもんかもしれないが、負担を増やすよりはよっぽど良い」

「――」


 確かに、デリバリーするには運送部隊の力を借りなければならない。運送部隊が多忙なのは配属希望の際に轍部隊長と顔合わせしている者なら誰でも知っているが、それでもその分の料金は払っているため殆どの人は気にしていないだろう。もしくは料金を上乗せするぐらいだ。


(なのにこいつ、そんなことまで考えて……?)


 舞が光の気遣いに絶句していると、不意に光が手を止める。


「……すまなかった。お前には、辛い役回りをさせた」

「……え?」

「眠れなかったんだろ? だから水を飲みに来た。違うか?」

「それは……」


 確かに、当たっている。舞は昨日の出来事が忘れられなかった。そのせいで寝付くのが遅く、また完全に熟睡することが出来なかった。だから、こんな朝早くに目が覚めてしまったのだ。

 まさかそれを、嫌いなやつから指摘されるとは思ってもみなかったが。


「あの場で痛みを伴わずに浄化できるのが炎灯しかいなかったとはいえ、最初から薊さんの念を感じていた節があった炎灯にやらせたのは酷だった。……すまん」

「……気づいたのはあの人の笑顔を見た時だったから、別にあんたが謝るようなことじゃないわ。それに最終的にやると決めたのは私。勘違いしないで」

「……わかった。だがもしまた、あのようなことがあったら――」

「もうわかったから!」


 炎灯は怒ったように手荒くコップを掴むと、勢いよく水を注ぎ、勢いよく水を飲んだ。


「っ。私の用は終わった! じゃ!」


 舞はご丁寧にもコップを洗って乾燥させる場所に置くと、足早に台所を去ろうとする。

 しかしその手前で足を止めると、重たい口を開く。


「……心配してくれたのは感謝するわ」


 舞は小さくはあるがそう口にすると、やはり足早に台所を去っていく。

 捨て台詞かのように置いていった感謝の言葉に、光は苦笑した。



 舞は、動揺を隠せなかった。

 人のことなんかどうでもいい。自分のためだけに力を使う。そんなやつだと、思っていた。

 だが、さっきの光からはそんな自己中心的な感情は読みとれなかった。いや、さっきだけではない。光は壽松木 達彦に生きるように諭していた。

 そんなやつが、本当に噂通りのことをするとは――。


(いや!)


 だがそれ以上の思考を、心が邪魔をする。


(油断して騙そうとしてるに違いない。それがあいつのやり方なんだ。そうに、決まってる……っ!)


 頭は理解しかけているのに、心が拒否する。噂よりも目の前の事実が確かだとわかりかけているのに、気づきたくない。

 心がザワつく。怒りにも似た熱が、心を揺らす。だがそれは怒りではない。怒りではないのに、怒りだと思い込む。


 なぜそんな思考になっているのか、気づく前に自分で蓋をしてしまった舞。自力で気づくのは、まだ少し、後のことになる――。




 夜が空け、日が完全に顔を出し切った頃、光は百鬼夜行ひゃっきやぎょう本部に来ていた。上司にあたるある人物に、報告をするためだ。


「――以上が、今までに受けた全ての依頼の顛末です。天宮城元帥」


 光が頭を垂れ報告をした相手は、かつて配属初日に顔合わせした天宮城 真元帥。現在は光が小隊長を務める第十四小隊の直属の上司に当たる。

 ……などと言えば聞こえは良いが、実際は監視に近い。百鬼夜行きってのじゃじゃ馬が一つの小隊に集中しているのだから、当然と言えば当然だが。


「なるほど、ね。仲良くやってて結構じゃないか」

「いや、今まで聞いててどこでそう思ったんですか。仲良くやってる要素一つもないんですが?」

「いやいや、激しく衝突してないだけ全然マシだよ。キミだって知ってるだろう? 彼女らの二つ前にいた小隊で、小隊長をボッコボコにした件は」

「そりゃそれに比べたらどれもマシになりますよ」


 元帥が言ったように、舞は二つ前の小隊にいた際、小隊長を気絶しても尚殴りまくるという事件を起こした。その一件もあり、彼女らを腫れ物のように扱うことが増えたという噂は光も聞いたことがあった。


「――ですが、あれはその小隊長が不正を行っていて、人を守るという職に就いていながらその守る人達を脅していたために炎灯がそれに激怒した、と聞いています。彼女は大分感情的ですが、それでも理由なく殴るようなやつではないです。それは、貴方が一番よくわかっているはずでしょう、天宮城元帥」

「……よく聞いているね。それだけじゃなく、よく見ている。やっぱり、仲良いんじゃないのかな?」

「ないです」

「……ぷ、くくく…………ッ」


 元帥は光が即否定したのがツボに入ったのか、必死に笑いを堪え始めた。光はそれを見て呆れる。


「……ふぅ。まぁでも、キミを小隊長にして正解だった。他の小隊長じゃ、もう既にいさかいを起こしている頃だろうからね。キミは、上手くやっているよ」

「……光栄です」

「それにね、さっきは冗談で言ったけど、キミたちはきっと、仲良くなれる。ボクはそう確信している」

「……そうでしょうか。薬王樹はかく、炎灯からは怒りのような感情を向けられています。仲良くなれる未来は想像できませんが……」


 今朝も少しではあるが言葉を交わした。しかし、その会話の終わりが唐突であったために、まだ心の距離も遠いと光は感じていた。

 そんな光の目を見て、元帥は語る。


「いずれ来るよ、そんな未来が。なんせキミと炎灯は似た者同士だからね。それもあって、キミと同じ隊にしたんだ。一応ボクは監視の立場をとってはいるが、必要ないと感じているよ」

「……似た者同士……、ですか?」

「おっと、口が滑った。まぁ兎に角、絶対に、上手くいく。安心して良い」

「はぁ…………?」


 なぜそこまで自信を持っているのか、光には理解出来なかった。元帥が口を滑らせた「似た者同士」というのが関係しているのだろうが、情報が少ないため光にはわからない。

 今考えても結論は出ないと光は感じ、それ以上の思考を止める。そんなことよりも聞きたいことが出来たからだ。


「……それなら、こんな報告要らなくないですか? 監視も必要ないって思ってるんですよね?」

「いやいや、体裁を整えるのは大事なことだよ。これは必要なカタチさ。それに……」

「それに?」

「冗談を気軽に言えるのがキミしかいないからね! いやー、ほんとそういう人周りにいなくてさ、書記官も全く聞いてくれなくて。でも直属の部下ぐらいだったら聞いてくれるだろう? しかも良い反応してくれるし! だから――」

「聞いて損しました。帰らせていただきます」

「あ、ちょ、まだ冗談そんなに言ってな――」


 光は今朝の舞よりも足早に、元帥の元から去って行った。

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