第26話 怨讐は誰が為に7
「……ただ。あなた方がいくら強くても、私は諦めるつもりはありません。私は絶対に、薊と一緒にあいつらを殺さなければならないんだ!!」
そう言い放ち、達彦さんは居間の方へと飛び出した――が。オレは達彦さんよりも素早く動き、その場で取り押さえる。
「くっ……!」
「目の前にいたのに、舐められたもんですね」
達彦さんの動きは素人同然であったし、居間に向かう程度はオレでも予想できる。間に合わない道理はない。
しかし、馬鹿正直に飛び出したのを見ると、策は残っていないか。取り押さえた感じ、懐や腰など隠せる場所には何も持っていないようだ。オレの考えすぎだったかもな。
これなら、もうアレを行っても良いだろう。
「炎灯、後は頼む」
「……わかってる」
炎灯は少し渋るような素振りを見せながらも、達彦さんが開けようとした居間の襖の前に出る。
そしてあの時とは違い、少し躊躇った後、炎灯はその襖をゆっくりと開けた。
少ししてから、こちらもゆっくりと、中からいくつもの呪毒と思しきものが炎灯に向かって伸びてくる。
まるでそれは、苦しみながらも救いを求め手を伸ばしているかのようで。
炎灯もそう感じたのか、差し出すように呪毒に向かって手を出す。
それを見ていた達彦さんは、これから何をしようとしているのか理解出来なかったようだ。
「っ……? 貴方たちは一体、何をしようとして……?」
「……度重なる蠱毒の影響で、薊さんは元々持っていた怨念以上の呪いを纏い、保有しています。それを普通に浄霊するのはオレたちにも不可能。なので……浄化という手段を取らせてもらいます」
「な……!」
浄霊と浄化は異なる。そもそも浄化は除霊だけでなく呪いを受けたときや不浄を祓うときにも取られる手法なのだが……ここでは霊に対する浄化を紹介しよう。
浄霊は、霊の未練を解消、解決することを指す。一番手間で、霊能者でも中々これを行う者は減ってきているが、この方法が一番霊にとって負担が少ない他、自力……とは少し違うが未練から完全に解き放たれるため霊や周囲の者と
そのため、人を殺したいなど人に必要以上の迷惑がかかる場合を除いて、浄霊が望ましいとされている。
対し浄化は、霊を強制的に成仏させることを指す。聖水をかける、念仏を唱える、燃やすなど方法は多岐にわたるが、どれも共通しているのが霊の未練等を解決することなくあの世へ送り出す点だ。
除霊よりは霊への負担は少ないが未練を解消するわけではないため、霊にとってあまり良いものではない。
因みに除霊は怪異として殺すと同義であり、霊への負担が一番大きい。そのため霊が余程攻撃的で手がつけられない時や浄霊、浄化の手段が取れない時ぐらいにしかこの手段は取らない。
そのため、霊のことを考えるのなら浄霊が一番なのだ。
だが、先程も言ったように今回は浄霊の手段が取れない。
薊さんが持つ呪い、怨念はもう既に、彼女のものだけではない。蠱毒により虫や怪異の怨念も混じっており、彼女だけの未練を晴らしても意味がないからだ。
また、薊さんは蠱毒により使役されており、怪異としては使い魔の分類に近い。もう既に霊とは違うものに成り果てているため、浄霊は不可能と判断した。
この判断に最初炎灯は不服を申立てていたが、最終的には承諾してくれた。当初あんなに浄化だの倒すだの言ってはいたが、できるだけ浄霊したかったのは同じだったのだろう。
オレだって浄霊で成仏させたかった。霊は怪異だが、それでも元は人間だったのだ。できるだけ寄り添った方法で成仏にもっていきたい。
だが、薊さんを救ってやれるのはこの方法しかない。
(だから炎灯、お前の力で、救ってやってくれ――)
炎灯は呪毒に触れる寸前に、呪毒に着火させる。その火は徐々に勢いを強め、
「█████████ーー!」
堪らず絶叫し、抵抗せんがため暴れようとする。
しかし――。
「██████――?」
それもすぐに止まる。それもそのはず、あの炎は攻撃するためのものではない。ただ、浄化するためだけの炎。なので痛くも痒くもないはずだ。
「炎武、
浄化の炎が、彼女を燃やす。
呪毒がボロボロと崩れ、灰になることなく消えてゆく。呪毒で形作られた異形の体が崩壊してゆく。
それを見ているだけしかできない達彦さんは、うわ言のように喋りだす。
「……やめろ……やめてくれ。お願いだから頼む……っ。まだ、まだ終わっていないんだ……あと、あと二人で済むから。だから……っ」
(二人……? イジメ主犯格らは合計六人で、五人は既に殺しているはず……。あと一人は誰のことを――いや。そうか、この人は――)
彼のこの言葉で漸く納得がいった。だから彼は彼女の体を使って――。
……だが、どんなに事情に理解、同情できるものだとしても、オレたちはそれを止めることしか出来ない。それが、霊能者の仕事だから。
オレが達彦さんの目的を
原動力を失った死体は糸が切れた人形のように崩れ落ちる。そして、死体が立っていた場所には霊の薊さんがいた。
「薊…………」
もう浄化は済んでいる。あと十秒もしない内に成仏するだろう。だから、話す時間があるとすれば、この機会しかない。
「…………ッ」
だが、彼は言葉を発することが出来なかった。それは、罪悪感故か、それとも――。
対して薊さんも言葉を発さなかった。
そもそも霊体で成仏しかけならば言葉が出ないのは無理もない。しかも、彼は薊さん自身を利用した挙句死体まで弄ったのだ、口を聞きたくないのもあるだろう。
――そう思った。そう思っていた。だが……。
「――」
彼女は彼に微笑みかけた。
悲しそうに、でも口には笑みを浮かべて。
その目は、しっかりと彼を見据えていた。
全くの怨みを感じさせない目に、オレは息を飲む。炎灯と薬王樹も同様だ。炎灯なんかわかりやすく目を見張っている。
オレたちはてっきり、彼女は巻き込まれた、ただの被害者だと思っていた。だが、これは――。
オレたちも同様に言葉が出なくなった中、最初に口を開いたのは薊さんだった。だが、やはり言葉を発せられないのか、口を魚のようにパクパクさせるばかり。
そうしている内に彼女の霊体が光に包まれ、上方に向かって崩壊してゆく。もう数秒の内に、彼女は天国へと旅立ってしまう。
彼女も、それがわかっているのだろう。何度やっても出来なかった発声は諦め、口唇の動きで伝えることにシフトする。
「――、――、――」
時間もない中、たった三文字の言葉を、彼女はゆっくりと伝える。
この中に、読唇術を使える者はいない。だが、何を言ったかは、全員理解できた。それは、達彦さんも例外ではない。
「――! 薊……!!」
結局彼は、彼女の名前以外を口にすることは出来なかった。しかし、彼女にとっては名前を口にしてくれるだけで充分であり、また、一回目と二回目の名前に込められた想いの違いがあっただけで、満足だった。
彼女は微笑んだ。やはり彼に対する心配は抜け切っていないようだが、先程と違いもっと穏やかで、柔らかい笑顔だった。
「…………ぅぁ……っ」
その微笑みに、彼は涙を堪えきれず嗚咽する。オレはそれを見て離しても問題ないと感じ、手を離す。
それを見届けながら、薊さんの霊体は消滅した。
魂が、天へと昇っていく。成仏、したのだ。
「……ぁあ、あああぁぁぁ……っ!」
達彦さんは泣き叫んだ。蹲り、小さくなって。
彼の復讐、怨讐は、これにて潰えた――。
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