第27話 怨讐は誰が為に8


 依頼は、これにて達成した。仕方なく出された経緯のある依頼とはいえ、依頼は依頼。依頼料は黒幕である彼から支払われるのだが、後に彼を警察に引き渡すため依頼料が振り込まれるのは当分先だろう。

 だが、そんなことを気にするよりもやることがある。


 このまま帰ることも出来るが、今も尚蹲り続けている彼を見ていればそんなことは出来ない。これは、彼の怨讐を見届けた責務だ。

 オレは泣いている達彦さんに話しかける。


「……達彦さん、聞いてください。これから、貴方を警察に引き渡します。ほぼ確定していますが、死体損壊、殺人などの疑いがありますので。なので――」

「私に話しかけるな!!」


 達彦さんはオレを拒絶する。

 当たり前だ、オレは達彦さんの怨讐を邪魔しただけでなく、薊さんのことも成仏させてしまったのだから。


「あなた達の話なんて、聞きたくない! あなた達さえ来なければっ……全員殺せたのに! あなた達のせいだ! でなければ、こんな、こんなぁぁ、ぁぁぁ……っ!」

「…………」

「……。……それに、私を逮捕し、刑務所送りにしても無駄です。償えないほどの罪を、私は犯した。だから――」

「――だから、死ぬつもりだったんですか?」

「!!」


 ――だとしても、彼には聞いてもらわねばならない。


 オレが繋げた言葉に、達彦さんは反応する。

 炎灯たちは何も言わなかったが、なんとなくあいつらも気づいていたのだろう。達彦さんは元より、死ぬつもりであったと。


「気づいて、いたんですか……?」

「気づいたのはさっきです。イジメ主犯格らはあと一人しか残っていないのに、貴方は『あと二人』と言った。見て見ぬふりをした、イジメ同然の行為をした者を含めるには少なすぎる。だからもう一人は貴方と判断しました。それに……わざわざ薊さんの死体を使って蠱毒を行ったのも、その恨みを自身……貴方に向けさせるためだったと解釈すれば、辻褄が合う。……納得は出来ても、理解は出来ませんがね」

「…………」

「まだやり直せる、とは言いません。過去はもうやり直せませんし、情状酌量の余地があるとはいえ貴方の言う通り、極刑は免れないでしょう。貴方に残された時間は、少ないかもしれない。……ですが、貴方は薊さんに、何と言われましたか?」

「……っ」


 オレは読唇術が使えるわけではない。覚えようとは思っていたが、習得はまだだ。だがそんなオレでも、薊さんが言おうとした言葉はわかる。


「貴方が一番よく分かっているでしょう。薊さんが、貴方に伝えたかった言葉は」

「…………」


 オレの問いかけに対し、達彦さんは暫し無言だった。

 そんなことは、彼がよく知っているだろう。だが、それでも……彼は……。


「…………分かって、いますよ。あなたが言うように、私が特に……。……でも! だとしても! ……薊がいない世界に、生きる意味なんてない!!」


 一度は止まった涙も、再び溢れ出す。そして言葉も同様に、止まらない。


「家も、親も捨てた私を必要としてくれたのは、薊だけだった……。逃げてばかりだった私を、薊は愛してくれた……。その薊がいない世の中なんか……っ!」

「……貴方に生きる意味はなくとも、薊さんにとっては意味があります」

「…………っ」


 達彦さんは息を呑み、オレを見る。オレはその目を見据え、言葉を繋げる。


「薊さんは、貴方に『生きて』と言った。それは本心からの言葉のはずです。それを他ならぬ貴方が、裏切ってはいけない。貴方は、生きなきゃならないんです。その、責任がある」

「……責、任……?」

「……過去があったからこそ現在があるように、死者がいたからこそ生者がいます。私たち人間はその死者を敬い、尊ぶことで生きてきた」


 人間の歴史は、死者と生者の歴史だ。どちらが欠けても、成り立たない。


「しかし、死者は何も語ることは出来ない。霊となって語ることが出来たとしても、死者は生者に何もしてやれない。だから死者は、想いを託すことしか出来ない。生者に、想いを繋いでもらうことしか出来ない」


 ――叔父さんが、オレに託したように。


「故に、生者は死者の想いに応えなくてはならない。守らなくてはならない。繋げなくてはならない。死者過去があって、生者があるのだから。生者には、その義務がある」


 ――だからオレは、叔父さんの願いに応えなくてはならない。それが、約束だから。


「……義務…………」

「だから貴方は、生きなくてはならない。それが、薊さんの願いだから。想いだから。そしてその想いに応えられるのは、貴方しかいない。例え短い時間しか残っていないとしても。――貴方は、生きなきゃならないんです」


 オレは最後まで、達彦さんの目を見てそう言った。伝わると、信じて。


 達彦さんは暫し無言だったが、口を開き、掠れるような声でオレに問う。


「……辛くても、ですか」

「はい」

「……苦しくても、ですか」

「はい」

「……いつか死ぬとしても、ですか」

「はい」

「……愛する人がいなくても、ですか……ッ」

「……はい」

「…………ッ」


 辛いだろう。苦しいだろう。彼に、生きる意味はないだろう。

 それでも、彼は最後の最期まで、生きなくてはならない。それしか、薊さんの想いに応えるすべはないのだから。


「……ぅうぁあ、あぁああぁぁぁ……っ!!」


 達彦さんは再び、泣き崩れた。

 それもまた、悲しい涙だろう。だが、それでも。

 前よりもほんの少しだけ、前向きな涙に変わっていた――。





 その後、達彦さんを警察に引き渡した帰り道。

 オレを含め全員が重たい空気に呑まれていた中、最初に口を開いたのは炎灯だった。


「…………ねぇ」

「……なんだ?」

「あの人、これから大丈夫だと思う……?」


 あの人とは勿論のこと、達彦さんだ。

 こうして聞いてきたということは、炎灯も不安に感じていたようだ。

 ……言いたいことは言った。届いたとは思う。だがそれでも、これから心変わりしてしまうかもしれない。そんな可能性はゼロではない。


「……分からない。だが、これからのことを決めるのはあの人自身だ。オレたちはそれこそ、薊さんのように祈ることしか出来ない」

「…………」


 それは炎灯も思っていたのか、オレの答えに無言で返す。そんなやり取りをしていたオレと炎灯を見ていた薬王樹も同様に、無言。


 オレたちは達彦さんの心配をしているが、そもそも彼がしたことは許されないことであり、それは忘れていない。彼が五人も亡きものにしたという事実は、とてつもなく重い。

 ……だが事情を理解している他、薊さんの想いを見た今、彼を完全な悪として見れなくなっているのもまた、事実。


 さらには、薊さんの最後の顔。

 二人がどう感じたかはわからないが、あの最後の微笑みは、……叔父さんの最期の表情によく似ていた。

 少なくとも怨みを持っていたら、あんな顔は出来ない。間違いなく彼女は、達彦さんがやっていることを全て知った上で、受け入れていたのだろう。

 なぜ彼女がそんなことをしたのか――それは、言うまでもないだろう。

 故にオレたちは今、モヤモヤとした気持ちに苛まれていた。


 そんな中、オレはふと、顔を上げる。


 そこには、オレたちの気持ちなど知らないぞとでも言いたいのかと思えるほど雲一つない快晴が、延々と広がっていた――。

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