第24話 怨讐は誰が為に5


「いい加減芝居解いてくれません? オレが喋る量とんでもないことになるんですが」

「だから、私では――!」

「『愛する妻にそんなことできるわけがない』」

「!!」

「一言目でそう言えなかった時点で、自分が犯人と言っているようなものです。――本当は、それを言って欲しかったんですけどね」

「……っ」


 オレの言葉に、達彦さんは押し黙る他なかった。

 唇を噛み、下を向く彼を注視しながら、オレは再び喋り出す。


「そうですね……証拠とまではいきませんが、貴方がついた嘘が二つあることはわかっています。一つは、被害者が一人ではないこと。調べてみたら、報告にあった上司の他に四人も行方不明になっていることがわかりました。一人しか確認できていませんが、一人は確実にこの家に訪れていることはわかっています。やましいことがないならなぜ、貴方はそんな嘘をついたのですか?」

「それは……この家に、妻を自殺に追いやったやつが来られても、嫌な気分にしかならないに決まっているじゃないですか! そんな想いを何度も思い出したくないので伏せたまでで――」


 達彦さんの言い分を聞き、オレはニヤリと笑う。


「――また、墓穴を掘りましたね。オレはただ単に四人が行方不明になっている、とだけ言ったはずなのに、なぜそれが奥さんを虐めた主犯格だと分かったのですか? 確かにこの話しかしていませんが、それでもその主犯格らとその四人を結びつけるには不十分です。やはり貴方は嘘をつくには向いていないようだ」

「……ッ」


 オレの言葉が図星だったのか、達彦さんは悔しそうに奥歯を噛み締める。

 もうもはやこの人が犯人であるのは誰が見ても明らかなのだが、それでもまだ食い下がろうとする。


「そ、それなら、なぜ私はこの依頼を出したのですか!? 復讐が目的なら、犯人である私自身が依頼を出す意味がわかりません。それは全く、私の利には――」

「えぇ、利にならない。これが一番、よくわからなかった。ただ、調べているうちにわかりました。――これが、二つ目の嘘。貴方、最初に霊能者が除霊しに来たとき、よね?」

「……ッ!」


 そう。この人は最初から、依頼を出すつもりはなかった。当然だ、依頼なんか出したら自分の邪魔にしかならない。

 だが、出さざるを得ない状況になってしまった。その理由が、最初に除霊しようとした霊能者だ。


「彼はたまたまこの地域を、別件の依頼を片付けた後に通った。その際、この家から漂う霊力に気づき、帰るついでと考えて除霊しようとした……。これは貴方にとって最大のイレギュラーだった。恐らくこの出来事がなければ、オレたちは貴方による呪殺にずっと気づかなかったでしょうね。もしくは事後に気づいたでしょうが」


 さらに言えば彼が気づかなければ、後で言うが、彼が這う這うの体で帰った後に達彦さんが行った、あの作業もする必要もなかった。

 その作業により、この人が犯人という決定的なものが見つかったのだ。本当に、除霊しようとした霊能者に感謝しなくてはいけない。


「貴方は相当焦ったはずだ。こんな辺境の田舎に霊能者が訪れるなんて、予想もしていなかったでしょうから。そして、あっけなく除霊されてしまうのではないかという不安もあったでしょう。……まぁ、それは結果的に起きなかったわけですが。だが、その後がいけなかった。C+級の霊能者を圧倒したのは中々でしたが、完全に殺せるまでの力はなかった。だから、居間に封印され、その霊能者に怪しまれないためにも依頼を出す他なかった。行動がちぐはぐだったのはこの為だ」

「…………」


 達彦さんは遮るのも止め、黙って話を聞いていた。多分、事実と合っているかを確認したいのだろう。

 オレの喋る量が増えるが致し方ない。こうなったら最後まで聞かせてやる。


「結局除霊されなかったので一度は安堵したでしょうが、居間に封印されてしまったのでどうするか相当悩んだはずだ。そして、貴方はある方法を思いついた。依頼を受けて来る霊能者がいるならば、それよりも強くすれば、先日の霊能者のように撃退できるのではないか、と。そこで、これを使用したんですよね?」

「……それは……」


 オレは懐からある紙を取り出し、達彦さんに見せる。その紙とはもちろん、居間の天井に貼られていた呪符である。


「これを貼ったのは貴方ですよね、壽松木 達彦さん。いえ、旧姓、降魔ごうま 達彦さん、と言えば良いですかね」

「……そこまで、わかっているんですね」

「オレ自身だけでなく、信頼できる人に調べてもらいましたからね。……貴方は、降魔家の長男、一人っ子として生まれた。元々『降魔』とは仏教用語で、悪魔を退治し降伏ごうぶくする……つまり魔を退治するという意味。降魔家は怪異を退治する霊能者の家系だった」


 つまり、達彦さんは霊能者の血を引いている。その彼が呪術である蠱毒を使えたとしても、なんら不思議はない。


「ただ、降魔には『魔を降臨させる』といった俗の意味があるように、怪異を退治するために練習の意味合いで、怪異を招喚するという手法が降魔家では取られたようですね。そのこともあり、貴方の先祖は『降魔』と呼ばれた。その由来である怪異を呼ぶ手法を、今回貴方は利用した」

「……」

「しかも、ただ呼ぶのではなく、呼んだ怪異を薊さんに食べさせた。……封印により閉ざされた空間で殺しあって怪異を食べさせるという構図は、密閉された壺の中で殺しあわせる蠱毒と一緒だ。つまり、封印を逆手にとって新たな蠱毒を行った。それが、薊さんの異形化の原因。――違いますか?」


 オレが問いかけてからも、達彦さんは暫く黙っていた。

 少し間を置いた後、彼は漸く口を開いた。


「それで、合ってますよ。ほんとに、ほぼその通りです。まるで、あなたは探偵のようですね」

「そう言われると嬉しいですが、最初から容疑者が一人だったのでそう難しいものじゃなかったですよ」


 達彦さんは、最初に会ったときから生じていたどもりもなく、流暢にオレに話しかけてくる。

 隠す必要もなくなり緊張が解けたからか、もしくはこちらが素か。


「まぁ、そうですよね。隠し通せるものじゃないとは思っていました。ただ、薊で殺せると踏んでいたんですが、あなた方は強いようだ」

「えぇ、それも、貴方にとってのもう一つのイレギュラーでしょうね。オレはA-で後ろの二人はB以下の等級ですが、この面子ならAもそこまで怖くありませんから」

「なるほど、それなら確かに殺すのは無理そうだ。私も、つくづく運が悪い」


 彼は恨みがましく言うでもなく、笑いながらそう述べた。オレもそれに合わせてハハハと笑ったが、内心はそれどころではない。

 ここから、ここからだ。

 ここまで、というか推察を述べるまでは彼は大人しくしていると踏んでいた。それは当たっていたが、これからがわからない。彼は、一体どんな行動に出るのか。

 そもそも、本人らを目の前で殺す殺せる、などと言える時点でおかしい。しかも、殆ど一般人である彼が、だ。


 彼は降魔家の長男ではあったが、霊能者としての訓練は積んでいない。そもそも彼が産まれた時点で降魔家は廃れていたからだ。

 もし一族の秘術等を親から教わっていたとしても、精神面までは霊能者と同等とまではいかない。普通なら、人相手であれば躊躇するからだ。それが目的と無関係であれば尚更。

 だが、今の彼からはそんな躊躇は感じられない。そもそも妻の体で蠱毒を行うという異常行動を取っているのだ、それを考えれば不思議ではないが……。

 恐らく彼は今、まともな精神をしていない。次の瞬間には予想外の行動をする可能性もある。

 そう、考えた矢先だった。


「……ただ。あなた方がいくら強くても、私は諦めるつもりはありません。私は絶対に、薊と一緒にあいつらを殺さなければならないんだ!!」


 そう言い放ち、達彦さんは居間の方へと飛び出した――。

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